シロアリのマネして家を壊そう
「シロアリ? そんなのがいるの?」
私は胸が熱くなった。
「なんで嬉しそうなんだよ。そう、それで、駆除の人がウチに来るんだって」
私は友人の話が耳に入らないほどに興奮していた。熱は全身、特に顔周りに伝播していく。私はアリの定義の中に「黒い」というのが含まれていると思っていた。私はシロアリと聞いて、透明でクリアなボディの美しいアリを想像し、喉元に篭った熱を吐き出すように
「シロアリかぁ」
とため息をついた。
私は幼少の頃から熱心にアリを観察してきた。巣からワラワラと溢れ出るアリは見ていて飽きない。その気持ちは青年になった今も変わらず、あるときは飴玉を与えることによって行動分析をし、あるときは巣をコーラで浸水させた。虫メガネで焼き殺したこともある。その都度アリは健気に「勘弁してくださいよ、ははっ」と笑う。私も笑う。その様は種族を越えたコミュニケーションの可能性を示していたと思う。この感覚はある種のノスタルジィと脳内で結びつき、ムズ痒い。
私はイメージの俎上で蜂蜜を垂らした。垂れた粘液は地面に衝突するたび白いアリに変わっていく。白いアリは私の足に群がり、しだいに全身に至り、私を覆い尽くす。私はこれでいいと思った。
「漱石がだいたい解決してくれてるんだよ」
私は失意ではなく敬意からその言葉を吐露する。唐突? 歯科医が歯を削る音と、マスクに覆われた顔から覗く倦怠の目を私は思い出しながらそう感じた。ディスコミュニケーションを主題とした私の脳内が出した結論「言葉≠コミュニケーション」、口は災いの元。それでいいのかはこれから検証していけばいい。シロアリと災い? 自己中心的だから嫌い? 独善? それらの言葉からどのような感情を取得すれば正常なのかはもうどれだけ考えさせられた? 誰の主観で誰の言葉なの? 誰が正常?
家を白い服を纏った大人が囲んでいる。壁にドリルで穴を開け、得体の知れないスプレーを噴きかけている。家が破壊されていく。
私は思った。
「シロアリは亡霊だ、私が殺した黒いアリの怨念だ」
私は呆然とその破壊活動を眺めていた、目からは破壊衝動が溢れていた。
「シロアリがかわいそう」
誰に言うわけでもなく、私は記憶にそう付け足した。