ゆくえしれずのこども
比良乃キサは、出版社で企画部に勤めている。背は高くもなく低くもなく。顔は良くもなく悪くもない。新卒で入った会社でようやく仕事が軌道に乗り始め、そろそろ将来のパートナーを探そうかという年頃である。
唐突に暗闇の中でホラーを聴かされる羽目になったキサだが、これには一応の理由がある。果たして正当な理由と言えるかどうかはともかくとして、理由は理由であった。
「裏野ドリームランドへの同行?」
そう、静かなテノールで囁きながらローテーブルにコーヒーをおいた青年は、朔真アヤトという。
キサの幼馴染であり、「今屋礼人」というペンネームで、最近注目を集め始めたホラー作家だ。
その日キサがアヤトの自宅を訪れたのは、部署の企画で持ち上がった特集記事、その取材同行の依頼だった。
「廃墟の特集なんだけど」
簡単に言えば、読者から募った「廃墟」のスポットを「美しい」「一風変わった」「少し怖い」という印象で分け、それぞれ最も人気のあったスポットを、昼間、夕暮れ、夜に取材して記事にするという企画で、その時「少し怖い」で一位になったのが、今回キサが取材を担当することになった「裏野ドリームランド」跡地なのだった。
「裏野ドリームランド」はかなり昔に閉鎖された遊園地だ。閉鎖直前におかしな噂が流れ始め、まるで浜辺の砂城が崩れるようにして運営会社が倒産、閉鎖となった。
その良からぬ噂は今も絶えず、実際に行方不明者が出ているという話もある。そんな「廃墟」なのである。
「ああ、キサのとこの雑誌で読者アンケートしてたね」
「み、見てたの?」
そりゃ、近しい人が記事書いてると言われれば、もの書きとしては当然だよね。
そうしれっと返されて、キサは赤面する。「もの書き」という肩書きを持つ見知った相手に見られて堂々とできるような文才は、残念ながらキサにはないのだ。
だからキサは、あえて聞こえなかったふりをして、話を続けた。
「『裏野ドリームランド』って、『少し怖い』というより、その……」
「まあ廃墟というより心霊スポットだよね」
「……だから誰も行きたがらなくて。それで、私の地元で、小さい頃遊んでたんじゃないかって主任に言われて、あっという間に、押し切られて……」
「裏野ドリームランド」はキサの地元にある、有名なホラースポットだ。だがキサにとっては、当時家族ぐるみの付き合いがあったアヤトとの思い出の場所でもある。
何より――。
「アヤト、SNSでは廃墟マニアで知られてるんでしょう?」
そう、ホラー作家「今屋礼人」は、SNSに美しい廃墟の写真を投稿していることで一躍有名になった、少し変わり種の作家なのだ。
彼が投稿した廃墟の写真はすでに一万点に登り、その中の約三割があの「裏野ドリームランド」の写真なのだった。
「アヤトなら、あそこの撮影スポットに詳しいかな……って」
「まあ、あらかた撮り尽くしてはいるよ。そういうことなら協力するけど」
「あ……アヤトに頼むことじゃないのはわかってる。それにこれは会社からの正式な依頼じゃないの。断ってくれても大丈夫よ」
「どうして? 別に断る理由もないよね」
即答し、肩をすくめるアヤト。キサは頭を抱えたくなった。
「裏野ドリームランド」は確かに思い出の場所である。しかしそれ以上に、アヤトにとってみれば、嫌な思い出で塗りつぶされた場所でもあるのではないか。キサはそのように感じていたからだ。彼が今も足繁く通っていると聞いて、その精神状態を心配したくなるほどに。
「裏野ドリームランド」。
そこは、子供が行方不明になるという噂から客足が途絶えた遊園地。
そして15年前、朔真アヤトの妹、アヤミが失踪した現場なのである。