子爵軍 後始末3
聖堂院
子爵軍が引き上げはしたが、擬装の可能性があるので、今晩だけだけ警戒体制を維持しながら聖堂院に残ることにした。
といっても、基本的にオシホ様や精霊トリオの誰かが残る事になるので、それほど気にする事は無いが、念のためだ。
聖堂院に移った女性建ちにも戦闘終了のお知らせをして、一階と二階の封鎖を解いた。
戦闘に関与はしなかったが、戦闘状態にあった、というだけでそれなりの重圧があったらしく、彼女達はもう夕方だというのに、要塞内に出て外の空気を満喫していた。
擬装の可能性は彼女達にも伝えてあるり、オシホ様達の探知範囲を考えれば、余裕をもって避難できるハズなので、好きにさせている。
ちなみに、戦闘中の彼女達の行動は監視してあったが、特に不審な行動は見られなかった。
俺は、肉体的にはなんの問題も無かったが、交渉を重ねた事で精神的に疲れていたので、自室で休んでいた。
カティやマリー、三姉妹を始め、ルティやルティのお腹の子を考えると、どうしても外部の拠点が欲しかったとは言え、かなりの数の人間が死んだ。
当初計画の子爵軍との戦闘としては、戦死者の数は多くなったが、最終的に聖堂院を手に入れるまでの、予想死者総数に比べればかなり少なくなったので、これはこれで良かったと思う。
これは、カバリムさんの協力があってこそだ。
……言い訳ばかりだ。
今回死んだ者達は、俺が殺した。
俺の意思で殺させたんだ、
今になって震えが来る。
一段落したことで、考える余裕が出来た。
今思えば、子爵軍の夜襲は他の事を考えずに済んだ事で、ある意味助かったのかも知れない。
……今は考えるのは止そう。
もうすぐ夕食なので、カティとマリーに気を使わせてしまうかも知れない。
それに、アインの事もある。
ただ、オシホ様には俺の動揺がバレているかも知れない。
オシホ様とは融合状態にあり、俺の体調の大きな変化には気付けそうな事を言っていた気がする。
これは、俺を気遣って大部ぼかして言った可能性があるので、かなり詳細に俺の変化を察知できるかも知れない。
オシホ様とは一度話した方が良いな。
俺の意思で、3,000人もの人を殺した事をなんとか受け止めようとするが、現実を今直視するのは心に重大な負荷がかかるので、何だかんだと理由をつけて先伸ばしにする。
殺した者達への冒涜になるかも知れないが、今はこれが精一杯だ。
もし、俺の心がもう少し強かったら――
コンコン
「広坪よ、夕食の時間じゃが、少し話がある」
「どうぞ」
考え事をしていると、夕食の時間を告げにオシホ様が来たが、話がある様だ。
やはり、察知できるのかも知れない。
オシホ様が部屋に入ってきて、話しかけてきた。
「調子はどうじゃ?」
「まぁまぁです」
「かそうか。まぁ、研究所に戻ってから話しをするかの。お主の今の気持ちは推し量れるが、今は普通に振る舞うのじゃ。カティリアから大切な話があるでな」
「大切な話し、ですか?」
「そうじゃ。祝い事じゃからな。暗い顔は後にするがいい」
俺は、祝い事、という事で一つの可能性が頭に浮かんだ。
「まさか?」
「まぁ、カティリアから直接聞くんじゃな」
「そうします。お気遣いありがとうございます」
先程のままだったら、きちんと喜んで上げれなかったり、反応に一瞬の遅れが発生して誤解を生んだかも知れない。
最悪は、喜んでないと思われるかも知れなかったので、それを回避できるように助言してくれたオシホ様に感謝する。
「というこで、今夜はマリーが相手にするそうじゃから、存分に慰めてもらうがいい。じゃが、加減はするのじゃぞ」
俺は思わず顔を赤くする。
前回の戦闘の後に、カティに相手をしてもらったのだが、少々度が過ぎてしまい、日常生活に支障が出てしまったのだ。
「気を付けます」
「ては、夕食に向かうぞ」
「はい」
オシホ様に連れられ、部屋を出る。
食卓には、カティとマリーが席に着いており、既に食事も並べられていたのだが、少々豪華なものになっている。
「お待たせしました」
「いえ、少々早めに準備しましたから、広坪様は遅れてません」
「そうですか」
こころを落ち着けながら俺も席に着く。
「広坪様、食事の前にお話があります」
「なんでしょか」
「あの、その……」
カティが珍しく口ごもる。
顔も赤くしており、話の内容が予想出来ているとはいえ、俺も緊張してきた。
「広坪様!」
「はい」
「孕みました!」
「本当ですか?」
「はい!オシホ様に確認もしていただいたのでら間違いありません!」
カティは、顔を真っ赤にしたまま、答えてくれた。
「カティ、ありがとう」
俺は、万感の思いを込めて感謝を伝えた。
「私こそ感謝しています。この歳で子供を持てるかも知れないなんて、夢の様です。ですが、まだできたばかりなので、油断できません」
「それで、いつ分かったのですか?」
「一週間ほど前です。月のものが来なかったので、オシホ様にお願いしました」
「つまり、戦闘前には分かっていたと?」
カティの笑顔が固まる。
「カティ?」
「あの、いえ、はい。その通りです。ですが、広坪様のお手伝いがしたく……」
俺がため息を吐き、カティが言葉を止める。
「気持ちはとても嬉しいですし、カティが居なかったら手が足りなかったので、非常に助かりはしました。ですが、万が一を考えると、とても許容できません」
「なので、皆には今まで黙っていてもらいました。すみません」
「いえ、過ぎたことなので、もういいです。母子ともに無事ならそれでいいですが、これからは気を付けてもらいます。良いですね?」
「はい。分かりました」
「身体に障るといけないので、これで終わりにします。それから改め言います。ありがとう」
「こちらこそありがとうございます」
カティが笑顔なら、それで全て問題は無い。
「カティ、おめでとう」
「マリーもありがとう。次は貴女の番ね。今夜は頑張ってね。広坪様は、今夜だけは自重して下さい」
カティにまで釘を刺されてしまった。
「頑張ります!」
「善処します」
マリーと俺が答える。
「まぁ、良いでしょう。料理が冷めない内に食べましょう」
話も済んだので、食事をする。
オシホ様のお陰で、なんとか違和感無く過ごせたと思う。
翌日の昼には、研究所に戻ることが出来た。
善処はした。
☆☆☆
子爵軍
俺が捕虜から解放され、子爵に罪人として拘束されてから四日が経った。
当初は抗議の声も上がったが、今ではその声は穂とほとんど聞こえない。
聖堂院から撤退して四日目、本日の夜営地である街に到着し、兵士達が夜営準備を始めようとしていると、領都側の道から伝令の騎馬が駆け来るのが確認できた。
伝令兵の様子が尋常ではなかったが、罪人の身の俺には最早関係ない事だ。
敗戦の罪は案の定俺だけのものになり、領都での簡易裁判の後に処刑がまっている。
兵士達の事は部下達に任せておけば大丈夫だ。
なので、俺はなんの憂いも無く処刑を待つだけ、だったのだが、子爵の居るテントに呼ばれた。
テント内には、子爵を始め、主要なメンバーが揃っていた。
そして、先程の伝令について教えられた。
その内容は、俺が危惧していたものの中で、下の方のものだった。
「閣下、何故私に伝令の内容を教えたのですか?」
子爵をまっすく見ながら尋ねた。
「貴様は軍事顧問だろう。状況に対する意見を言いたまえ」
俺は、この人は何を言っているのか一瞬分からなかった。
それは、子爵があまりにも普通に俺に話しかけてきたきたからだ。
「閣下、見ての通り、私は領都で簡易裁判の後に処刑される罪人です。以前は軍事顧問という役職でありながら、閣下の軍の指揮を執っていましたが、今や罪人である私には言える事は何もありません」
「ちっ、足元を見おって……。良かろう。お主の敗戦の罪は取り消す。ただちに軍事子として復職し、軍の指揮を執れ」
「お断りします」
「なに?どういうつもりだ」
「閣下、私は部下達の一切の責任を問わない事を条件に罪人として大人しくしていたのです。つまり、私が罪から逃れれば、その罪は部下達に移ってしまいます。なので、お断りをします。ついでに言うなら、軍事顧問は軍事について助言をする立場で、軍の指揮を執る立場にはありません。今までは仕方なく指揮を執っていましたが、これからは、閣下が指揮を執られるとよろしいでしょう」
俺は、淡々と子爵の問いに答える。
「あくまで私の命令に従わないつもりか!」
「閣下、私は貴方のためを思って言っています。閣下は閣下に従う兵士達と共に突撃して玉砕、これで死後の名誉は守られます」
「とうとう頭がおかしくなったのか?」
「いえ、私はおかしくなっておりません。最善の道を話しております。閣下は、オークが領域支配者になった可能性を知りながら、前線に最小限兵力しか残しませんでした。なので、このような事態になっているのです。オークジェネラルの存在が複数確認されている以上、領都とて安全とは言えません。それに、もしオークを撃退できたとしても、領都まで侵攻されている以上、現在までに相当の被害が出ているでしょう。去年まででしたらそこまで問題にはなりませんが、今年は大侵攻を計画していた年です。相当な処罰が予想されるので、せめて名誉が残る方法を提案しております」
伝令の内容、それはオーク侵攻の知らせだった。
今から二日前にオークの侵攻が始まり、南部の冒険者の国キノトリアとの国境付近と東部からの同時侵攻を受けたそうだ。
ただ、残された兵力では防衛は困難だろうという予想のもと、索敵に残った兵力を割いていたので、オークの発見も早く、住民の避難がなんとか間に合っていた。
冬の間に複数の村が壊滅していた事が村々にも伝わっており、自主的に簡単な避難準備をしていたのも大きかった。
結果としては、領民の避難はスムーズに進み、領都でオークを押し留めている状況だ。
領都には、コアを守るための子爵の小飼の精鋭が居るので、そう簡単には陥落しないだろうが、オークジェネラルが複数確認されている以上、とても楽観していられる状況には無い。
領都が陥落すれば子爵は死に、陥落しなかったとしても、村々は破壊され、畑も得れ果てているだろうから、隣の地域への侵攻計画に大きな遅れを生じさせる事になる。
下手をしたら10年単位でだ。
そうなると、子爵の名誉は完全に失墜し、寄親でもある公爵様にも被害が及ぶだろう。
そうなれば、公爵様が黙ってはおらず、子爵は良くて早期引退、悪ければ病死する事になる。
最早、子爵が子爵として居ることは出来ないのだ。
子爵も事態を理解したのか、顔から血の気が引き、真っ白になっていった。
子爵には兵士と共にと言ったが、聖堂院の戦闘に加え、俺の処分を見ているので、子爵としての立場が危うくなったこの者にどれだけの兵が従うか見物だ。
もし兵士達が従うなら、現在領都の北側に居るので、オークに側面攻撃を仕掛ける事柄できる。
子爵が助かるとしたら、側面攻撃を仕掛けてオークの殲滅とまでは言わなくても、撃退に大きな貢献があれば、もしかするかもしれない。
ただ、兵士が従えば、だ。
子爵は結局強行を命令した。
夜営の準備を中止し、夕食を簡単に済ませて夜間の行軍をする事になった。
翌日も可能な限り進み、その日の夕方遅くに領都まで半日ほどの村に到着した。
村は安全のためか、既に退避しており、人っ子一人居なかった。
兵士達は疲労の極みにあったが、なんとか夜営の準備をして、就寝した。
見張りは立てたが、十全に警戒できてはいなかっただろう。
だが、何事も無く朝を迎える事ができた。
さて、ここからどうなるかは分からない。
だが、可能な限り準備はした。
罪人の護送という事で、荷物のようにとは言え、馬車に乗って移動できたのは非常に助かった。
後は運次第だ。




