としうえのおさななじみ
扉を叩く粘着質な音はまだ続いている。
もういい加減にして。怒りの声をあげそうになるのをなんとか堪え、キサは耳をふさいだまま牡牛のオブジェを見つめていた。
ファラリスの牡牛。処刑器具を見つめるのはお世辞にもいい気分ではなかったが、先ほどの鉄の処女から溢れた何かから「なにか」が出てこようとしたことを考えると、あの牡牛も全く油断がならない。
「…………っ」
あのおぞましい光景を思い出し、キサは身を震わせる。アヤトはあの部屋にまだいるのだ。助けに行かなければ。
――どう考えても、その生存は絶望的だった。
考えてみるまでもなく、このエリアの拷問器具に使われた形跡が所々見られる以上、捕まった可能性が高いアヤトが次にどうなるのか、想像するに容易い。
しかしキサはその想像を、頭を振ってやり過ごした。自覚すれば頭がどうにかなってしまいそうだった。
はやく。早く助けなければ。
彼を助けだせば、あとは脱出だけ。そう広い空間でもなし、先ほど入ってきた扉に鍵などかかっているはずもない。
きた道を戻るだけで、キサたちはかえることができるのだ。
「……えっ……」
キサは襲ってきた違和感に思わず声をあげた。
おかしいではないか、どう考えても。
アヤトは通路の奥から何かが来ていることを悟った時、なぜ部屋に入ったのだ。
そのままUターンして、戻ればよかったのだ。
取材をしたいのであればまた日を改めて、しっかりとした光源に多くの人を引き連れて、陽の高い時に出直すべきだ。その方がずっと安全で、こんな思いをせずに済んだかもしれない。
なのに、アヤトはそうしなかった。
――どうして?
キサはそこで、ようやく思い出した。
アヤトの妹、アヤミは「ここ」で消えた。
そしてここには、超常的な何かがある。
それは人知を超越したもの。
――アヤトは会いにきたのではないか。
15年も前に消えた、妹に。
人の理解を超えた何かの力を借りることのよって。
「……っ」
キサは思わず振り返り、扉を開けた。
外にいる「なにか」のことなどどうでもよかった。
ただ――ただ、アヤトのことだけで頭が占められていた。
「アヤト!」
外にある気配が近づいてくる。だがキサは構わなかった。
なんだというのだ――そんなもの。
怯えている暇などないのだ。何者か正体が見えないものに。
「どいて……どきなさい!」
キサは叫んで、鉄の処女の部屋へ向かう。押しのけ、蹴り付け、かき分けたそれらがなんであるのか、知らない。何も見ていない。
「アヤトッ!」
ためらいなくドアを開けた。中を覗き込む。
アヤトの姿は――なかった。
それどころか、先ほどの血溜まりも見当たらない。
「アヤトどこ!? 返事して、アヤト!」
キサは叫びながら手当たり次第に扉を開けていく。
しかしどの部屋にも、あの長身はない。
残るのは――一番奥の扉だけだった。
キサは足早にその前へ駆け寄る。
奥の扉だけ、左右に並ぶ扉と違い、奇妙な彫刻が施されているようだった。
手探りでそれを確認したあと、キサはノブを掴む。
そして――開け放った。




