しろのちか
結論から言えば、アヤトの言う通り、このドリームキャッスルの内部は、いかにも「少し怖い廃墟」といった雰囲気を醸し出し、いくつもの撮影スポットでかなりソースも充実した。
「これでいいかな。アヤト、ありがとう。そろそろ――」
デジカメのシェア機能で写真データを送ってから、キサは振り返る。しかし、すぐ後ろをついてきていたはずのアヤトの姿はなく、とっさにキサは声をあげてその長身の姿を求めた。
「あ、アヤト? アヤト、どこ!?」
「こっち」
少し離れたところで声。慌てて声の主を探すと、階段裏の張りぼてらしい扉の前で、アヤトは体を窮屈そうに縮めて何かを見つめていた。
「どうしたのよ。もう写真の撮影も終わったし、帰ろう?」
「んー……」
心ここにあらず、といった反応。かと思えば、振り返ることもせず問いかけてくる。
「俺が君の取材にただで応じた理由は何だと思う?」
「断る理由もない、って、このあいだは言ってたけど……」
「本当はここの取材のため」
言われ、そういえばとキサは思い当たる節に思わず息を詰めた。
アヤトはホラー作家だ。作家として、この「裏野ドリームランド」に興味を持っていても不思議ではない。――というよりむしろ、
「作家になる前から、ここのことは随分と調べているけど……まだいったことないんだよね、『地下へ続く道』」
淡々とそうつぶやきながら、とんとん、と張りぼての扉を叩いている。ぞっとして、キサはつぶやいた。
「地下室を、探しているの?」
「というより、地下の拷問部屋をね」
「本当にあると思ってるの!?」
「あるよ」
冷静な声でそう言い放ち、アヤトは張りぼての扉の隅にある引っかかりに指をかけて引っ張る。
後ろには鉄の扉。――「STAFF ONLY」と書かれた。
アヤトがためらいもなくノブをひねると、鍵が壊れているのか、それはさび付いた音を立てつつもあっさりと開いた。
キサはその先を覗き込む。明かりのない道は、下へ続く階段になっていた。
「ほら、地下へ続く道はあるでしょ?」
「……そこスタッフ専用の通路じゃない。その先に拷問部屋なんかあったら従業員が黙ってないわ」
「確かに本物のスタッフ専用通路ならね。でもこの通路、スタッフの接客マニュアルにも、設計当時の見取り図にも載ってないんだけどね」
「……………………」
いわれて、キサは黙り込む。確かに不自然な扉ではあるのだ。
キサのことはあまり気にしていないのか、ポケットの中からペンライトを取り出したアヤトは、ためらいなく鉄扉の先へ踏み込む。しかし、もう一歩前へ踏みだす前に、一応の気遣いのつもりなのか、振り返って首をかしげた。
「俺は行くけど――怖かったら、先帰ってて?」
「………………行くわよ」
管理会社には、「二人そろって鍵を返しに来るように」と言われているのだから、一人で勝手に帰るわけにいかないのだ。しかもこれから暗くなる時間帯に、一人でこんなところにいるのはごめんだった。何が待っているのか知らないが、アヤトと行動を共にした方がよほど精神的には安全である。
アヤトは肩をすくめると、キサの腕を引いて先に扉を抜けさせる。それからペンライトをつけて、扉を閉めた。
ひゅう、と音を立てて、生暖かい風がキサの頬をかすめる。それに気づいたのか、アヤトも声を潜めて囁いてきた。
「地下に向かうのに、風が動いているんだね」
「……そうね」
キサはまた、気づかないふりをした。
――吹いてきた風から、妙に饐えた……それに、鉄さびのようなにおいが、かすかに感じられたことを。