大魔導の少女と千年勇者
アリスフォン=ヴェートラーナ、刺毒姫の名を持つその美しい女は、怪しげな漆黒のローブに身を包んでゆっくりと近づいてくる。
俺の命を狩りに来たのはほぼまちがいないだろう、その手には巨大な死に神の鎌を持っていた。
フードの下に覗くその瞳は緑色をしていて、歩くたびにきらきらと黄色い光を放った。
葉っぱを踏みしめるだけで魔力のゆらぎが生じ、そこから漏れ出した魔力が、ふわっと目の中を通過していくのがわかる。
眼球の水晶体が、クリスタルと同じ構造をしている。すなわち星宮相同構造なんちゃらで、《魔力を視る》ことができる特異体質を持っていた。
これは魔王足下のすべての魔術師を管理するために備わった、このアヴァロンの大魔導の家系に代々受け継がれる、遺伝体質であった。
「……貴様が、第五十勇者連隊、勇者ディップか」
ごごごご、と背後に効果音を浮かび上がらせながら迫りくるヴェートラーナ。
ごくり、と俺は喉を鳴らした。
相手は11億人の勇者を屠った、レコードホルダー、今の状況で勝てるような相手ではない。
せめて死に顔が情けない事にならないよう、表情だけは精一杯凛々しくしておかなければならない。
「1000年の時を越えて現れし、孤独な勇者よ。お前で最後の1人だ。我が刃の露となり、そして魔王様の栄光の世を――ひゃあぁん!」
ヴェートラーナは、こけた。
盛大にすっころんだ。
大鎌の長い柄が、木の枝に引っかかってしまったのだ。
枯れ葉でずるっと滑って、俺の方に足を開いた格好で、仰向けになって倒れてしまった。
何と言う事だ、ローブの裾が盛大にめくれあがって、パンツが見えた。
俺は精一杯凛々しい表情のまま、それを見た。
ほう、白い。足から下着まで全体が白い。白ストッキングをはいているのだ。
ひよひよ、と、ヴェートラーナの頭の周囲をひよこと星が飛び回っていた。
「ま……まおーしゃまの……栄光の……世を……」
そして俺は、思わぬ肩透かしを食らった。フードを被っていてわからなかったが、顔つきが若干幼い。
こいつ、子供だ。
大魔導の血を引く者の証である、魔眼を持っている。
けれどもこいつは、明らかにあのヴェートラーナじゃない。
ヴェートラーナもどきは、ぱちっと目を開いて起き上がると、めくれ上がったローブの裾をばっと勢いよく直し、真っ白い脚を俺から隠した。
「~~~~~~~ッ! ~~~~~~~~ッ!」
大鎌を体に引き寄せて、声にならない声をあげて、頭から原爆を落としたみたいな湯気を上げていた。
俺からどんどん離れていった。じりじり、じりじりと距離を開けていく。
俺は精一杯凛々しい表情のまま、その少女を見送った。
******
やがて夜が来た。俺はいつ死んでもいいよう、常に凛々しい表情を保ったまま塔の下に寝転んでいたのだが、とうとうその時は来なかった。
俺はゆっくりと立ち上がった。ちらっと森の方を見ると、まだ緑色の眼がこっちを見張っていた。
これから死ぬ人間でも腹は減る。塔に入ってゴブリンを数匹仕留め、タブレットを起動させてたき火をこしらえる。
前回作った、穴の開いた木のテーブルで調理をすることにした。
塩を生み出す魔法は、さほどMPを消費しない、ナトリウムと塩素の化合物を生み出すだけなので、単純な土魔法でも足りる。
ただ、砂糖の方が難しい。同じ方法で生み出そうとすると、グルコースの環状構造を生み出すために、土魔法にさらに裏四大の天魔法を組み合わせて、魔力制御をかけながら生み出していかなければならない。
現代魔法ではいったいどうやっているのかと思って、『勇者のサバイバル豆知識』を調べると、米や麦、トウモロコシなんかのデンプン質を水魔法で分解してブドウ糖を量産し、そこから砂糖を生み出せるらしい。単純な魔力制御しか必要ないため消費MPも少ない。すばらしい。そう言えば手元にレンパスがあるのを思い出した。これで大量の砂糖を作る。
呪いによって物体の崩壊を加速させる水魔法は、ようするに酵素とおなじ働きなのだ。工業系だと素材の精密な加工から器具の洗浄、医学や料理の分野だと薬品や調味料の精製と大活躍するのである。
砂糖だけではなく、グルコースを同じく水魔法で発酵分解させれば、酒ができる。アルコール発酵という。そうすれば途中で分解をとめてみりん、酸っぱくなるまで分解すれば酢ができる。これで調味料はだいたい揃う。デンプンってすげぇ。
お酒と砂糖と塩を混ぜ合わせ、簡単なピッケル液もどきを作ると、凛々しい表情で『お嬢様の超聖水』(結局買った)で洗った肉にもみこみ、食べやすいサイズに切ってから、遠火でじっくりあぶる。火加減は自力で調整しなければならない。
あぶり続けること5分。味を見ると旨すぎて思わず跳び上がりそうになった。
だが、「うんめぇ~!」などと言って飛び上がった瞬間に死んだらかっこ悪すぎる。目を見開いて、「ほう、これはなかなか」という味のある感嘆を漏らすだけにとどめ、ちらっと森の方を見ると、まだ緑色の眼がこっちを見張っていた。
暗闇だと光る眼が目立って仕方がない。まるで野生のネコみたいに目がギラギラ光っていた。臆病なところも野生のネコみたいだった。
背後から突き刺さる視線を意識しながら、俺は精一杯凛々しく「いただきます」と言った。
日本語の「いただきます」は、かつて神から布や食料など大事な物を授かる時に頭上に高く持ち上げて感謝を示した「頂に冠する」行為をあらわす言葉、すなわち「いただく」から派生した挨拶だと言われている。
今の俺は常に神を意識して、一瞬一瞬を凛々しく生きようとしていた。
両手を合わせ、仰々しくお辞儀をし、ぼこぼこした木の箸で肉をむさぼった。俺の胃の中でゴブリンたちがイグザイルを踊りはじめた。
凛々しい表情を保っているのもだんだん辛くなってきた。
腹が膨れるとまもなく、イグザイルの瞬間が訪れようとしていたからだ。
こればかりは生理現象なので仕方ない、俺はゆっくり木のテーブルから離れると、茂みの方へと向かった。
俺が数十分をかけて充分にイグザイルして戻ってくると、木のテーブルの窪みに残してあった山盛りのゴブ肉は、まだそのまま残っていた。
あいつ食わないのかな、と思って、木陰の方を見てみると、まだ暗がりから緑色の光る眼がこっちを見ていた。
強情な奴め。俺は「あー、もう食いきれねぇなあ、作り過ぎちまったなぁ、捨てちまおうかなぁ」なんてわざと声を大きくしながら、眠りについた。
その夜、俺が眠っていると、ついに俺を見張っていた光る眼が木陰から動き出した。
そろりそろり、と木の葉を踏み分け、テーブルの方へと歩み寄ってゆく。俺の眠りを妨げないように注意しながら、はふはふ、と言ってテーブルのゴブ肉をむさぼっていた。
俺はいつ死んでもいいよう、柔らかな笑みを浮かべてその音を聞いていた。
すると、ゴブ肉をむさぼっていたその影は、そろりそろり、とこっちに近づいてくる。
そして、じーっと俺を間近から観察する視線を感じた。こちとら勇者だ、そんな視線を感じるのはお手の物だ。
俺が目を覚まさないでいると、ついに俺の上に乗っかって、はぁはぁ、はぁはぁ、と息を荒くしはじめた。
おいおい、肉を食ったせいで興奮してんのか? こんな所まで野生のネコみたいな奴だな。まあ、俺もかつては獣キラーと呼ばれた男だ、なんだかんだで野生動物にはよくモテた気がするから、ヴェートラーナが俺の魅力にノックアウトされたとしても致し方ないかな。
俺はなるべく凛々しい表情を保ったまま、目をゆっくり開いた。
ウェアシャドだった。
俺は反射的にそのオオカミの首をばきっとへし折った。獣キラーの目にもとまらぬ早業でウェアシャドの息の根を止め、腰のナイフを抜き放ってヴェートラーナの気配を探った。
いない! どこへ行った!
ヴェートラーナの気配は、いつの間にか塔の周辺からなくなっていた。俺はナイフを鞘に戻した。
そりゃそうだよな。もう暗いし、きっとお家に帰ったんだろうな。
その夜はウェアシャドを抱き枕がわりに抱いて眠った。
目を覚ますと顔中の筋肉が痛かった。ずっと凛々しい顔をしていたからな。
早朝になって、ヴェートラーナはいつの間にか戻ってきていた。正確には、1000年後に俺を飛ばした敵将アリスフォン=ヴェートラーナによく似た、正体不明の女の子だ。
昨日は持っていなかったクッキーをリスみたいにぽりぽりかじっていて、魔法瓶でお茶をごくごく飲んでいる。
そして俺をじっと観察していた。
あのな。
お前、俺の命を狩りに来たんじゃなかったの? 衰弱死するのを待つ方向に切り替えたの?
仕方がない。凛々しい顔を続けるのはやめだ、もともと俺の顔はいつ死んでも最高にかっこよすぎるように神が作ってしまった失敗作だからな。
俺はストレッチをして凝り固まった肩をほぐし、鎧を脱いだ。
いつ死んでも悔いはないように、身体を洗い清めようと考えたのだ。さらに服もぜんぶ脱いで、真っ裸になった。
タブレットの魔法を駆使し、『お嬢様の恵みのシャワー』(結局これも買った)という名の『降雨魔法』を発動した。
クリスタル全部と引き換えに手に入れてしまった魔法だ。盛大に使い切ってしまわないともったいない。
山の天気はすぐに切り替わり、あの金髪ドリル精霊らしい荒々しくも激しい気性を帯びた水滴が、びしばしと俺目がけて降り注ぐ。
空に紫色の雷光が飛び交い、ゴブリンの塔に直撃した。舞い散る火花の中、俺は広場の真ん中に真っ裸で進み出ていった。雷? なにそれ怖いの? こちとら勇者さまだぜ! 次第に気分が乗ってきて、真っ裸でレディー・ガガを踊った。
ぬかるみの中で、ガガ並みにセクシーな俺がダンスを踊りまくる。ヴェートラーナはコウモリ傘をさして、ぽりぽりクッキーをかじって俺を観察していた。
口が小さいから、クッキーなかなか食い終わらないのな。
ヴェートラーナがクッキーを食べ終えて、包みを片付ける頃には、雨はすっかりあがっていて、俺のダンスもフィニッシュを決めていた。ずぶ濡れのロアが「オーマイガー」と言って、茫然と立ち尽くしていた。信じられない物を見て激しいショックを受けてしまったみたいだった。可哀想な事をした。
すっかり綺麗に洗い清められていた俺は、身も心も清らかなまま、ロアの髪の毛をわしわしタオルで拭いてやった。ナイロン製のタオル(消費MP0.13)は、インストールされている魔法式の通りに作るだけで、ふっくら柔らかなものを作ることができる。
「今日はなんで来たんだ? マリュリエロア」
「惜しい、けど違う。魔石を持ってくることはできないって言われたから……」
代わりに、レンパスを持ってきたらしい。
俺はにっと笑った。なかなかいいじゃないか、これでまた調味料を量産できるぞ。
「そうだ。ちょっと口、開けてみな?」
「?」
言われたとおりに口を開けるロア。舌先に砂糖をちょっと塗ってやると、目を見開いた。
「甘い、すごく甘い」
「こういうのって、村にはあるのか?」
ふるふる、と首を振る。エルフ耳がぱたぱた、と音を立てた。
思った通り、地球の中世みたいな文明社会で、砂糖はあまり出回っていなかった。
ふむ、これは量産し甲斐がありそうだ。
俺はロアの頭を撫でて、かわりに砂糖を持たせてやった。
「くれるの? こんなに?」
「レンパスを持ってきてくれたら、それと引き換えにやるよ」
水魔法は他の単体魔法にくらべて消費MPが少ないからな。材料さえあれば、MP1で50回は砂糖が作られる。安いもんだ。
俺は思い出しついでに、言った。
「そうそう、村の人にも教えてあげてくれ。なるべくたくさんの人に食べてもらいたいんだ」
「うん!」
ロアは、にこっと太陽みたいに笑った。
そのとき、俺の脳裏には、とある計算が渦巻いていた。
俺が村に入ることができないのなら、村人たちがこっちに来ればいいじゃない?




