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月の小舟で見る夢は  作者: 遠夜
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樹海の生態 そのいち

ジグラッドの周囲の樹海もりの生態系が他所と比べて色々とおかしいのは、元々肥沃な土壌に加え非常に濃い“魔力溜まり”が存在しているせいではないか言われている。


以前この仮説を聞いたタマミケが「魔力溜まりってナニ」と知人に疑問を投げ掛けたところ、返ってきのは「所謂いわゆる“ぱわーすぽっと”のようなようなものじゃ!」という、却って分かるような分からないような答えだった。


なので取り敢えず、お子様の脳内では『なんだかワケワカラン妙なチカラで樹海全体がバカみてーに凶悪化してるっぽい』という見事な超訳変換が果たされ、一切の疑問は棚上げされたままになった。





「ほら、見ろよーミケ!この間まだ青かったホシリンゴの実、良いカンジに熟れてんじゃん」


「おー、やったぁ。他の獣に荒らされる前に早いとこ採っちまおーぜ。タマのリュックまだ中身空いてるだろ?」


「マカセロ!入り切らない分は食っちまえばイイんだしな!」


「だな!」


この日、タマとミケの二人は食材の採集のため樹海の浅瀬に潜っていた。


境界線からわずかに奥に進んだだけの樹海の入口付近は、森番による“間引き”が適宜行われ、辛うじて一般住民でも何とか立ち入れる程度の環境が保たれている。

━━━あくまで『辛うじて』だが。


ただ、常人より遥かに優れた五感の持ち主である二人にしてみれば、接近してくる獣の気配や物音を拾い上げる事など朝飯前のため、『なんかちょっとヤな感じがする』時点で早々にトンズラを決め込み危険を回避しながら、毎回キッチリ収穫もこなしていた。


「おぉー、流石の切れ味!」


果実の生っているツルに紅い刃を当てスイと横に引くと、蔓はさしたる抵抗も無くプツリと切れて、赤紫の丸いホシリンゴの実がゴロリと幾つも手の中に残る。

その確かな手応えにタマが思わずといった感じで声を上げ、ついでに熟れて甘い香りを放つ実にシャクリとかじりついた。


「あっ、タマ!手前ぇナニ一人で先に盗み食いしてんだー!まず持ち帰る分を採ってからにしろよ!」


「うっわ、これスンゲー甘いぞミケ。お前も食ってみろよー」


「って、聞いてねぇし‥‥!いーから採ったやつそっちのリュックに詰めとけよ。オレの方はもう入り切らねーんだって」


「‥‥むぐ!」


頬袋を果実で一杯にしたタマが、了解の合図に親指を立ててニカリと笑う。


「しょーがねーなー。んじゃー上はオレが登るか」


手を伸ばして摘み取れる位置にはもう実が無いと分かると、ミケはクナイを脚の鞘に戻して枝を掴み、器用にヒョイと木を上り始めた。


「蛇に気を付けろよー」


「へいへーい」


早朝から樹海に潜っていたタマミケの収穫は、予想していた採集量を遥かに上回る結果になっている。

欲張ったところで持ち帰れなくては意味が無いが、果物や木の実の類いは嗜好品として特に好まれ、朝市で売ればいい小遣い稼ぎにもなるためできるだけ確保しておきたいところだった。


「いくぞー。投げたら受け止めろよー」


「よっしゃ!ドンと来ーい」


なるべく実の多い枝を選んで移動しながら、実ごと切り取った蔓を下にいる相棒タマ目掛けて放り投げる。

それを何度か繰り返すうちに、あっという間に地面にホシリンゴの山が出来上がった。


「ヨシ、こんくらいでいっか」


久々の満足のいく収穫にミケはニンマリと頬をゆるめる。

甘い物好きのミケにとって果物の類いは何よりも嬉しい成果だ。

ジグラッドでは甘味いえば蜂蜜かサトウカエデの樹液を用いるのが主流で、それもかなりの貴重品扱いになるため口にできる機会はごく限られている。

比較的手軽に入手可能な樹海の果実は、一番身近な“甘い物”といえた。


「さーて、ご褒美ご褒美。いっただっきまーす」


ややつり気味のくりんとした大きな緑の目を細め、手近な枝からもぎ取った実に勢いよくかじりついてシャリシャリと小気味良い音を立て、滴る果汁に喉を鳴らす。

果肉を真横に切り分けると見える酸味の強い星形のスジの部分まで一気にペロリと完食して、二つめのホシリンゴに手を伸ばし━━━━指を止めた。



(━━━━━━‥‥?‥‥)


それはどこがどうと言えない程度の、ほんの微かな違和感だった。


(なんかヘンだ‥‥)


安全な町中とは違い、樹海に潜る際に常に五感をフルに働かせて周囲を警戒するのは二人にとってごく当たり前の行為で、今更注意を怠った覚えはこれっぽっちも無いのだが。


指先に小さなトゲ刺さった時のように、頭の隅にチリチリと引っ掛かる感覚が徐々に膨らんで、しきりと何かを見逃してしまっているような焦燥感が生まれ始めた。


(‥獣の気配はしねー‥。臭いも音も異常無し‥‥。なんだ‥?天気の急変か?妙にモヤモヤして気持ち悪ィぞ‥‥)


チラリと視線を下に落としても、大喜びでホシリンゴの山と向き合うタマの姿が見えるだけ。


(━━━タマはいつも通り。コイツも食い意地に負けるほど鈍くはねーしなー‥。単なるオレの気のせいか‥??)


木の上で三色の頭を傾げるミケ。

正体の分からない違和感に何度も首を捻り、空を仰いで溜め息を放つ。


「いー天気だなー。雲ひとつ見当たらねー‥し‥‥‥‥‥‥‥」


そう、今日は朝から天気が良かった。

視界を遮る雲一つ見当たらない、真っ青な空が頭上に広がっていた。


(“視界を遮る”━━━‥?、‥‥っ!!)


ふと、ここで嫌な予感に襲われたミケが周囲の景色に素早く目を走らせ、聴覚に神経を集中させて辺りを探って出た言葉は。


「‥‥‥‥サイアクだぜ」






「タマ!撤収だ!境界線まで走れ!!」


「━━━━はぁ?」


血相を変えた相方がいきなり木の上から降って来て、口の回りを果汁だらけにしてのんきに果実を頬張っていたタマは間の抜けた声を返した。


「んだよ藪から棒に‥‥」


「フォレストウォーカーだ!鐘を鳴らしに行くぞ!」


「っ!!」


ミケのごく短い説明を聞いた後のタマの反応は素早かった。

収穫物のぎっしり詰まったリュックをひっ掴むと、先行するミケの後を追って直ぐ様横に並んだ。


「採集に気を取られて、気付くのが、遅れた‥っ。“のろま”の後ろからかなりの速さで団体さんが移動して来てる」


「ゲェッ、マジか!!‥‥‥‥うわ、ホントだよっ!」


その気になって神経を集中させたタマにも感じ取れたらしい。


“フォレストウォーカー”とはズバリそのまま、動き回る樹木の事を指している。

驚異的な生命力を誇る樹海の木々の中でも、特に厄介な部類に入る代物だ。

その種の多くはヤドリギのように他の樹木に寄生する事で生きており、宿主である『親』が弱ると新たな宿主を求めて枝から枝へと蔓を伸ばして移動を繰り返す習性が備わっている。


じわじわと時間をかけて枝葉を広げ木から木へと移り、まっさらな土地にたどり着くと今度はそこに根を張って、自らが『親』となり種を飛ばして種を増やしてゆく。


これを放置すると人手を掛けて開拓された土地があっという間に樹海に飲み込まれてしまうため、早急に駆逐しなければならない。

フォレストウォーカーが移動する様子は傍目には木が風に揺れる程度の動きでしかなく、すぐにそれと見抜けない場合もあって日中の発見が遅れると一晩でかなりの距離を詰められ被害が拡大する恐れが大きい。


ミケ自身も実際に採集を始める前と後での、空を見上げた時の視界の変化に気付かなければ、うっかり見過ごしていた可能性が高かった。


「知らねー間に空が枝で塞がれてやがったんだよ!気付くのが遅れた」


「しょーがねえってミケ。樹海もりの中で木が揺れたって、ふつー木が動き回ってるとは思わねーし?早いとこ森番に知らせてなんとかしてもらおーぜ」


「‥‥だな!」






そのまま全力疾走で境界線に駆け付けた二人が番小屋に設置されている鐘を打ち鳴らした事で、町のあちこちから斧を手にした厳つい男達が続々と集まり始め、まるで魔獣の討伐部隊のような一団が出来上がった。










































































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