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月の小舟で見る夢は  作者: 遠夜
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樹海の生態 そのに

樹海からもたらされる脅威に備え、境界線の森番小屋に置かれている警鐘の鳴らし方には種類があり、報せる危険の度合いによって何段階かに分けられている。


今回は緊急性の高さかで言うなら上から三番目。

『手の空いてる奴ァすっ飛んで来いヤー!』的な呼び掛けだ。

それが一段階上がると、

『腕に覚えのある奴だけ来やがれ!』になり、最終段階では、

『命の要らねぇ奴ァいねえか!それ以外はケツまくって全力で逃げろ!!』となる。


ちなみに以前、タマによるこの意訳を耳にしたハイネの反応は「まぁ、おおむね間違っちゃいねえんだが‥‥」という、実に残念そうなものだった。





「フォレストウォーカーか‥‥。動きの遅い“のろま”はともかく捕食型の奴が厄介だ。デッドリーボムを飛ばす奴がいたら最優先で切り倒せ!」


「「「おうっ!」」」


木こりの頭目の掛け声に、境界線に集まった百人以上の屈強な男達が一斉に樹海に分け入り、斧を振るい始める。

例の二人が鐘を鳴らしてから、ものの数十分後の事だった。


「いや助かった!お手柄だ。お前らが早目にアレを見付けてくれたお陰で、せっかく汗水垂らして開墾した土地を荒らされずに済んだわ」


ガハハと大きな口を開けて笑う髭モジャの巨漢に、グローブのような分厚い掌で頭をガッシガッシと揺さぶられ、二人の子供は軽く目を回しかけた。


通常フォレストウォーカーが恐れられる一番の理由は、ジワジワと人知れず集団で押し寄せて人里に根を降ろし、長年労力を費やして開拓した土地を短期間であっという間に台無しにしてしまう点にある。

言い替えるなら、それと気付きさえすれば対処はそう難しくは無い、という事だ。


動き回るとはいっても木が直接人間に襲い掛かる訳でもなし、ヤドリギを宿主ごと切り倒してしまえば万事解決。

最大の難点は普通の樹木と見分けにくいという、ただその一点に尽きる。


だが何事にも例外は存在するもので、“フォレストウォーカー”と呼ばれる種の中には、極めて厄介な性質を備えたものもいる。

いわゆる『食虫植物』に分類されるものがそれだ。


他所の土地に生えているものに比べサイズが大きいだけではない。

獲物となる虫や小動物を誘き寄せるために撒き散らす実がとんでもない悪臭を放ち、誤ってそれに触れると三日三晩は“死ぬほど”強烈な腐臭に悩まされる羽目になるのだ。

しかもその臭いのせいで虫や獣に襲われ易くなるというオマケ付き。笑えない。


なので、ホウセンカの種子のように衝撃を与えると四方八方に飛び散るその実を、いかにして避けつつ本体を駆除するかが実に悩ましい課題となる。


そんなものに人里近くに根を張られては、樹海での収穫物に頼りきっているジグラッドの住人の生活は早々に立ち行かなくなってしまうのだ。


「「デッドリーボム?」」


「おう、樹海で見掛けたら絶対に近付かねえ方がいいヤツだ。あの実に毒はねえが、色んな意味で“死にそう”な気分を味わわせられるからな」


「「‥‥‥‥‥」」


今回番小屋の鐘を鳴らしたのが“外”から移住してまだ間もない少年二人だと知ると、木こりの頭目は小さな子供に噛んで含めるように他にもあれこれと細かい注意事項を付け加えた。


樹海のふちで育った子供であれば、十を過ぎた辺りから大人の後に付いて浅瀬での採集を一から順に学ぶものなのだが、半年前に移住してきたばかりの『新人』が子供二人きりで樹海に潜っていたと聞いて流石に驚いたようだった。


どう多く見積もっても十二、三歳にしか見えない、明らかに変声期前の少年こども

ヒョロリとした細い手足は誰が見てもとてもではないが荒事に向いているとは思えない。


「今回は何事もなかったが次もそうだとは限らねえ、今度樹海に潜る時は慣れてる大人と来るんだな。この樹海には人間ヒトを襲う獣がウヨウヨいるんだ。木こり連中が見回っちゃいるが、狩人ハンターでなきゃ歯が立たない大物もごまんといる」


頭目にしてみれば心からの忠告であったのだが、子供はお互いの顔を見合ってからやけにしみじみとした口調で切り返した。


「‥‥でも逃げる時にジャマなんだよなー。オレら二人だけなら逃げ切る自身はあんだけど、万一の時に見捨てて行くのも後味が悪いしさー」


「なに?」


「そーそー。オレら腕っぷしはまるっきりダメダメだから。出来んのはあらかじめ正面から敵と出くわさないように用心する事と、ソッコーでとんずらする事ぐらいだもんな?」


斑髪の子供が溜め息混じりに言うと、もう一人が色の違う髪の房を揺らして可愛らしく首を傾げて見せる。


「じゃ、そーゆーことで。あとはヨロシク!行くぜミケ!」


「よっしゃ!━━━あ、“のろま”に続いて動きの早いヤツが集団で来てるから注意した方がいいぜー」


「なんだと!?」


これで役目は済んだとばかりに、そそくさとその場を立ち去る二人。

去り際の台詞について聞き返す間もなく、華奢な少年達の姿は境界線からみるみるうちに遠ざかって行く。

正に脱兎のごとき走りっぷりだった。


「なるほど‥‥。確かにアレに付いて行けるヤツぁいねえだろうよ‥‥」


頭目は豆粒のように小さくなった後ろ姿を見ながら、呆れたように呟いた。




「あれくらいヒント出しときゃすぐに気が付くっしょー?」


「だな!よけーな事口走って現場に案内しろとか言われたらたまんねーよ。遠くからだってあの臭いはヤバイぜ」


「つーか、死ぬ」


「確かに!!」


町に向かって一目散に疾走しながら、お互いの顔も見ずに会話を交わすタマとミケ。

二人はかなり早い段階で気付いていた。

“のろま”の後からやって来る団体さんが、正にその『臭いヤツ』であるという事に。


ジグラッドに移住して来てからの半年間というもの、二人はそれなりの頻度で樹海に潜り、日々の暮らしに必要な食材の一部を採集で賄ってきていた。

初めの頃こそ保護者であるハイネが同行していたのだが、タマとミケが二人だけで行動するようになるまでそう時間はかからなかった。


危険な獣の接近や天候の急変等、僅かな異変をことごとく本能で察知して事前に回避。

辛くもニアミスした場合はぶっちぎりで逃走し、常に無傷で逃げ切る要領の良さ。

樹海の探索には実にもってこいの才能だと言えるだろう。


ただし戦えない事を除けば、の話だが。




ちなみにこの日、フォレストウォーカーの駆除に駆り出された男達の多くが、屋外での野営を余儀なくされた。


原因は“死弾デッドリーボム”の凄まじい悪臭が体に染み付いて、家族や大家から家に入るのを固く禁じられてしまったためだ。


町外れのとある小川の畔では、泣く泣くマッパで自分の服を洗う男達の姿が多数目撃されたという。





























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