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月の小舟で見る夢は  作者: 遠夜
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灰の夜鷹

浮舟亭に伝書竜が常連客の帰還の報せを運んで来てから六日後の午過ぎ。

日頃から閑古鳥が棲み着いていると評判の宿の玄関先が、にわかに騒がしくなった。


「うぃーっす!チーム《灰の夜鷹》只今任務完了~」


「あー疲れた疲れた、風呂と飯頼むわ。あー、飯は隣から出前でな」


「‥‥‥‥のど、渇いた。お水ちょうだい」


「‥‥‥(フー‥)」


ドカドカと威勢の良い足音を立てて浮舟亭の玄関ホールに姿を現したのは、見るからに草臥くたびれた旅装の四人組。

メンバー全員がまだ二十代の男女という若手の狩人ハンターであるにも拘わらず、“外回り”の仕事をメインに請け負う実力派の出稼ぎチームだ。


「あ、やっぱコム兄達だ!お帰りー!」


「帰って来んの二ヶ月ぶりぐらいじゃね?お疲れさん~」


近付いてくる賑やかな空気をいち早く感じ取っていたタマミケが、玄関が開くと同時に駆け付けて顔馴染みの客を出迎える。


「おお、元気だったかチビ共。樹海ここにはもう慣れたのか?」


「けっこー楽しいよな、ミケ」


「ああ。食いもんと寝床には困らねーし、オレらにしてみりゃあ天国だぜ」


「アハハ!“外側”の人間がそれを聞いたら耳を疑うねぇ。何しろ連中は樹海を魔界か何かみたいに考えてて、一歩足を踏み入れたら生きて帰れないような場所だと思ってんのさ!」


「‥‥‥‥その認識で合ってる。普通の人間にここの樹海もりを越えるのは無理。死ぬ」


「‥‥‥‥‥‥‥」


「「だよなぁー」」


色々と規格外な二人の子供も、そこは素直に頷いた。

今まで身の危険を全力回避し続けているからこその住みやすさであって、自分達が正面から敵と鉢合わせした場合、間違いなく瞬殺『される』自信がある。


そんな己の末路を想像して、うへぇと顔をしかめた二人の子供の頭に、先程から無言で通していた男の掌がポンと添えられ、左右の手がそれぞれ色の違う頭をわしわしとかき混ぜた。


「「コム兄ィ‥‥」」


相変わらず無口なんだなという二人の感想は、知人全員に共通した想いであったため省略されて口の中で消えた。


例えどんなに口数が少なかろうが、必要な場面で的確な指示が出せるからこそのチームリーダー。

《灰の夜鷹》は弱冠二十三のファルコムがリーダーを務める、若手で最も期待される狩人の班の一つだ。


チーム名の由来は、短く刈り込んだ灰色の髪と猛禽のような鋭い目付きから付けられたファルコムの通り名が、そのままチームの名称として定着したらしい。



「そらそら、玄関先でいつまでも駄弁ってねえで、男共は早いとこ中庭で水を浴びて埃を落として来い。ネイビーとミーアは風呂に行け」


「‥‥‥お風呂‥!」


「いいねぇ!湯に浸かるのはホントに久しぶりなんで嬉しいよ」


一歩遅れて宿の奥から顔を出したハイネは、長旅で埃まみれになっている《灰の夜鷹》の面々を目にして、ごく真っ当な提案をした。


「女子優先か~。しょうがないけど後で俺達も風呂には入りたいよな」


「‥‥‥‥‥(コックリ)」


「順番だ順番。待ちきれねぇなら町の共同浴場に行ってこい」


「待つよ。待ちますー。今日はもう疲れて動きたくなーいー」


チーム雰囲気担当ムードメーカーで一見優男風のヒューリーが拗ねた口調を装っておどけると、その隣で始終無言のファルコムがコクコクと頭を縦に振って同意を示す。

別にふざけている訳では無く、これが通常運転だ。





「そら、お待ちどーさん。火竜のカマドの女将特製『食い倒れスペシャルコース』だ!!」


「「「「おおぉ~~~!」」」」


その日の夕刻。

いつもはがらんどうの浮舟亭の食堂には、旅の垢を落として身形を整えた《灰の夜鷹》のメンバーが集まった。

料理はもちろん“お取り寄せ”限定。

従業員タマミケが浮舟亭と隣の火竜のカマドを何度も往復して欠食狩人の胃袋を満たすべくせっせと料理を運び込み、丸テーブルの上にはこれでもかとスタミナ料理が並んだ。


「これだよこれ!夢にまで見た温かい食事‥‥!!ハイネ、早くジョッキに麦酒エール注いどくれよ!」


「あ、俺も俺も!」


「へいへい、ネイとヒューは麦酒か。ミーアとコムは何にするんだ?」


「‥‥山葡萄の果実酒」


蒸留酒スピリッツ


「‥‥初っ端から酔い潰れんじゃねえぞ」


旅の移動中の味も素っ気も無い携帯用の保存食にウンザリしていたメンバーは、卓上にズラリと並べられた好物に嬉々として酒の注文を始める。


「タマ、ミケ。あんたらもこっち来て座って食べなよ。今日はウチらの奢りだからさ」


「えっ、いーの?」


「やった!ネイビー太っ腹!」


「‥‥毎日ハイネのごはんだけじゃ、不憫」


それまで従業員らしく給仕に徹していた二人が女狩人に手招きされて空いた席に着くと、林檎酒シードルの入ったグラスがドン!と二つ目の前に差し出され、口の端を笑みの形に引き上げたハイネが「こいつはコムの奢りだ」とぼったくりバーの店主のような台詞を吐いた。


無論まだ何も注文されてはいないのだが、子供に甘いファルコムが両隣の席に座ったタマとミケからキラキラと期待に満ちた眼差しで見上げられたら、落ちるのに何秒もかからないだろう。


((ジーーーー‥))


「‥‥好きなだけ飲むといい」


「「やったーーー!!ありがとコム兄!」」


三秒で陥落。


「こーゆーのってさ、キレイな女の子がお酌してくれるような店がよく使う手じゃなかったっけ?」


ぷ、と噴き出しながらヒューリーが口許を手で覆えば、大きなジョッキをあっという間にカラにしたネイビーが大袈裟な仕草で肩を竦めてカラカラと笑う。


「相手がファルコムなら美人に色目使わせるよりよっぽど効果的じゃないか。うちのリーダーは小さくて可愛い生き物に目がないからねぇ」


「アレは一応男の子だけどね?」


「‥‥‥男の子でも、可愛いものは、可愛い」


「ミーア、あんたもか!確かにこいつら顔は可愛いけど、あたしにゃただの世間ズレしたワルガキ共にしか見えないよ」


「ハハハ!そりゃあ俺達みたいな樹海育ちの田舎者よりは、世間に揉まれてる分よっぽど上手うわてだろうよ」


《灰の夜鷹》のメンバーは半年前に浮舟亭が開店して以来の馴染み客で、長年“外”で活動していた亭主のハイネとは共通の話題も多く、何かと相談したりされたりする気心の知れた間柄でもある。


タマとミケも彼等にはよくなついていて、何故か寡黙なファルコムと人見知りの激しいミーアには特に可愛がられ、度々自室にお持ち帰りされている。


そのお持ち帰りする理由が『近くに置いとくとよく眠れるから』だそうで、完全に安眠グッズ扱いだ。

今のところお持ち帰りされる当人達が嫌がってはいないので、ハイネも好きにさせているのだが、年齢的にはそろそろアウトかもしれない。


『あの宿では従業員に色子のような“接客”をさせている』なんぞという噂が立った日には、それを鵜呑みにする勘違い客が方々に湧いて出て始末に負えなくなるのが目に見えているからだ。


なにしろ見た目がアレ過ぎる。

黙って口を閉じてさえいれば、どこぞのくるわからカッ拐って来た太夫候補の禿かむろだと言っても、なるほど!と手を打って納得されるほどのみてくれだ。


━━━ただし喋りだしたら最後、色々と台無しになること受け合いだが。


ひょんな事から奇妙な毛並みの野良猫を拾い上げたハイネは、この先の営業方針に頭を痛めた。

















































































































































































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