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それでも世界はブラックだった  作者: 菊日和静
第1章 プログラマーから魔技師へ転職しました
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第03話 一問一答

「ふむ。こんな魔法を見て笑うとは、そんな面白かったのか?」


 ひとしきり笑った後ゲオルがそんなことを聞いてきた。

 魔法を見て涙を出して笑う成人男性。しかも異世界人。

 怪訝になるのも頷けるものだ。


「面白かったと言いますか――嬉しくなったんですよ」


 魔法の存在をこの目で見て嬉しくなったという気持ちが正しい。

 夢物語の中でしか見ることができなかった魔法が、社会人になってから見ることができるなんて夢にも思わなかった。

 子供時代にあんなにも異世界に行って冒険したりすることを夢見ていたのに、出会うことがついぞ叶わなかった異世界に召喚された。デスマーチ中で限界ギリギリの精神状態にあって、夢どころか現実逃避ばかりしたかったのに、こんな数奇な運命に巡り会うことになろうとは。

 いやはや。嬉しいという言葉しかない。

 ゼロイチは目尻に浮かんだ涙をそっと拭い去る。

 ゲオルはそんなゼロイチの様子に「そうか」と笑い、そのことについてはそれ以上は何も問わなかった。きっと、これは話しても理解してもらえない心境だろう。年を経た老人の気遣いに感謝した。


「では今度はこちらからの質問じゃな。お主が居た世界にはどのような魔法があったのだ? ぜひとも教えてもらいたいものじゃ」


 目をキラキラと輝かせながらゲオルが前のめり気味になった。

 ゲオルの期待を裏切るようで心苦しいが、


「えーと、残念ながら私の居た世界には魔法なんてものはないんです。なので、今初めて魔法を見てすごく驚きました」

「何と! それは、本当か!?」

「はい。私の世界ですと魔法はフィクション――おとぎ話のようなものにしか存在しないんです」

「むむ。魔法がない世界とは……何とも想像しづらいのう」


 魔法のある世界の住人からしてみればそうなるだろう。

 こっちからしてみれば、科学がないと言っているにも等しいのだから。


「次はこちらの質問ですね。ゲオルさんはどうして日本語を話しているんですか?」


 今度は異世界あるある代表格である言葉の違いについて尋ねてみた。

 最初は日本だと思っていたが、やはり、異世界なのに日本語が通じるのはおかしい。おかしいものや矛盾は気になる。それがプログラマーという生き物だ。

 

「ニホンゴとは何じゃ?」

「今私たちが話している言葉のことですが……」

「ワシらが話しているのは『エクリプス語』じゃよ。ふむ、どうやら言語の共通化についてはうまいこと機能しているようじゃな」

「ど、どういうことですか?」


 ゲオルの話にゼロイチは狼狽えた。

 日本語ではなくエクリプス語。

 てっきり、ご都合主義よろしく、この世界でも同じような言語が広まっているのだと思っていたら違うのだろうか。


「簡単な話じゃよ。召喚しても言葉が通じなければ困るだろうて。なので、あの召喚魔法には、召喚したものに対して『言語を共通化』を施す魔法が組み込まれておったのじゃよ。わかりやすく言えば、ワシらの世界の言葉が、お主の頭の中に刻み込まれているはずじゃ」

「そんなバカな『パソコン』みたく言語を『インストール』するわけじゃあるまいし――って、えっ……!?」


 ゲオルに言われてようやく気付いた。

 ゼロイチは今までずっと日本語を話していると思ってが、耳から入ってくるこの言葉は日本語の響きではない。

 ――違和感が無さすぎてまるで気づかなかった。


「ちなみに、これは読めるか?」

「よ、読めます……」


 ゲオルが一枚のメモを渡してきた。

 短く『私の名前はゲオル。初めまして』と書かれていた。

 当然、それは日本語ではない言語で書かれている。

 なのに、ゼロイチはそれを読み取り、意味を理解できている。


「 凄いな。魔法……」

「そうじゃろう。そうじゃろう」


 言語取得に1日も必要しないとか、凄まじい効果だ。

 若干、勝手に頭の中を弄られたようで気味が悪い気もするが、それにしてもあまりある効果だ。


「次はワシの質問というか頼みなんじゃが――別に敬語を使わんでも問題ないぞ。敬語というのは尊敬できる人間にだけ使っておれば良いわい。初めてあった人間に敬語なんぞ使われても背中がむず痒くなって仕方がないわ!」

「えーと、それは文化的な慣習でしょうか? 私の国だと、年上や初対面の人間には敬語で接するよう教わっているのですが」


 言葉が通じようと文化が違えば意味が異なるものだ。

 日本では通じるボディランゲージが諸外国では通じなく、それどころかひどく気分を害すものだってある。

 そういう意味だろうかと思ったら、


「いんや、単純にワシの持論じゃよ。敬語は敬いたい人間だけに使え」


 ただの持論だった。

 とはいえ、郷に行っては従えと言うし、無理して敬語を使う必要もなかろう。


「あー、じゃあここからは敬語なしで話させてもらうわ。ゲオル爺さん。正直、俺も敬語とかあんま好きじゃないからさ。助かるよ」

「くく。それで良い」


 社会人のスキルとして敬語は自然に使えるが、肩が凝って仕方がないのだ。

 別人を演じているみたいで落ち着かないみたいな。

 なので、敬語を話さなくていいとなった途端、ゲオルとの話が弾み出した。


「じゃあ次は俺の番だな。どうして俺を召喚したんだ?」

「ゼロイチ個人を召喚したわけではない。召喚魔法の条件に偶然当てはまったのがお主だったというわけじゃ」

「その条件てのは何だ?」

「一問一答と言っておろうが。……いやまぁよい。まずはお主の疑問を解消するとこから始めた方が話は進みは早そうじゃな」

「助かる」


 何しろこちらは何も知らないのだ。

 それに魔法の存在を知ったせいか、色々と興味が尽きない。


「条件全てはワシもまだ解明できておらん。判明しておるだけならば『冥界に迷いし者』『禁断なる知識を持つ者』といったとこじゃな。その条件からワシとしては悪魔みたいな奴が召喚されると予想しておったが、異世界の人間とはついぞ思わなんだわ」


 その条件だけなら確かにゼロイチだって悪魔が召喚されると思う。

 実際はただのプログラマーの社畜が召喚されたわけだが。

 ガッカリにもほどがあるだろう。

 ところで、ゲオルは聞き捨てのならないことを言った。

 冥界に迷いし者。

 どう解釈しても結論は一つしかありえない。


「……てことは、やっぱり俺死んでたのか〜。わかっていても、何か凹むものがあるな」

「ほう。お主死んだ記憶はあるのか?」

「まぁな。働きすぎて頭がぼーっとして、うっかりしていたら死んだ」

「つまらん死に方をしおって、命をもっと大事にせんか!」

「死んだ人間に無理を言うなよ……。あれ。でも、そうすると俺生き返ったっていう扱いになるのか? それともゾンビ的な扱いなのか?」

「さてな。少なくともワシの目からは生きておるように見えるよ」


 そう言われて少しは安心した。

 死んだ記憶があっても傍目には生きていると見えるらしい。ゾンビのような存在で召喚されるよりは遥かにマシだ。


「そりゃどうも。あとの条件が『禁断の知識を持つ者』だっけか? これこそ心当たりなんて何もねーよ。頭は悪くない方だとは思うが、天才とか大層なもんじゃねーからな」

「はっ、何を言うておるか。異世界から呼ばれている以上、その存在自体が禁断のものであろうし、そこからもたらされる知識は多大な価値と可能性を秘めておるわ」

「なるほどな。そう聞けば確かにな」


 文化や文明の違いによってもたらされる価値は計り知れない。

 それが異世界ならなおさらだろう。


「となると、俺が召喚されたのは偶然ってことか」

「恐らくはな。再び召喚したとしても、どんな者が召喚されるか予想もつかん」


 どんな奴が召喚されるかわからないなんて、ガチャかと思った。


「もう一回召喚するとかできないのか?」

「無理じゃな。1回限りの召喚魔法だったからのう。複数回できれば統計も取れたかもしれんが、それも今となっては叶わん」


 そりゃまたもったいない。

 一回こっきりの魔法で召喚されたのがゼロイチなのだ。

 自分の立場だったら、スカを引いて泣きたくなるぐらいのレベルだ。

 ゲオル側からしてみれば、そうでもないかもしれないのが唯一の救いだ。


「それじゃあ、俺からの質問は一旦これで最後だ。俺は元の世界に戻れる手段はあるのか?」


 異世界物語のお約束といってもいいだろう。

 帰還の手段を探す。

 そんなものが存在するのかを聞いた。


「ふむ。ゼロイチよ。お主は元の世界へ戻りたいと思うのか?」

「それは――」


 どうなんだろうか?

 なにしろデスマーチによって心身ともに疲弊し一回は死んだ身なのだ。

 帰ってもまたあの過酷な環境に放り込まれることを考えると、あまり気が進まないのは確かだ。

 元の世界には、もちろん未練はある。

 アニメやゲーム、漫画や小説。仲の良い友人たちとは今でも飲んだりするが、年齢が進むにつれて結婚して疎遠になったりもしている。両親は共に健在だ。ただ独り立ちしてからというもの、季節や年の節目にしか帰ってないから、顔を合わせる機会も大分減った。

 恋人とかもいたら、少しは違ったかもしれないが、過去にゼロイチにも恋人はいるにはいたが、デスマーチ中にまったく連絡を取れなかったせいで、メールに一通だけ『さよなら』と通知が来てそれっきりだ。


「戻りたいって思うほどの熱意は特にないな。ただ、元に戻る手段がないならそれでいいんだ。こっちの世界で根を張ろうって覚悟が決まるからな」


 これがゼロイチの偽らざる思いだ。

 元の世界へ戻れるならば、それもいいかもしれないが、どうしても帰りたいと思えるほどのものではない。

 むしろ、魔法なんてものを見せられたせいで、こっちの世界の方へ興味が傾いているぐらいだ。


「結論から言えば元の世界へ戻る魔法はワシは知らん。もしかしたら、そんな魔法もあるかもしれんが、ワシの知る限りはない。すまんな」

「ん、そうか」


 それならそれで別に構わない。

 こっちの世界で生きる覚悟が決まったぐらいだ。

 さて、ここからは交渉の時間だ。


「ゲオル爺さん。悪いと思っているなら、俺からの頼みを一つ、いや、二つ聞いてもらえねーか?」

「ワシにできることなら良いぞ」

「そんなすごいことを頼む気はねーよ。暫くの間、ここで世話になっていいか? それで常識とか色々教えてくれると助かる」

「無論じゃて。そんなことお主に言われんでも世話をみるつもりじゃったわ」

「ありがとう。助かるよ」


 これで一先ずは衣食住の保証ができた。

 人間らしい生活を送るための基盤の第一歩だ。


「それで最後の一つは何じゃ?」

 

 決まっている。

 異世界に来たからには、これは外せないだろう。

 お約束と言い換えてもいい。


 

「俺に魔法を教えてくれ」

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