アブナイお仕事
目の前に人間だったモノが横たわっている。
「ああ、もう動かなくなっちゃったよ・・・」
青年は名残惜しそうにそれを見つめる。
「遊び足りないなぁ。もっと見ていたかったなぁ・・」
壊れた玩具を見る子供のように悲しげな視線を投げかけるその男は、夜の闇に溶けていく。
その場に残るのは、一つの死体と虫の声、木々の騒めきだけだった。
音無綴は極度のあがり症だ。
幼少期より人前に出たり話したりすることが苦手だった。
今年で20歳になる大学生だが、未だに極度のあがり症でバイトも人前にでる接客業などは避けているくらいだ。別に人が苦手なわけではない、人前で何かすることが苦手なだけなのだ。実際に友達もいるし、データ入力のバイトなんかもしていたりする。
綴が大学の講義が終わり帰り支度をしていると、騒がしい男が近づいてきた。
「おい!綴!ハンバーガー食いに行こうぜ!」
似合わない長髪を揺らしながら、豪快な笑い声とともに近づいてきた男の名は田中貞晴。やたら筋肉質でゴリラのような体をしている。
「よう、貞治。今日も暑苦しいな。」
「相変わらずそっけないな!綴よぉ!ハンバーガー食いに行こうぜ!」
貞治はハンバーガーが食べたくて仕方がないようだ。鼻息は荒く、綴との距離をじりじりと縮める。
「ごめん。今日は用事あるんだわ。また今度な。」
「せっかく3コマで終わりだってーのにつまんねえなぁ。彼女でもできたかぁ?」
貞治はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。
「そんなんじゃないよ。従姉妹が家に遊びに来るから相手しろって頼まれてるんだ。」
「なるほど。そういう事情ならしょうがねぇな!まあ、今度付き合えよ。今度こそポセイドンバーガー食べきるからな!」
ポセイドンバーガーとは、ファクドナルドというハンバーガーショップの商品のことだ。15分以内に完食すればタダというものであり、貞治はことあるごとに綴を誘って挑戦している。ちなみに、一度も時間内に完食できたことはない。
「はいはい、わかったよ。じゃあ、またな。」
綴は手をひらひらと振りながら教室を後にした。
綴の自宅までは電車で30分、授業が3コマまでで終ったため帰宅ラッシュなどもなく帰宅することができるだろう。
人が疎らな電車内へと乗り込み、窓から流れる町並みを眺めていると、女学生たちの会話が聞こえてくる。
「また殺人事件だってー。最近多くない?」
「多いよねー。ニュースで見たけど、死体は必ず焼死体らしいよ。」
綴の表情が険しくなる。正義感の塊のような男であり、この手の話しを聞くと許せなくなるのだ。
綴の悪に対する憎しみ、正義への渇望は異常といっていいだろう。幼少期よりの異常なそれは、もはや執念とでも言うべきだろうか。
(人を焼くなんてことが許されてたまるものか!もはやそんなやつ人じゃない…)
綴の中で異常に膨れ上がった嫌悪感は、すこし触れただけで溢れてしまいそうな危うさがあった。
「怖い顔してどうした綴くん。愛しのお姉さまですよー!」
急に声をかけられたことに驚いた綴は、思考を中断させて顔を上げる。隣には見慣れた顔がいた。
「また何か難しいこと考えてたなー。すぐに考え込むのは君の悪い癖だよ。」
おどけた様子で顔を覗き込んでくるこの女性の名は音無美景、綴の従姉妹である。長く艶のある黒髪に切れ長の澄んだ青い瞳は凛々しい。すっと通った鼻梁、そして小さな桜色の唇。整った顔立ちはまるで芸術品のようだ。
「顔が近いぞ美景。というかなんでここにいるんだよ。」
綴はため息をつきながら美景と距離をとった。
「あらあら、つれないねぇー。君の家に行く途中にたまたま見かけたのよ。」
「ああ、そういえば俺の家に来るんだったな。仕事の話しか?」
「…そうよ。君の家に着いてから話すわ。」
沈黙の後に下車すると、二人は帰途につくのだった。
綴は一人暮らしをしている。両親は2年前、ある事故をきっかけに他界した。それからはだだっ広い純日本家屋に一人暮らしなのだ。
「相変わらず君はこのだだっ広い家に一人暮らしなのねー」
「まあな。」
「寂しいなら優しい美景お姉さんが一緒に住んであげてもいいのよん。」
「遠慮しとく。美景と一緒に住むなんて、騒がしそうだ。そんなことより仕事の話しだったろ。」
美景の恒例のジョークをかわしつつ、綴は美景を居間に通す。
音無一族は、先祖代々国よりある仕事を請け負っている。国家指定危険人物、いわゆる警察などでは手に負えない殺人鬼の抹殺。決して表にはでない裏の仕事だ。綴も家の掟にしたがい、訓練を積んできた。
「んじゃ、仕事の話しね。今回のターゲットは、今話題の焼死体事件の犯人さんよ。」
「噂は耳にしていた。詳しく情報を頼む。」
綴は表情を曇らせ、話を促した。
「んー。それがね、今回らほとんど情報がないのよ。被害者の遺体を調べても、凶器や燃やすために使った道具すらわからなかったの。」
美景は緑茶を啜りため息をつく。
「今回は今までとはなにかが違うわ。綴、私は今回は手を引くべきだと思う。」
美景の重々しい表情から察するに、相当危ない仕事であることが窺えた。いつもの飄々としている美景ではない。
しかし、綴の中で既に答えは出ているようだ。この男の正義はこれを許さず、罪人への断罪を決意させた。
「仕事は断らない。どんな奴であろうと。」
「まあ、そう言うと思ってたけどね。正義バカ。」
美景は苦笑しながら、やや困ったような表情で言った。