おきざりのゆめ
どれだけ、歩いただろう。
気がつくとキサは、夜の闇に潜んだ「裏野ドリームランド」の敷地内をさまよっていた。
暗闇の中だ。とっさにスマホを開き、ふと思い至る。
そうだ。スマホだ。
なぜ今まで気がつかなかったのだろう。これでアヤトに連絡を取ればいいではないか。
きっとこれは何かの冗談なのだから、そうすれば「ごめん、怒った?」と頭をかいて姿を現してくれるに決まっている。
連絡先を呼び出し、通話ボタンを押す――その、直前。
――お兄ちゃん、はやくはやく!
幼い少女の声が聞こえた。
それに合わせるように、青年の声も。
ここはジェットコースター前。懐かしい幼い少女と、よく見知った幼馴染の姿が、見えた。
――アヤミ、そんなに慌てて転んでも知らないぞ!
――だいじょーぶ、だもん! それより見て!
少女は胸を張り、あのウサギの立て看板に並ぶ。彼女の背丈は、かろうじてあの立て看板を超えていた。
――すごいじゃないか、アヤミ!
――ねっ、これでアヤミもお兄ちゃんとキサ姉ちゃんと一緒に、ジェットコースターに乗れる?
「もちろん、よ。アヤミちゃん」
キサは思わずそう、つぶやいていた。
夢だ。これは現実にはありえない、ゆめ。
アヤミと、アヤトと、キサと。
3人で遊ぶ、ありえないゆめ。
もしかしたらこれは、アヤトが見ているものだろうか。
そう思いながら、キサは一歩踏み出す。
だが、夢はそこまでだった。
――ごめんよアヤミ。キサ姉はもう少し準備に時間がかかるって。
――ええー! やだ。アヤミキサ姉ちゃんとも遊びたい!
――大丈夫さ。キサ姉はちゃんと来てくれる。今までアヤミと遊ぶ約束、破ったことないだろ?
――そうだけどー。
ふてくされる幼い妹の髪を撫でて、青年は立ち上がる。
キサが愛した、優しい兄の顔で。
――先に遊んで待っていよう。ね、アヤミ。
――……うん。キサ姉ちゃん、はやくおいでよね!
こちらにひらひらと手を振って、2人はジェットコースター乗り場へ入っていく。
キサをおいて、去っていく。
キサを置き去りにして、夢の中へ。
「待って!」
思わず叫んだ。追いかけて乗り場をくぐる。だが、キサは瓦礫につまづき、勢いよく転倒してしまった。
去っていく。2人が。キサをおいて。
へたり込んだまま、キサは声を限りに叫んだ。
「待ってアヤミちゃん! アヤト!
すぐいくから、私もすぐにいくから!
おいてかないで、独りにしないで!
お願い――!」
ここは遥か昔の閉鎖された夢の国。
狂いかけ、見えない何かに懇願する女の声に応えるものは、何もなかった。