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それでも世界はブラックだった  作者: 菊日和静
第1章 プログラマーから魔技師へ転職しました
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第04話 スローライフと初めての魔法

 異世界召喚されてから三日経った。

 未だに魔法は教えてもらっていない。

 当たり前の話だが、こちらの生活をろくすっぽ知らないのに、いきなり魔法なんか教えられるものかと言われ、まずは生活基盤やら何やらを整えてからという話に落ち着いた。

 着の身着のまま。何も持たないで異世界召喚されたのだ。

 ゲオルも召喚した本人でありながら、人間の世話をすることになると思っていなかったので、人一人を養う物資があまりに足りていないのだ。ゲオルの家は、人里離れた森の中にあるらしく、普段の買い物はどうしているのかと尋ねると、村の商人が御用聞きに来てくれるらしく、運良くゼロイチが召喚された次の日にはある程度必要な物資が購入できた。

 食料に関しては、保存食や日持ちのする食品類や野菜は商人から購入するものの、肉や魚などの生鮮類に関しては、森の動物や魚から得ているらしかった。

 無論、ゼロイチもその手伝いをやらされた。

 といっても、そこはさすが異世界というべきか。

 狩猟方法の仕方が――何と魔法を使ったものであった。

 ゼロイチがゲオルの後を追っていき森の中に入っていくと、そこには土でできた檻があった。檻の中には囚われたウサギのような生き物が入っている。ようなと表現したのは、見た目はウサギなのに頭に角があったからだ。


「おぉ運が良いの! こやつは『角兎』という動物での。肉が実に美味いのじゃが、すばしっこくての。油断するとこの角で足とか貫かれてしまうんじゃ」


 あっさりとゲオルが恐ろしいことを言った。

 どうやらこの兎は肉食系であるらしく、まともに狩れば命の危険はないにしても、結構な怪我を覚悟しなければいけないらしい。

 だが、それよりも気になったのは、この土の檻だ。


「ゲオル爺さん。この土の檻は何だ?」

「これは土系統の罠魔法でな。一定の範囲内に入った生き物を捕らえる魔法じゃ」

「へぇー、こういう魔法もあるのか」


 すごい便利だと思った。

 元の世界では道具やらを使った罠などはあったが、自動的に生き物を捕らえてくれるものは見たことがない。

 何というか、こういう魔法を目の当たりにすると、ちょっとワクワクする。


「ここ以外にも仕掛けておるから、後で確認しに行くぞ。明日からは、お前さんの仕事にもやってもらうから、しっかりと道を覚えておけい」

「わかった」


 働かざる者食うべからず。

 世話になるからには労働するのが礼儀というものだ。

 とはいえ、今までオフィスワークばかりだったので、森の中を歩くだけで四苦八苦してしまう。キャンプとかは嫌いではないが、大人になってからはとんとご無沙汰だったので、緑の濃い匂いにむせ返りそうになる。


(ここの生活に慣れるのも少し時間がかかりそうだな……)


 その後もゼーハーと息切れしながらも、ゲオルの後を付いて行く。

 何箇所か周って見て、同じように罠にかかっている獲物を回収していく。

 ようやく太陽が頭の上ぐらいまで登った頃に家まで戻って来られた。


「つ、疲れたー!」

「しっかりせんかい。これから、角兎の解体をしてもらうんじゃから」

「お、おう。マジかよ……」

「これが終わったら飯にしてやるから、もうちっと頑張らんかい」


 腹と背中がくっつきそうだが、これが終わればという条件がゼロイチのやる気を振り絞る。ゲオルから解体の道具を差し出され受け取り、改めて角兎と向き合う。


(解体は初めてなんだよなー)


 角兎のつぶらな瞳がこっちを見てくる。

 ゼロイチは未だに独身であり一人暮らし歴も長い。毎日外食では飽きるので、料理を若い頃からしている。ゼロイチは凝り性であり『何かを作る』ことが好きなので、料理は性に合っていた。

 だが、さすがにパック売りしている肉を切るのと、命を直接奪うのは重みが少しばかり違う。命を奪って生きているのは自覚していても、こうして自分がその立場になると、多少なりとも緊張する。

 いつまでも解体しないままではいられない。

 腹を括って、ゲオルの指示通りに兎の解体を始めた。

 血抜きをし、皮を剥ぎ、肉を解体してく。

 刃から伝わる肉や骨の感触が生々しいが、これも食うためと割り切る。料理の心得があるのが多少は効果があったのか、大きな問題もなく解体は終わった。

 手は脂と血でべったりだ。

 疲れた。色々な意味で疲れてしまった。


「初めてにしては上出来じゃな。では飯にするとしよう」

「うへーようやくかー」


 解体でクタクタになってしまい腹がペコペコだ。

 そこでふとゼロイチは思った。


(異世界の食事ってどんなのだ?)


 すごい色や味がしたものが出たらどうしようと、今更ながらドキドキした。

 だが、ゲオルが用意した食事は、ゼロイチの予想に反して普通のものであった。

 パンと焼いた肉とレタスっぽい野菜だ。

 匂いも元の世界のものと似たような感じで安心した。

 ゼロイチはいつもの通りに手を合わせる。


「いただきます」

「ふむ? それはお主のところの食事前の習慣か?」


 言われてから気づいた。

 ごくごく当たり前にやっていたので、こちらの習慣がどうなっているのか失念していた。


「まぁ、そんなもんだ。飯を食べる前に食材だったり、作ってくれた人に対して感謝を示す意味で『いただきます』ってやるんだ。ちなみに、こっちの礼儀作法はどうなってるんだ?」

「色々じゃな。神に祈る人間もいれば、何も言わずに食う者もいる。その点は個人の文化を尊重する傾向にあるから、あまり気にせんでいいぞ」

「そっか」


 それを聞いて安心した。

 早速、ゼロイチは焼いた肉を口にする。塩気の効いた肉がただ焼かれただけだが、脂が乗っていて実に美味く感じる。パンの方は幾分か硬くボソボソとしている。食感としてはフランスパンに近いだろうか。日本のふわふわなパンに慣れたゼロイチにしてみれば多少食べにくく感じるが許容範囲内だ。レタスっぽい野菜も水気がたっぷりでシャキシャキしている。

 異世界の食事ということで構えていたが、そこまで日本の常識から逸脱しない者であったので安心した。

 こういう生活をスローライフとでもいうのだろうか。

 主観的には、昨日までデスマーチで死にかけていたとは思えないほど、ゆったりとした時間を過ごせている。

 時間に追われることなく、締め切りに重圧をかけられることもなく、仕様変更だのテストだのとあれこれと気を張り詰めることがない。

 生きるために生活をする。

 実に悪くない生活だとしみじみと実感している。

 その後もゼロイチはゲオルとともに色々なことをした。

 ゼロイチの部屋の準備のための掃除や家具の作成をした。

 ゲオルの家の付近の地形の把握のため歩き回った。

 夜が来たら寝て、朝が来たら起きる。

 そして、生活も慣れてきた三日経った頃。

 ようやくゲオルから最初の約束が果たされることになる。


「ではゼロイチ。これよりお主に魔法を教えよう。付いて来るがよい」

「わかった。ゲオル爺さん。よろしくお願いします」

 

 ゼロイチはスッと頭を下げた。

 ようやく魔法を教えてもらえることに内心ワクワクしている。

 この三日間では罠魔法と初日の魔法ぐらいしか見せてもらっていないが、どんなことを教えてもらえるのだろうか。

 やはり、魔力とか詠唱とかそんなものを教えてもらうのだろうか。

 どのような辛い修行が待っているかわからないが、魔法を使えるという夢のような出来事に、ゼロイチの期待値の張りは振り切っている状態だ。

 ゼロイチはゲオルの後をついていき、そのまま外に出た。


「まずはゼロイチ。地面に円を描け」

「わかりました」


 ゲオルの言われた通り、ゼロイチは円を描く。


「次に円の中に三角形を描け」

「はい」


 円の中に三角形を描く。

 なんというか、子どもの頃に落書き帳に書いたなんちゃって魔法陣を思い出して、クスリと笑ってしまう。


「次に円の外側にもう一つ円を描き、円と円の間に、この紙に書いている文字を写すがよい」

「はい!」


 二重円の間にゲオルからもらった文字を書き写す。

 魔法で言葉を覚えたゼロイチであるが、この言葉の意味はわからなかった。

 しかし、今は素直に書き写すところから始める。


「描き終わりました」

「よろしい。ふむ、書き損じはないようじゃな」


 これで問題はなかったらしい。

 一応はホッとする。


「ではゼロイチよ。その円の外側に指先が触れるように手を置き、グッと体の中から力を振り絞るようなイメージをしてみるがよい」

「えーと、それはどんな意味があるのですか?」

「口答えは後じゃ。まずは実践してみよ」

「わ、わかりました」


 正直、これに何の意味があるかはわからない。

 ゲオルは考えるよりまずはやってみよう主義らしい。

 ゼロイチも、考えてみればデスマーチ中は出来上がったプログラムの正しさを考えるより、とりあえず実行してみて問題があったらエラーログを調べよう派なので、特に口を挟むことはしなかった。

 ゼロイチは地面に手を置いた。

 気分はアニメや漫画の魔法使いの気分だ。

 まさか、そう簡単に魔法が出ることはないだろうが、物は試しとばかりに、ゲオルの言ったように力を振り絞るイメージで手に力を込める。

 すると、グンと体から何か力が抜けたのを感じた。


「え、うわっ!!」


 次の瞬間、魔法陣の中心からボッと小さな炎が現れた。

 突然のことでゼロイチは尻餅を着いて後ろに転んだ。

 それと同時に炎はフッと消えていく。

 何が起きたのか。

 ゼロイチは目を丸くしながら、今の現象を反芻していたら、ポンと肩に手を置かれる。


「おめでとうゼロイチ。これが魔法じゃ」

「え、え、うえぇ〜〜〜!?」


 悪戯が成功したみたいな顔でゲオルが笑った。

 どうやら今のは魔法だったらしい。

 混乱する頭でゼロイチは思った。

 魔法。そんな大変な修行いらなかったなぁと。

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