EPISODE1 B:side
「あんな言い方、しなくてもいいのに」
隣に居る陸は、不服そうに呟いた。
自分に少し似た顔がアタシを睨む。似ていて当然、双子の弟だからだ。栗色の癖のない前髪は額にかかり、睫毛はアタシよりも長いんじゃないかと思う。
「陸がタバコはやめてってお願いしても、あのヒト聞かなかったじゃない。それとも、タバコの不始末で火事を起こしてアナタは死にますから、タバコは止めなさいって言った方が良かったの?」
アタシはぷくっと頬を膨らませて、ぷいっと横を向く。
「理子ちゃん、ごめんね。僕が悪い」
陸は表情を和らげて、しゅんと項垂れた。
「あのヒト、本当に分かってればいいんだけど……」
アタシ達の会話に割り込むように、目前に何の音もなく、白い扉が現れる。
アスファルトの上に当然のようにある、ソレ。飾り気のないつるつるとした質感で艶があり、下から真っ直ぐ伸び、上は半円型をしている。
厚さは5cm程で、高さ1m辺りにはシルバーの丸いノブがついていて、前後どちらから開いても、黒い部屋に繋がっている。
いつもこの白い扉を開く時は、気が重い。
「行こうか」
アタシの気持ちを察したかのように、陸は言った。
大きな白い扉を開くと、中は一面の暗黒。
ぎゅっと、陸がアタシの右手を握った。
「大丈夫だよ。僕の声は最後まで聞こえなかったみたいだけど、途中から理子ちゃんに気がついた。きっと、理子ちゃんとあの人は気が合うんだよ」
陸なりの励ましと分かっていても、気持ちが逆立つ。
「冗談! アタシはあんなオトナにはならないの」
見たくもないものを、見るかもしれない恐怖。
何十回、何百回と、繰り返しても終わりの見えない不安。
陸の手から伝わるほんの少しの温もりだけが、凍てつきそうな心を和らげる気がした。
そのまま陸と並ぶようにして中に入ると、背後の白い扉は音もなく自ら閉まった。
上からぐずぐずと溶けるようにして形は崩れ、下に沈むようにして床へ流れ、扉は跡形もなく消え去った。
部屋全体は黒く。暗い。灯りこそないが、天井から僅かに室内が分かる程度の不思議な淡いものが照らしている。
いつも同じ場所に置かれた、皮のような感触のする白いソファーに座った。 右隣には陸、アタシは陸の左側に座っている。アタシ達の正面にはまるで映画のような、映像が映し出された。モニターのような物は一切ないにも関わらず、淡い光りが映し出したのは、先程まで居た街の様子。淡々と画面はアングルを変え、何かの意思に基づくかのように、ベッドで眠る一人の女性がアップになった。
無音の空間で、陸が隣でこくりと息を飲む音がはっきりと聞こえた。
画面上の薄茶の長い髪の女の人はゆったりとした橙色の部屋着を纏い、上半身をゆっくり起こした。右腕を伸ばすようにして煙草の箱を手に取ると、それを一瞥してから、ごみ箱に投げ捨てた。
「やったよ! 煙草は吸わなかったみたいだ」
陸の声は弾んでいる。
「まだ……分からないんじゃない」
アタシは食い入るようにして、画面を眺めた。アングルを少しずつ変えながら映る、一人の女性の何気ない日常。
「いつまでストーカーまがいの事を、しなきゃならないのかしら」
アタシは口元を少し歪めた。
「そんなこと……僕にも分かんないよ。あっ……!」 ベージュのドアを背に、細身の長身の男性はグレーのスーツ姿で手にした茶色の鞄を放り出すようにして床へ置き、目の前の女性を抱き締めた。
薄茶の髪の女の人は抱き付く形のまま、男の人の顔に両手を伸ばして触れている。男の人は女の人の手を上から包むようにしながら、話をしているように見えた。2人の左手の薬指には銀色の指輪。時折その存在を示すように、鈍く光っている。2人はきっと、夫婦なんだろう。
女の人の瞳からは大粒の涙が、とめどなく零れ落ちていた。
「何かあったのかな、旦那さんに」
陸はいつもより、ほんの少し低い声で言った。
「さあ?」
見ているだけでは、検討もつかない。
その時、ふっと突然映像が途切れた。
「……終わったね」
ぎゅっと繋いだ陸の手の、力が緩んだ。
「あのヒト、意外に聞く耳を持っていたのね。痩せたみたいだし」
「二人で、煙草買いに行くのを止めようと引っ張った時、重かったよね」
「オンナの意地ってやつかしらね?」
暗くて分からないが、陸は微笑んでいるに違いない。
「なんだか、眠くなっちゃった。おやすみ」
心地良い疲労感に加えて、瞼が重く感じ、そのままの流れに身を委ねた。
「僕もだよ。おやすみ、理子ちゃん」
次に目を覚ました時も、きっと赤い扉があるんだろう。
今までに一度だって、違った事はなかった。
次こそは。
きっと……。
〜EPISODE1 END〜




