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それでも世界はブラックだった  作者: 菊日和静
第1章 プログラマーから魔技師へ転職しました
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第02話 異世界召喚と老人ゲオル

「お主……一体何者じゃ?」

「は……?」


 気がつけば目の前には白髪の老人がいた。

 老人はまじまじとこちらを見つめ不審げな様子で尋ねてきた。

 何者と問われても――しがない社畜プログラマーですが。

 そうとしか答えられない。

 いや、そもそもそんなことはどうでもいい。

 ……少し落ち着いて考えてみようか。

 まずは深呼吸をしてスーハースーハー。

 よし落ち着いたので考えてみよう。

 直近の記憶で強烈に覚えているのは交通事故だ。

 自己の認識では死んだ――はずであった。少なくとも主観ではそのはずである。

 青信号だと思って渡ったら赤信号で、車に撥ねられる直前の記憶までは克明に思い出すことができる。その後のことは何も覚えていない。

 もしかすると、ここは病室なのだろうかと辺りを見渡す。

 温かみを感じさせる丸太の壁。ツンと鼻を刺激するような何らかの薬品臭。床には何かの儀式をしたのだろうか、怪しげな模様が描かれている。

 どこをどうみても病院なわけがない。

 謎が余計に深まってしまった。

 とはいえ、一応は目の前にご老人がいるのだから、何か知っているかもしれないと思って質問する。


「えっと……。あの、ここってどこですか?」

「ワシの家じゃな」


 この時点で咄嗟に頭に浮かんだのは誘拐の二文字だ。

 しかし、その考えはすぐに否定した。零一は自慢でも何でもないが大した稼ぎもないプログラマーで、親もお金持ちとか、やんごとない身分の人であるとか全然ない。

 誘拐する旨味なんてどこにもないし、誘拐したのであれば手錠や縄で身動き取れないようにするだろうが、その様子もない。

 チグハグな状況で混乱がますます進む。

 そもそもこの老人は何者であろうか?

 よく見れば老人の格好が――洋風のファンタジー映画に出てくるような魔法使いみたいなローブを着ている。ふさふさとした白髪に立派に結わえた髭なんて見れば見るほど魔法使いのそれでしかない。また、瞳の色は淡いブルーで顔も彫りが深く、日本人とは明らかに違う顔立ちだ。

 なのに、


(あれ、待てよ? 日本語が通じたということは、外国人のように見えても日本人なのか……? もしくは、日本語が話せる外国人?)


 言葉が通じる。

 最低限、意思疎通が図れるという安心感から、老人の格好や状況に多少の違和感を覚えつつも、一先ずは胸を撫で下ろす。


「それでワシの質問にも答えてくれんか? お主は何者――あぁ、いやいい。まずはお主の名を教えてくれんか?」

「あ、はい。俺――私の名前は零一(れいはじめ)と言います」

「れーはずぃめ? ……むぅ。すまぬが何か他に呼び名はないか?」

「他と言いますと……愛称になりますが『ゼロイチ』と呼ばれてました」


 名前が零と一でゼロイチ。

 安易であるが、学生時代から呼ばれてきたニックネームだ。


「ゼロイチか。ふむ。こちらの方が言いやすいので、すまんが以後こちらの方で呼ばせてもらうがよいか?」

「はい、構いません。それで、こちらもお爺さんの名を伺っても?」

「おぉ! 確かにワシの方も名乗らねば礼を失するというものじゃな。ワシの名はゲオルという。ここで魔法の研究をしている者じゃ」

「ゲオルさんですか。それで魔法の研究を……え、魔法?」


 一瞬、聞き間違いかと思った。

 魔法使いのコスプレをしているので、そう聞き間違えたに違いない。

 こんな年嵩のいった爺さんがまさかそんなことを言うわけがない。


「うむ。ワシが『魔法』でお主を召喚したのじゃ。改めて問おう。ゼロイチよ。お主は一体何者じゃ?」


 真顔で魔法で召喚したと言われ、改めて何者かを問われた。

 冗談を言っているようには見えない。

 ……考えられるパターンはいくつかある。

 ゲオルが老人特有の痴呆で本気で自分を魔法使いだと思っているパターンとか、実はドッキリであるとか、ゼロイチは病院のベッドの上で夢を見ているとかだ。

 しかし、ゲオルは滑舌もはっきりしていて痴呆には見えないし、一般人のゼロイチがドッキリのターゲットになる可能性は低いし、試しに足をつねってみたら痛みもある。

 ゼロイチは考えた。

 何にせよ、この状況のカギを握っているのはゲオルであるならば、反抗的な態度を取ってゲオルの機嫌を損ねる真似は賢いとは言えない。

 良くも悪くもデスマーチを経験したプログラマーらしく『とりあえず色々言いたいことはあるが、文句を言っても何の得にもならないので、一先ずは現状を受け入れて話を進めようではないか』という建設的な考えを発揮した。

 人間、極限の状況を経験すれば、どんな状況でも対応できるものだ。


「何者と問われて答えになるかわかりませんが、私の職業はプログラマーです。出身は日本という国になります。ゲオルさん。こちらもお尋ねします。今の私の話で知っているものはありましたか?」


 社会人をやって早数年。

 まさかこんな挨拶をすることになるとは露ほど思わなかった。

 それに対しゲオルはニヤリと嬉しそうに笑みを深めた。


「――なるほど。召喚魔法自体は成功ということじゃな。ようこそ異世界からの客人よ。お主を歓迎しようではないか」

 

 その後、ゲオルに誘われるがまま部屋を出て、リビングらしいところに連れて行かれた。椅子に座り「少し待っておれ」と言われ、部屋の中を見渡す。色とりどりの宝石や、怪しげな道具が散乱し、何かをメモしたと思われる紙が積み重ねられていた。

 自分の常識の中にはない部屋の様子に、ゲオルの言葉を思い返す。

 異世界と召喚。

 小説や漫画など数々の題材として取り上げられる異世界もの。

 とりわけ近年では異世界ものが取りざたされている感もあるが、ゼロイチが幼少の頃から異世界召喚の物語は廃れもせずあるものなので、珍しくも何ともない。

 だがしかし、まさか、この年齢になって経験する側になろうとは……。

 高校生や大学生ぐらいの年齢ならば、まだ状況を楽しむことができただろうが、社会人経験を経てアラサーを目前としている身としては、素直に楽しむには些か歳をくいすぎてしまっている。

 未来に希望を抱くより、明日の飯の心配をする。

 自己を高める研鑽より、自己を休める休日を望む。

 そんなお年頃なのだ。

 といっても、


(まだ異世界召喚されたと決まったわけじゃない)


 確定的な情報は出揃っていない。

 ゲオルがとんでおない大ボラ吹きである可能性もあるのだ。

 こんなプログラマー風情を騙したところで、どんな得があるわけがないにしても、疑っておくにこしたことはない。


「待たせたな。ワシがよく飲んでいる茶だ」

「あ、これはどうも」


 何をしていたのかと思えばお茶を淹れていたようだ。

 ティーカップなんて洒落たものに入っているわけもなく、木製のコップに並々と注がれている。日本茶のような香りではなく、どことなくハーブティーの香りに近い気もするが、お茶に詳しくないのでよくはわからない。

 でも、鼻をくすぐるような芳香で自然と口元が寄せられる。恐る恐る一口を含むと、爽やかな香りが鼻を突き抜けて、頭がスッキリした気分になる。


「どうやら口にあったようじゃな」

「えぇ、個人的にはかなり好きな味ですね」


 仕事時に眠くなった時とか、集中力が切れた時とかに飲むと頭がしゃっきりとしそうな感じなどが良い感じだ。こんな時にまで仕事のことを考えながら判断していると、社畜ここに極まれりという感じもしないこともないが、味は味で好きな部類に入る。

 お茶を飲んで一息ついたおかげだろうか。

 ある程度の余裕が戻ってきた。

 そのタイミングを見計らってかゲオルが「話の続きをしよう」と切り出した。


「互いに聞きたいことが山ほどあろう。一問一答。ワシが質問したから、次はお主の質問に答えよう」

「わかりました」


 どちらか一方が質問をするわけでなく一問一答形式。

 ゼロイチにとってもありがたい申し出だ。

 であるならば、お茶を飲んでいる間に考えていた質問をすることにする。

 最も確信的な質問を――根本的な答えを得るための質問をする。


「魔法を――見せてもらえませんか。この場でできるもので構いませんが可能でしょうか?」


 この世界が本当に異世界かどうかこれではっきりする。

 ゲオルがおかしいのか。

 ゼロイチが召喚されたのか。


「無論じゃ。その程度のこと造作もない」


 そう言って、ゲオルはいくつかの色とりどりの宝石を取り出した。

 ゲオルはゴニョゴニョと何かを口ずさみ、手の中の宝石が光る。

 すると、


「これが火を灯す魔法。水を出す魔法。土塊を生み出す魔法。風を巻き起こす魔法」


 ゲオルの言った通りに魔法が発現した。

 ライター程の火種が空中にポッと灯った。

 水の塊がゲオルの飲んでいたコップに入った。

 何もないところからテーブルの上に土が現れた。

 窓を閉め切った家の中でヒューっと顔を撫でる風が吹いた。


「さてご満足いただけたかな」


 満足も何も――満足しかない。

 半信半疑が確信へと変わった。

 ここは自分が住んでた世界ではない。


「はは……あはは! あー、くそ。うそだろ。おい」


 笑うしかない。笑うことしかできない。

 目尻に涙が浮かぶほど笑った。


「本物だ。本物の異世界召喚だ!」


 中二病真っ最中の学生時代で一度は夢見たはずの異世界。

 社会人になって夢を見なくなった異世界。

 デスマーチによって疲れ果てたプログラマーであるゼロイチは異世界召喚されてしまったようだ。

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