第21話 魔物撃退用魔法マクスウェル
やばい。
まずい。
やばいまずいやばいまずいやばいまずい!!
何が保守だ。何が楽な仕事だ!!
蓋を開けてみれば保守じゃなくてほとんど新規開発に近い状態で、さらにはエンドだけが決まっている状態での開発だと?
冗談ではない。
工数すら出せない状態で、何人日どころか何人月必要とするのかわからない開発において「終わらないと会社が終わる」みたいな状況に陥ることになるだなんて夢にも思わなんだ。
むしろ悪夢でもいいから夢なら覚めてほしい気分だ。
何が最悪かって会社ならば身体を壊したりでもすれば会社を辞めることもできるのに、人の命が懸かっている状況下で逃げ出せるわけがない。逃げ出そうものなら自分の命すら危うくなるのだから。
ーーーーチ。
だが、これからどうする?
少なくともゼロイチが考えていた作業はやっている暇などない。
あれらは平時だからこそやっていられるのだ。
ーーーーイチ。
魔法を作ることだけに専念すればいけるか?
どれだけ複雑かわからないのに1ヶ月以内で作りきれる自信など一つもない。
しかし、できないなんて言葉は言えるわけなどない。
やるしかないのだ。
肩が重い。吐き気がする。足が震えて手の先が冷えてくる。
目に見えないプレッシャーで目の前がクラクラしてきた。
あぁ、くそ。何でこんなことになった。
本格的に腹から吐き気がこみ上げてきて気持ち悪くなってきたーー
「ゼロイチッ!!」
両肩にパンと衝撃が走った。
それでハッと目が覚めたように視界がクリアになる。
「しっかりしろ。私をよく見るんだ」
「アフル……?」
目の前にいたのはアフルだ。
強い意志を感じさせる眼差しでこちらを見つめている。
「深呼吸をしろ。……どうだ、落ち着いたか?」
「悪い。いや、ありがとう。おかげで落ち着いたよ」
アフルの言う通りにスーハーと深呼吸をして、ようやく落ち着いた気がする。
情けない。
こんな年下の女の子に心配をかけるなんて、つくづくダメな男だと自嘲する。
だが、それもここまでだ。
「ウォールさん。まず現状を確認させてください」
「は、はい!」
「魔物の大量発生は1ヶ月後。これは間違いない情報なんですね。遅くなる見込みは?」
「……残念ながら。過去の発生時期を照らし合わせても時期がずれ込むことはありません」
「では、魔物撃退用の魔法ーーこれを作るのが間に合わなかったらどうなりますか?」
「それは……大凡の予想になりますが?」
「構いません」
最悪の事態を想定しなければならないのだから、予想でも十分参考になる。
「魔物撃退用の魔法ですが、こちらは現在2割程度しか使用できません。他のものは全て魔石の使用期限が切れて発動できない状態です。この関所には護衛兵や傭兵もいるので、彼らと力を合わせれば何とか追い返すことも可能ですがーー魔法がない状態では相当の被害は免れないかと……」
「なるほど」
逆に言えば魔物撃退用魔法があれば、大した被害もなく追い返すことも可能ということか。
どういった魔法なのかはまだ知らないが凄まじいものである。
「アフル。アリアドネ領の関所の危機のわけだが、魔法騎士とか戦力の派遣は可能か?」
「……多分、可能だとは思う。だが、1ヶ月という短い期間でどれだけの人数を動員できるかは、お父様でなければ判断できない」
「そうなのか?」
「アリアドネの都にも自衛できるだけの戦力は必要だ。それに、他領にも気をつけなければならないし、アリアドネ領内の治安の問題もある。平和になった今の時代では戦力の最大数がまるで違うんだ」
「需要がないから必要最小限になったってことか」
本当はそれをカバーするために魔技師が必要だったのだろうが、魔法狩りという政策による魔技師の大量退職者が続出したので、それもできなくなったというわけか。
政策者側の意図とそれを受け取る魔技師側による将来的不安と恐れによる差異。
こういうところは、元の世界でも異世界でも同じということか。
政治に携わる者としては戦争段階で増えすぎた戦力の段階的低下を目指し魔法狩りを行ったが、魔技師たちは仕事が無くなることを予期して辞めていった。
その煽りの結果がこれである。
「どっちにしろ魔法の開発が急務には変わりはなし、か」
魔法の開発が間に合わない場合は被害が出る。
しかも、最悪の事態を想定すればアリアドネ領の保有する魔法騎士が十分な数が揃わない可能性もあるときた。またもやゼロから計画を見直す必要が出てきた。
そのためすべきことはと考えーーゼロイチは腹を括った。
「アフル。昨日の今日で何だが早速手伝ってくれないか?」
頼る相手は年齢が一回りは下の女の子。
年上として情けなくもあるが、今一番信頼できる人間だ。
そんな少女に頼りきりになるのは情けなくはあるが、もう慣れた。
大事なことはただ一つ。
期限内に仕事を終わらせることだ。
「助けてくれ。どうも俺一人じゃ何とかするのは無理っぽい」
「無論だ。騎士の誇りにかけてお前を手伝おう」
凛々しく笑いアフルは頷いた。
つくづくできた娘である。
「それじゃ早速仕事と行くか! ウォールさん。これからは時間との勝負になります。すみませんが、魔物撃退用魔法について知り得る限りの開示を求めます」
「わ、わかりました!」
ウォールは、かつての前任者と近しい関係にあった者、魔物撃退用魔法を実際に使ったことがある者など、少しでも情報を持っていそうな人間を集めてきてくれた。
いきなり、その人数から情報を聞き出すだけでも大変のため、何人かのグループに分けてヒアリングをした。仕様書が残っていれば、こんな苦労はかなり省けたのにと何度も思ったが仕方がない。おかげで、魔法についての概要ぐらいは理解することができた。
魔物撃退用魔法の名前はーー『マクスウェル』。
関所の城壁から大威力の魔法を魔物の群れに向かって撃ち出す魔法であり、一回の使用でかなりの魔力を使用することになるが、広範囲の魔物を倒すことができるという。
現代でいうところの戦術級兵器に該当する者と思われる。
しかも、何が凄いかというと魔物の特性に合わせて「地水火風」の属性を変化させることができ、効率的に魔物を殲滅することも可能だそうだ。
いやしかし、前に山の中で攻撃魔法を考えた際に、火や土はともかく水や風など役に立つのかと尋ねたところ、どうもこの世界の魔物や魔法の関係性では属性の相性というものは大事なことらしく、いわゆる水刃・風刃みたいな魔法でも十分な威力を発揮するらしい。
どうにもこうにも、元の世界の物理常識で考えていたせいもあって、大した威力は期待できないと思っていたが考えを改める必要がありそうだ。
そして、ヒアリングを進めていたところ更なる事実が判明した。
「は? 魔刻を施した魔法の本体は別にあるですか?」
「はい。私は確かそう聞いた覚えがあります」
関所に勤めて二十年近くになるベテランとも言える兵士から、そんなことを聞いた。
確かに今までのヒアリングの結果から、よくもまぁ多属性・高威力の魔法を量産して作れるもんだと疑問に思っていたのだ。
そもそも原則として魔法というのは多属性・高威力・快適な操作性を突き詰めて行くと魔陣を書く量が多くなり、その辺の小さな魔石では魔刻することも難しくなるのだ。
これは、かつてゲオルから魔法を教わっていた時のことだ。
魔石に魔刻する際、魔陣の総量は決まっているので、魔陣の量が多く慣ればなるほど高純度の魔石かそれに変わる魔金属が必要になってくると教わったことがある。
以来、ゼロイチは単一属性でシンプルな魔法しか作ってこなかったので、すっかりと忘れていた。
そこから、話を深めて聞いていると一つの仮説に行き当たった。
「……もしかして、サーバーとクライアントの概念を取り入れてるのか?」
そう考えれば腑に落ちる。
元の世界で言うところのWebなんかを思い浮かべてくれれば多少はイメージしやすいだろうか。
あれらは別に自分のPC内で全ての処理を行っているわけではない。
クライアント側の自PCでは「Aの情報をください」とサーバーに送信し、サーバー側は「Aの情報を探して返却します」という処理をすることでWebの情報などが閲覧することができるのだ。
魔物撃退用魔法『マクスウェル』も同じではなかろうか。
実際に魔法を使用する側は、使用する情報を送信することで、本体側の魔法が実際の魔法を処理して渡すことで、多属性・高威力の魔法を返却して返しているのだ。
そういうことならば、本体側は高純度の魔石が存在し、使用側はある程度の品質の魔石さえ用意してやれば使用できるし、劣化して使えなくなったという現状にも説明がつく。
「ウォールさん。今の話は?」
「た、多分間違いありません。私もこの関所の長になった時に『マクスウェル』の核となる魔石を見せてもらったことがあります。ですが、何分魔法の知識には疎く、前任者の魔技師に任せっきりでしたもので……お話が遅れたこと謝罪いたします」
「反省は後にしましょう。今の話で大体の仕組みは理解できました」
情報はあらかた出揃った。
それにしても驚かされたのは、異世界に来てなおサーバーの概念が存在しているとは思わなんだ。どうやら、異世界の魔技師の技術や考え方というのは中々に侮ることはできない。
どこの誰がこんな魔法を作ったかは知らないが、魔法狩り前の魔技師というのは優秀な人間が多かったのだろう。
それがこんな世になってしまい、もったいないの一言しかない。
とりあえず、ヒアリングは全て終えて一息ついていたところ、
「ゼロイチ。今戻った」
「あぁ、おかえり。こっちは今一息ついたところだ」
アフルは今までウォールと協力してマクスウェルについて知っている人間を集めてくれていた。
彼女の権力と体力を使ってジェクトと一緒にあちこち回っていてくれたのだ。
でなければ、こんな短時間で情報を集めるだなんてゼロイチ一人では無理だった。
「どうだゼロイチ。魔法は期限内に作れそうか?」
お茶を入れて開口一番アフルが尋ねた。
無論、その答えは決まっている。
「結論から言えばーーほぼ無理だ」
それがヒアリングした結果から、ゼロイチが導き出した結論だった。
しかし、アフルは今のゼロイチの言葉に
「『ほぼ』ということは、少しは可能性はあるのか?」
「可能性はいつだってあるさ。ただまぁ、マクスウェルの構造を運良く全て理解できて、使用側の魔陣を適当に作って偶然魔法の送受信が可能だったならな。どうだ? この分の悪い賭けに乗るか?」
「そういうのはギャンブルとは言わん。ただの馬鹿のやることだ」
「俺もそう思うよ」
つまりはそういうことだ。
ざっくりと言えば、ゼロイチは概要は理解できても詳細は理解できていない。
マクスウェルの本体に繋ぐネットワーク処理、送受信するインターフェース、下手をすれば暗号化なんかのセキュリティ処理も入っている可能性だってあるのだ。
そんなもんどれだけ時間があれば解析できるというのだ。
見通しなどつくわけがないので、作ったところで無駄だ。
「結局は情報収集も無駄だったということか。絶望的だな……」
「確かにな。だが状況が絶望的かいえばそうでもないぞ。おかげで打開策を思いついた」
「何か策があるのか!?」
「ある」
彼女たちの協力の結果、確かにマクスウェル(クライアント側)の開発はほぼ無理だということがわかった。下手に時間がある状況ならば、これほどすっぱりと決断を下せなかったが、逆に今の状況が幸いして決断できた。
それはーー
「この『マクスウェル』はきっぱり諦めて違う魔法作ろうぜ!」




