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それでも世界はブラックだった  作者: 菊日和静
第1章 プログラマーから魔技師へ転職しました
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第10話 ゼロイチの魔法

 ソリット村から離れ、森の中を進んで行くとポツリと建っている家が見えた。

 女将さんが教えてくれた情報とも一致する。

 周辺の様子を観察すれば、薪割りの後や水仕事の跡があることから、人がここに住んでいるのは確かだ。


「ここだな」

「お嬢。一応は用心しておいてください」

「わかった」


 コクリとアフルは頷く。

 ジェクトの言う通り、アフルは息をして心を落ち着ける。

 とはいえ、魔技師ゲオルの捜索で来ている以上、あまり剣呑になり過ぎてもいけない。見苦しくない程度に身だしなみを整え、あくまでもこちらに害意がないことを示すことも重要だ。要はバランスが大事なのだ。


「こちらにゲオル師が弟子のゼロイチ殿が居ると聞いて訪れた! 突然の来訪となってすまないが話を聞いていただけないだろうか!」


 ドアの前に立ちノックしてからアフルは用向きを伝えた。

 すると、すぐに家の中から反応があった。

 ドタバタとこっちに向かう足音が聞こえる。

 ギィっとドアが開けられる。


「はいはい今開けますよっと。んーと、初めて見る顔だよな。おたくらどこのどちらさん?」


 あまりここいらでは見ない顔立ちの男が姿を見せた。

 黒髪に黒い瞳。中肉中背のよくある体型で、年の頃は顔立ちが幼く見えるせいであまり判別しづらいが、それでもアフルよりは年上だろうと思った。

 アフルは胸に手を当て、挨拶を述べる。

 

「お初にお目にかかります。私はアリアドネ領の領主ステイブ=アド=アリアドネが娘のアフル=アド=アリアドネと申します。こちらは私の護衛のジェクトです」

「お嬢の護衛を務めているジェクトだ。仕事柄帯剣する無作法を許してくれ」


 目をパチパチとさせ、驚いたようにゼロイチはこちらを見る。


「えっ、領主の娘ってことは……お姫様ってこと?」

「そこまで大層な身分ではありませんが、領主の娘として恥ずかしくない教育は受けてきたつもりです。それであなたはゼロイチ殿でお間違いないでしょうか?」

「なるほど。あーいや、これは失礼。申し遅れました。自分はゼロイチで間違いありません。森の奥に住んでいるような変わり者ゆえ、失礼な口の聞き方をしたことをどうかお許しいただきたい」


 これにはアフルが驚いた。

 多少仰々しくも感じるが、ゼロイチが礼儀作法をそつなくこなしているようにも見えたのだ。ただの村人であれば言葉遣いや礼儀は洗練されていない者の方が多い。見た目に反してどこかで教育を受けてきたのかもしれないと思った。


「いや、こちらこそ何お連絡もなく参ったのだ。許すも許さないもない。それに今は畏まった場ではないので、改まった口調は不要だ」

「それはありがたい。それでアフルさんは、一体こんな森の奥に何しに来たんだ?」


 向こうから切り出してくれたので、アフルも訪問の目的を告げる。


「元々はこちらに魔技師のゲオル師がいると聞いて来たのだが……」

「あぁ、半年前に病で亡くなったよ。あんたらは、ゲオル爺さんの知り合いか何かか?」

「知り合いというわけではないが、ゲオル師がこちらにいるという風の噂を聞いてな。できれば、我が領で魔技師として迎え入れたいと思いやってきたのだ」

「へぇ〜そりゃまた驚いた!」

「驚いた? それはどういう意味だろうか?」


 そんなに変なことを言っただろうか?

 アフルはゼロイチが言った意味がわからず首を傾げた。


「どういう意味も何も、ゲオル爺さんは今生きてたとしてもかなりの老齢だろ。つまり、そんな老人を領主の娘が迎えに来なければならないほど、魔技師不足が深刻ってことだと思うが違うか?」

「――っ!?」


 アフルは戦慄した。

 魔技師不足は貴族の間では周知の事項であっても、領民レベルで共有されている情報ではない。もしそのことが知られたら、良からぬことを考える輩が出てくるかもしれない機密事項なのだ。

 なのに、ゼロイチはたった一言でこの訪問の意味と背景を推察してしまった。

 かなり頭の回る切れ者。

 アフルはゼロイチという人間の評価を見直す。


「ったく、ゲオル爺さんの言ってた『魔法の衰退期』って、あれ本当だったんだな。だったら、弟子とか作って備えておけよな」


 しょうがない爺さんだとゼロイチは肩をすく。

 しかし、アフルは今聞き捨てならないことを聞いた。


「……ゼロイチ殿。あなたはゲオル師の弟子ではないのか?」

「はぁ? 俺がゲオル爺さんの弟子だって?」


 呆れた目でゼロイチはこちらを見た。


「違う違う! 俺は爺さんの弟子じゃないって」

「弟子ではない? では、あなたはゲオル師とどのような関係なんだ?」


 本人から弟子ではないと否定された。

 とはいえ、弟子でもない人間がこうも気安くゲオルのことを語れるだろうかという疑問も浮かぶ。

 するとゼロイチは端的に、


「んーそうだな。一言で言えば、ゲオル爺さんは俺の恩人で――気の合う友達かな」


 とだけ語った。



 積もる話は中でしようとゼロイチから提案され家の中に入れてもらった。


「家の中が色々とごちゃごちゃして悪いな。今茶を入れるから少し待っててくれ」

「あぁ、かたじけない」


 ごちゃごちゃしていると言っても、物が多いだけで基本的には整理整頓されているので、そこまで雑然とした雰囲気はない。

 見慣れない器具もあったが、あれらは魔道具だろうか?

 失礼だと思うものの、アフルは好奇心が抑えられず、ついつい目が色々なところを向いてしまう。

 ゴホンと隣のジェクトから咳払いが聞こえたので、ハッとアフルは背筋をピンと伸ばして、当初の目的を思い出し、ヒソヒソと声を出す。


(ジェクト。お前はどう思った?)

(まだ何とも。見た感じはどこにでもいそうな魔技師って感じもしますがねぇ)


 それについては完全に同意できる。

 ゲオルの弟子ではないと本人の言葉であるが、ゼロイチは魔技師ではないのだろうかと言う疑問もある。

 さて、どうしたものかと思っていたら、


「えーと、仕舞っておいた茶葉はどこだっけかな? お、あった。じゃあ、お湯でも沸かすか――」


 ゼロイチがポケットから拳に収まる程度の魔石を取り出すのが見えた。

 瞬間、


「てめぇ! そりゃ何のつもりだ!!」


 ジェクトが剣を抜いてゼロイチの喉元に突きつけた。

 アフルもまた剣に手をかけているが、ジェクトの方が一瞬早かった。


「うおおおおおおおおおお!? 何だこれ危ねえ! な、何のつもりって、お湯を沸かそうとしたとこだけど。ってか、俺は何で今剣を突きつけられてんだ!?」


 迫り来る剣を前にゼロイチは悲鳴を上げておびえた様子を見せる。

 ――演技のようには見えない?

 真に迫るゼロイチの様相に、アフルは数瞬考えて、


「ジェクト! 剣を下ろせ!」

「しかしお嬢!」

「私の命令が聞けないのか!」

「ぐっ……わかりやした。しかし、少しでも危険だと思ったら抜かせてもらいやすぜ」

「それでいい」


 ジェクトは少しずつ剣をゼロイチから離すが、臨戦態勢は解かない。

 一瞬、沈黙がこの場を支配する。

 アフルは改めてゼロイチに向き合い事情を聞く。


「すまないゼロイチ殿。しかし、貴方もその魔石を安易に取り出し何をするつもりだった?」

「いや、だから湯を沸かそうとしただけなんだが……」

「……すまない。ちょっと言っている意味がわからない」


 湯を沸かそうとして何故魔石を取り出す?

 アフルは心の底からゼロイチの行動に意味を見出せなかった。


「だからさ、この魔石には湯を沸かす魔法を入れてるんだよ! えーと、剣を突きつけるなよ? 今からこの魔法を使ってみせるから」


 アフルとジェクトが一挙手一投足を見守る中、ゼロイチは恐る恐る魔石を取り出して、魔力を込める。

 そして、


『コンロ』


 魔石から炎が放出され、上にあるポッドがチリチリと熱されていく。


「後は適当に放置して、湯が沸いたら勝手に魔法停止するようにしてるんだよ。な、別に何も変な魔法じゃないだろ?」


 同意を求められ、アフルは口をパクパクとさせる。

 変じゃないとこの男は何を言っている?

 変すぎるだろ! と言いたいところをグッとこらえて質問する。


「……ゼロイチ殿。この魔法は何なんだ?」

「俺が作った魔法で『コンロ』だ。見ての通り、一定時間炎を出し続けるだけの魔法だな。あ、一応後から炎の強弱は操作可能だぞ」


 ゼロイチが指を動かすと、それに合わせて炎が大きくなったり小さくなったりしている。いっそ自分の方がおかしいのだろうかという気さえしてくる。


「えーと、湯を沸かしたいのなら薪を燃やせばよかろう?」

「え、薪燃やすのって面倒じゃん?」

「は?」


 今この男はなんと言った?

 まさか、面倒というそれだけの理由で――魔法を使ったのか?


「煮込み料理とかするならまだしも、短時間で火を使いたい場合薪を使うのって面倒くさいんだよ。夏場とかだと熱こもるしな。だから、多少は魔力使うけど『コンロ』の方が楽でいいだろ」

「楽って……」


 そのまさかでアフルは唖然とした。


「つか、俺も聞きたいんだけど、何で魔法使うだけでそんな警戒してんだ?」


 逆にゼロイチの方は、アフルたちの様子を見て怪訝になり尋ねた。

 警戒をするも何も――警戒しない理由の方がない。


「何を言っている? 魔法は魔石に魔刻するだけで人を暗殺するには十分な代物だ。警戒するのは当然というものだ。魔法を使う場合は、予め使うことを伝えるのは当たり前の礼儀であろう」


 それがこの世界の常識であり礼儀だ。

 魔法狩り以降であっても、こうした事例は数が少なくなりこそすれ、全くなくならないということはない。

 特に貴族間であっては、魔法の使用に関しては厳しく取り締まっている。


「え、そうなの……?」

「そんなことも知らなかったのか……」


 このゼロイチと話していると、まるで話が通じるのに全く常識の違う国からやってきた人間と話している気分に陥ってくる。

 礼儀作法に通じて見える一方で、こうしたところは無頓着で戸惑いしかない。


「え、えーとな、ゲオル爺さんから魔法習ったのも半年間だけだし、森にこもりっきりの生活で常識に疎いんだ。以後、気をつけるようにするよ!」


 そんなものなのだろうか?

 いや、この短い旅の間でもアフルは貴族社会の常識が染み付いているせいで、平民の常識がわからないことも多々あった。森に住んでいる人間なら、そういうこともあり得るのかもしれない。

 まぁ、一応は理解を得られたようだし、一先ず話を進めることとする。


「それはそうとゼロイチ殿はゲオル師から魔法の教えを受けたことがあるのか?」

「一応基本ぐらいはな」

「もしよろしければどのような魔法があるか見せてもらえないだろうか?」

「うん? まぁ、いいけどさ……剣を突きつけるなよ?」

「ふふ。わかっている」


 さっきのやりとりが余程衝撃的だったのか、ゼロイチはビクッとジェクトを見ながら恐る恐る移動して行った。


「じゃあ、これから見せるか」


 ゼロイチはそう言って、皿が入った桶に魔石を入れた。


「これは食器を洗う魔法で『食洗機』だ」

「は?」


 魔法を発動すると、桶の中に水が溢れグルグルと渦を巻いて、皿の汚れが見る間に落ちた。

 続けて、


「そんで、あの木箱の中には食品を新鮮に保つための『冷蔵庫』の魔法があって、あとは部屋の中の気温を一定に保つための『エアコン』の魔法がある」


 木箱の中を変えると野菜があって、中はひんやりとした空気に包まれている。恐らくは氷室と同じものだろう。そして、壁に取り付けられている魔石からは涼しげな風が吹いてきた。森の中とはいえ少し暑かった部屋の中が涼しくなった。


「ねぇ、お嬢。俺は自分の目がおかしくなっちまったんですかいね?」

「言うな。私も今自分の中の常識を疑っている最中だ……」


 ゲオルがどのような魔法を作っていたのかを知りたくて言ったはずなのに、アフルとジェクトは二人揃って混乱した。

 魔法とは戦に勝利するための道具であり力である。

 それが二人にとっての常識であり、この世界の常識でもある。

 なのに、今見た魔法は全て戦には関係のないものばかりだ。

 二人の中の魔法の常識が崩れ落ちた瞬間であった。

 とはいえ、


「いやしかし、流石はゲオル師というところか。私たちにはない発想だ!」


 これらの魔法は革新的だ。

 魔技師不足が嘆かれている昨今において、一石を投じることになるかもしれないと、アフルは期待に胸をときめかす。


「おいおい、何か勘違いしてないか?」

「何を勘違いしているというのだ、ゼロイチ殿?」


 思わず聞き返すアフル。


「今紹介した魔法――全部俺が作ったものだぞ」

「んなっ……!?」


 ゲオルではなくゼロイチが――今見た魔法を全てを開発した。

 立て続けに驚いたせいで、アフルはとうとう声を失った。


「なぁ、俺からも聞きたいんだが、この魔法ってそんな変に思うのか?」

「思うも何もおかしいものだらけだ!」

「やっぱりそうなのか……。ゲオル爺さんにしか見せたことなかったから、てっきりゲオル爺さんがおかしいのだとばかり思ってた」


 この男は本当になんなのだろうか。

 見るもの全てが珍妙な魔法で、開発したのがゲオルではなくゼロイチだという。

 なのに、当の本人は何もおかしいものではないと思っている。

 ゲオルを勧誘しに来て、出会ったのが評価が難しいゲオルの弟子もとい友人であるというゼロイチに、まだまだ人生経験の浅いアフルには何をどう判断すればいいのか頭を悩ませていた。

 そこで、ゼロイチから声がかかった。


「なぁ、アフルさん。俺から一つ提案というか、お願いがあるんだが聞いてもらえないか?」

「……何だ?」


 これ以上驚きはすまいと、アフルは腹に力を込める。


「俺を魔技師として雇ってくれないか?」

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