くらやみのおと
――ぅうるるぁう。ぐ ぎ じゃん ぃおおぉうあ。
「クトゥルフ神話、というジャンルがある」
密やかな青年の声がした。
「ハワード・フィリップス・ラヴクラフトとその友人がキャラクターや設定を交換しあって生まれたとホラージャンルの1つだ。
太古この地球を支配し、今は姿を消した、『旧支配者』と呼ばれる存在が現在に蘇る、というのが大本の主題で、これらの設定を自由にシェアすることで発展してきた。
今の日本では、TRPG、というので知られるようになった、あのジャンルだよ」
――ぶぃ づあおぉぅぐ。ぐぇぅ。
キサは耳に心地よいテノールが恐ろしい話を続けているので、抗議のつもりで声の主をひと睨みしたが、相手はどこ吹く風である。
「旧支配者たちは人知を超えていて、撃退することはおろか、理解することにも危険がはらむ、そんな強大な存在だ。
ラヴクラフトはこれを、『宇宙的恐怖』――すなわち、コズミックホラーとよんだ。
クトゥルフというのも、旧支配者を奉じる司祭に人間が勝手につけた名前で、人が聞き取ることも発音することもできないその声からきたものだ。だからクトゥルー、ク・リトル・リトル、クルウルウと、様々な表現が使われる」
――じゃんぁ ご ずぃぇう るるぃ。
部屋には燭台が置かれているが、火は灯っていなかった。灯りは声の主が持つペンライトひとつきり。それも外を警戒して、今はスイッチオフの状態だ。そのため、重苦しい闇の中で聞く彼の話はお世辞にも気分のいいものではないのだった。
とはいえ、先ほどのように睨んだとしても、暗闇の中で彼が気づくべくもないのは、最初のひと睨みで悟ったキサである。……まあ、明るかったとしてもこの男、キサの抗議に気づいたかどうかはわからないが。
「そう、彼らの行動、彼らの意図、彼らの放つ声すら、おそらく人間ごときでは理解できない。名状し難い、音の羅列……」
――が こぅぶ ゔぇ がぉあぐ。
「……ちょっと」
とうとう耐えきれず、キサは押し殺した声で呻いた。
「アヤトのせいで聞こえないふりしてた外のあの名状し難い音が、それにしか聞こえなくなったんだけど?」
「『聞こえないフリ』――なるほど」
声の主が肩をすくめる気配が、暗闇にもかかわらず読み取れた。
「その方法は思いつかなかった」