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1-1 ケイとナオ(☆)

挿絵(By みてみん)


キャラクターデザイン、絵:meena



 さわさわと。ざわざわと。風の音と人々の雑踏に混じって奏でられる不協和音。

 いかに余所者とはいえど、いや余所者だからこそ、それを敏感に感じ取るのは容易なことだった。


「なんか、ほんと騒がしい町だな」


 ぽつりと、ケイは思わず声に出して呟いた。

 直後、周りに友人知人がいるわけでもない状況で、独り言と言うには些か主張の強すぎる音量を発してしまったことに、ケイは一人羞恥を覚える。

 いつも少なくとも仲間のどちらかと会話が成立する環境に馴染んでいるため、口をついて出てきてしまったのだ。しかしそれは今現在、彼自身が会話を求めていることの証明とも言えた。


「はぁ……」


 今度は大仰にため息をつく。要するに、暇なのだ。

 さらに日中のうだるような暑さは、同じ場所に立っていると余計に堪える。

 滴る汗が鬱陶しくてがしがしと頭を掻きながら、ケイは視線を持ち上げる。先ほどから彼の目の前を行き交う人はたくさんいたものの、誰一人として見向きもしない。

 

「…………」


 ケイは眉根を寄せる。

 彼が今いるのは、都心からはほど遠い場所に位置し広大な森林が今も隣接する、自然に溢れたのどかな町だ。決して便利とは言えないが、のんびりとした環境で暮らしたいという人には人気が高く、近年は人口も増え続けているという。徐々に知名度が上がってきたせいか、ここ数年の間に少し開発が進められているらしいが、町の人も穏和で観光客にも優しく、また友好的だと評判なのだそうだ。


 ところが、実際訪れてみると全く違う様子だった。

 町中で見かける人という人、皆一様にしてとにかく表情が暗いのだ。

 眉間に深い皺を刻み、思い切り渋面を貼り付けてのし歩く者もあり、鬼のような形相で何かを警戒し辺りを見回している者もあり、ハンカチで目を押さえてさめざめと泣く者もある。果ては少し肩が触れたというだけの理由で町人同士の大喧嘩が始まる始末だ。

 見知らぬ土地で呆然と突っ立っている余所者のことなど気にしている余裕はない、という感じだった。どこもかしこもピリピリと空気が張りつめている。

 今のケイはそんな町の様子をただ遠目に見ているだけのこの状況だった。全く居りづらいことこの上ない。


 ケイは振り返ると、今度は背にしていた建物に向かって視線を投げかけた。

 そう大きくはない、どちらかと言えば質素な建物だった。開放的な大きな窓ガラス越しに、大げさな機械や制服に身を包む数人の職員、そしてそのうちの一人と何やら対話をしている少女の姿が見えた。


「まだやってんのか? あいつ何やってんだ……」


 ケイは再び大きなため息をつく。もはやげんなりとして、やっぱり俺が行けばよかった、などと心中で呟いた。

 いや、別に今からでも建物の中に入れば良いのである。そうすれば少なくとも暑さの問題からは解放される。そうしなかったのは少々気になることがあったのと、さらに別の理由でも待ちぼうけを食らっているからである。

 ブツクサと文句を言いたいのはやまやまだったが、ケイは視線を前に戻すと空を振り仰いだ。


 抜けるような青空の下、町からそう遠く離れていないところに大きな森がある。さほど密集していない質素な建物に混じって所々を緑色が彩る。確かに自然に恵まれた町だ。

 森の方角から流れてきた風がケイの頬を叩くと、遅れて服をパタパタとはためかせる。ケイは風上をじっと見据えると、唇をぐっと引き結んだ。


 ——やはりそうか。


 そう呟くと、ケイはふんと鼻を鳴らした。

 

 “彼ら”がいる。この町にも存在しているのか。


 遠目に見ても大きな森だ。別に不思議なことではない。

 そうやって“彼ら”は確かに人と関わり、影響を与え続ける。時には恩恵を、時には損害を。それが自然の秩序とも言えるものなのに、人はあまりにも無知だ。


 そう思いながらじっと見ていると、森の上空がゆらりと揺らめいた気がした。


 ——あまりいい気配ではないな。


 空を睨みつけたまま、ケイはそんなことを考える。そのときだった。


「ケイーーッ! お待たせ!」

「うわぁ!」


 ばーん! という轟音と同時に、ケイの背後の建物の扉が勢いよく開いた。そこから元気よく登場した少女は満面の笑みを浮かべている。


「待たせちゃってごめんねケイ! あのね、前の任務けっこう報酬よかったよー! まぁでもそのぶん大変だったもんね、なんか変なのいっぱい見ちゃったりして怖かったし……。あ、それでねちょっと手続きとかに時間かかっちゃって遅くな……」


 大げさな身振り手振りで、少女は興奮気味に一気に話す。そのたびに短めの茶髪と左側の髪をちょこんと結んだ赤いヘアゴムがぴょこぴょこと揺れていて落ち着きがない。

 にこにこと笑いながらケイの顔を覗きこんだとき、少女は甲高い早口を止めて固まる。ケイの髪や瞳が何か言いたげに震えていることに気づいたらしい。

 少女は心底訝しげに大きな目をぱちくりさせると、小首を傾げて彼の名を呼んだ。


「ケイ? どーしたの、おなかでも痛いの?」

「ナオ! お前俺を殺す気か!」


 あくまで悪気のないナオの言葉に、ケイはさっきまで自分が背にしていた建物を指さして激高した。

 ナオがそちら見ると、建物の壁には盛大にひん曲がった扉が仲良く密着……ではなく食い込んでおり、ものの見事に破壊されていた。言わずもがな、ナオが開いて出てきた建物の扉であり、彼女はその光景にひくりと頬をひきつらせている。

 そのとき、ケイは建物の中から何やら不穏な気配を感じた。

 慌ててナオを連れて逃げようと思ったがもう遅かった。怒りを十二分に含んだハイヒールの音とともに、やたら重厚な雰囲気の制服に身を包んだ若い女性が外に出てくる。その異様な迫力にナオは肩を縮こまらせると、すぐに観念したのか思い切り頭を下げた。


「ごっ、ごめんなさい! あの、手続きには“発動”が必要だったからついそのままで……」

「早く行きなさい」


 静かな口調だったが憤然とした様子の女性はそう吐き捨てると、くるりと踵を返して建物に戻っていく。

 顔を上げたナオはしばらく女性の背中を見つめていたが、やがて緊張が解けたのかかくりと脱力した。


「お前なぁ、気をつけろよ。俺たちのことは無闇に見せちゃいけねぇってあれほど」

「はぅ……」


 ケイはやれやれと目を眇めた。彼女にはしっかり釘を差しておかないと、また同じようなことがあってはたまったものではない。

 至近距離に立っていたにも関わらずそんな殺人級の扉に巻き込まれなかったのは、ケイの反射神経と運動能力がものを言っただけの結果である。



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