目覚め
大陸中央と北東部を切り分けるようにある山脈、その地下にある施設が数百年という長い眠りから目覚めようとしていた。
☆☆☆
俺は体の痛みで目が覚めた。
痛み?肉体に戻ったのか?
疑問を肯定するように全身から痛みの信号が送られてくる。
頭と全身がひどく痛み、呼吸するだけで胸が痛い。
痛みで体が強張るが、そんな動きでさえ痛むので、浅く呼吸する。
しばらくかかり、なんとか慣れてきた。
そこで俺は目を開こうとして左目が強く痛んだ。
左目は潰れたんだったか……。
右目だけで今どこに居るのか確認しようとするも、暗くて分からなかった。見えていない可能性もあるか。
次に何か聞こえないか耳を澄ますが、自分の呼吸音しか聞こえない。
臭いは……分からない。
後は触覚だが、痛みでよく分からないものの、背中に感触がある。
ベッドではない、固い、温かみを感じる。
床下暖房?がある木か、石の床だと思われるのだが、一つの問題が分かった。
俺は裸だ。
背中の感触が直なのだ。
床下暖房の様に床から暖かさを感じ、この空間も寒くはないから裸でも大丈夫だが、誰か来たとき問題になるんじゃ……。
なんとか動こうとするも、全く動けない。
どのくらい時間が経ったか分からないが、喉が渇いてきた。
焦りと不安で口呼吸になっていたらしい。
そうだ、声があるじゃないか!
助けを呼んでみようと声を上げる。
「ゴホッグッ……だ、誰か、居ないか、ゴホッゴホッ助けて……」
声を出そうとしたら咳が出た、咳で胸が痛んだが、助けが欲しい一心で声を出すと変化があった。
この空間が薄紫色の光で少し明るくなったのだ。
光源の位置は頭の向いている方にあるのは分かるが、体を動かせず、直接確認は出来なかった。
変化はそれだけではなく、床下暖房が強くなるのを感じた。
体がどんどん熱くなる、その時胸と首に強烈な痛みが発生した。
「うっ、ああぁぁぁぁ!」
俺はたまらず叫んでいた。
声を出すだけで痛んだ体で、叫び声をあげ続ける。
その痛みは、幽体に触手が根をはる時に痛みがある様な感じで、胸と首に生じた痛みはあっという間に全身に広がり、俺は痛みで気を失った。
☆☆☆
俺は再び目を覚ました。
知らない天……岩壁だ。
「ここは、何処だ?」
俺は寝たまま辺りを見回す。
首が軽く痛み、体に倦怠感があるものの、天井に照明があり、問題なく確認できた。
この空間は10畳くらいの部屋になっており、机やクローゼットらしきものや木製のドアが見えるが、窓は無い。
ただ、天井は荒く、床や壁はキレイに整えられてはいるものの、岩壁なのだ。
岩壁をくり貫いて作られた部屋なんだろうと思うのだが、俺は今ベッドに寝ている。
つまりここは寝室なのだろう。
「……」
俺の記憶の限りこんな所に来た覚えは無いし、不思議体験して痛みで目覚めた時は、固い場所に寝ていたはずだ。
こんな柔らかなベッドじゃない。
そこでふと気付く、体に痛みがない、あれほど激しい痛みだったのに……。
俺は慎重に起き上がる。
途中で首から背骨と胸、さらに左目が軽く痛む。
だが問題なく起き上がる事ができた。
俺にかけられていたシーツみたいな布を払いのけ、足を確認するも、痛みは無く問題なく動けそうなので、ベッドに腰掛けた状態に移行する。
俺はガウンの様なものを着ているのだが……これはシルクか?
シルクなんて着たこと無いが、滑らかな肌触りで、しっとりと肌に吸い付く感じでとても着心地が良い。
まぁいい、次だ。
俺は改めて体を確認する。
両手足は問題なく動き、肩や股関節も問題ない。
軽く痛む首や背骨も問題なく動かせ、胸や腰も大丈夫だ。
頭部は触っただけだが、左目以外問題ないと思う。
左目は包帯で保護され、眼底部に軽い痛みがあるだけだ。
左腕には特徴的な黒子があり、俺の体だと分かるが、体の見える範囲に傷は無いし、怪我をした形跡が左目以外無い。
少し不安になったが問題ないと判断する。
そこで俺は慎重に立ち上がってみる。
軽く立ち眩みがしたが、立てた。
軽く準備運動みたいな動きをしてみるが、問題なく動ける!
そこで俺はやっと自由に動ける事を実感し、喜んだ。
「うぉぉぉ!動ける!物にも触れる!ハァハァ……。夢じゃないよな?」
不安になった俺は、頬をつねってみる。
「痛いが、痛みは他にもあったし、夢で再現されてるんじゃ……」
まだ不安な俺は壁を殴ってみた。
「ふん!」
ゴン!
「いってー!くぅ、もう少し軽く殴れば良かった」
涙目になりながら、嬉しさのあまり馬鹿な行動をとっていた。
「痛い、超痛い、夢じゃ、ないよな……」
そこで俺はふらついた。壁に手をつきベッドに腰掛け、深呼吸する。
落ち着いた俺は壁を殴った右拳を見る。
強く殴り過ぎて皮膚が少し切れていた。改めて自分の馬鹿な行動にあきれていると、切れていた部分が目に見えるスピードで修復されていった。
俺はその現象に見入っていた。
「……これは、超再生的な何かで体が治ったのか?」
もう一度壁を殴ってみようかとも思ったが、痛みを嫌って止めた。
一応夢では無く、現実として判断し、行動する。
次の問題は場所だ。
病院じゃなく、自宅でもなく、固い床でもない、岩壁をくり貫いて作られたかの様な寝室。
ドアはあるから出てみるか……。
そっと立ち上がり、ドアへ近付くき、ドアへ耳を当ててみる。
音はしない。
鍵はないみたいなので、中腰になりながらそっとドアを開けてみる。内開きのドアを引き外を覗いてみる。
「……ッ!」
俺はそっとドアを閉めた。
ドアの隙間から覗いた先には正面奥にテーブルとイス、そして右側にもう一つドアがあった。
そして、ドアの横にメイド的な何かが立っていた。
メイドだが、ドアの大きさが同じなら、俺より10cmくらい小さく、160後半ぐらいだろうか、髪は金髪で腰まである長い髪で、後ろで一つに結ばれている。
顔には、全面を覆い隠す陶器の様な白い仮面を装備しており、表情は一切分からなかった。
服装は紺色の長袖、ロングスカートなお仕事メイド服で、さらに手袋やエプロンを装備し、首回りも隠れているので、肌が一切出ていない。
胸は……並にあったように見えたが、俺に見極める能力は無い。
ドアはそこそこ厚かったが、俺の一連の声や音は聞こえてたと思う……。
恥ずかしい。
声をかけてみる?
コミュ障の俺には厳しい選択だが、他に選択肢が無い。
状況が悪化する可能性もあるが、当たって砕けてみよう。
緊張で手に汗が……深呼吸だ、深呼吸。
スー、ハー、スー、ハー。
「よおし、行――」
コンコン
ビクッ
向こうからノックされた……。
返事しなければ!
コンコンコン
ノック仕返してどうする!トイレじゃないんだそ!
ガチャ
ドアの前で頭を抱えそうになっているとドアが開いた。
ドアを開けたのはあの仮面付きメイド、驚きで目を見開き凝視してしまう。
何か違和感を感じる。だが、何がおかしいのか分からない。
「――――――――」
メイドが俺の知らない言語で何か言ってお辞儀してきた。
声だけで美人と思える様な綺麗な声だが、何を言っているのか分からない。
俺は日本語しか理解できないんだぞ!
しかし、相手になんらかの意思表示は必要だろう。
もしかしたら日本語分かるかもだしね。
「あー、すまない、日本語しか分からないのだが……。アイ キャン
ノット スピーク イングリッシュ。あー、ジャパニーズオンリー?」
言葉が通じたのか、メイドはお辞儀をしてドアを閉めて下がった。
……緊張した。手汗がすごい。
しかし、相手は敵対的じゃなかったな。良かった。
だが、メイドだしな、誰に対してもあんな感じかも知れない。
あのメイドの主人がどんな人物なのかが問題だ。そして、俺がなんでココに居るのかも知っているんだろうな。
なんにしても言葉が通じないのは分かってもらえただろうからなんらかの対応があるだろう。
日本語が分かる人物か、スマートフォンでもあれば翻訳機能があるだろうし、なんとかなるだろう。
俺はベッドに座って待つことにした。
一息つくと、顔が熱い事に気付く。
普通の人、日本人相手でも緊張するのに金髪の仮面メイドさんだからな、はぁ……外国人の顔が恐い筋肉ゴリゴリのお兄さんよりはマシだけど、難易度高いなぁ。
なんて考えていると、ドアがノックされた。
一応返事をする。
「はい、どうぞ!」
聞こえないといけないと思い、声が大きくなってしまった。
ドアを開けて入ってきたのは仮面付きメイドさんだが、反射的に立ち上がり出迎える。
メイドさんは銀のトレー?を持っておりその上に何か乗っている。
そのトレー?を差し出して来る。そこには、金属製で縦五cm横十cmくらいで、端に穴があいていて紐が通してあり、長さ的に首にかけるような物みたいだ。小さいスマートフォンにも見えるが、四角くて大きいドッグタグみたいにも見える物だった。
「――――――――――――」
外国語で何か言い、トレーをぐいっと差し出す。
取れと?トレーから四角い物体を受けとる。
「これで言葉が通じるでしょうか?」
「――ッ?!」