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習志野栞の本心


「これで本当に習志野さんと上手く行くんだろうな?」


 暗い教室の中、こっそりと話す男子生徒が二人。


「まぁ、それは君次第だね。あくまで僕は少しでも可能性が高くなる方法を教えてあげただけなんだから」

「まぁ、それもそうか……」


片方の男は自信無さ気に少し肩を落とす。


「まぁまぁ。僕もわずかながら手助けするからさ。君は思いっきり気持ちをぶつけてきなよ」

「あぁ、そうだな! ありがとう!!」


が、もう片方の男の言葉に勇気づけられると、小柄な男は気合十分といった様子で教室を出て行った。


「ふふ。彼には悪いけど現状を面白くするためにはこれが一番手っとり早そうだからね」


 そして、残された男はニヤリと不敵な笑みを浮かべるのだった……。


※※※※

コンコンッ


「んあ?」


 翌朝。俺は目覚まし時計ではなく、自分の部屋がノックされる音で目を覚ました。

 ったく……誰だよ、こんな朝早くに!! そう思いながら枕元にある目覚まし時計で現在時刻を確認してみると、


「……8時過ぎか」


既に結構いい時間になっていた……。あれ? 7時半に目覚ましセットしたはずなんだが……。まぁいいや。誰だか知らんが助かったよ! あなたは俺の恩人です!! と、俺は見事な手のひら返しを心の中で完了させて扉を開け、


「どちら様ですか?」


――バタン。

 ドアの前に立っていた人物を確認すると、無言で扉を閉めた。


「ちょ、ちょっとたっくん!? なんで閉めるんですか!? 開けてくださいよ~!!」


 扉の外で習志野栞が騒いでいる……。


 『なんでコイツがここにいるんだ……?』という疑問は勿論ある。が、生憎、今この扉を開けてあれこれ問答している時間はない。


「たっくん! 居留守はよくないですよ!? たっく――あ!」


 近所迷惑だとは思ったが、扉の向こうの騒がしい少女は一旦放置。俺は素早く最低限の身支度を整えると扉を開けた。


「おい、ここは男子寮だぞ」


 ここ恋星高校恋愛学科では生徒全員が寮生活を送るのだが、男子寮と女子寮は建物が別れていたはず。本来ならここで習志野と遭遇することはないはずなんだが……


「はい! でも異性の寮への立ち入り禁止っていう校則はなかったので……来ちゃいました!」


来ちゃいました! じゃねぇだろ! そんな校則なくたって……え? マジで……?


「ちょ、ちょっと待て! 言い方が違うだけでそういう校則はあるに決まってるだろ! お前校則はちゃんと読んで――」

「いえ、ちゃんと何回も読み返しましたし、先生にも確認しましたよ? そしたら、『どちらにしてもペアを組んだら共同生活するんだし、節度を守ってれば別に構わん』って言ってました!」


 まぁ、先生が言ってるならその情報は確かなんだろう。

 まぁ、ペアを組めばどちらかの部屋で共同生活を送るなんていうルールがあるんだ。互いの寮の行き来なんて普通か……。って、いやいや、決して普通ではないけど!!


「それより、早く行かないと遅刻しちゃいますよ?」

「うおっ!」


 そう言われて、時計を確認すると、時計は8時15分を指していた。ここから学校までは5分くらいだが、気付かぬうちになかなかギリギリのお時間になっていた。


「早く行きましょう!」

「お、おい!」


 強引に俺の手を引き駆け出す彼女。そういえば女子と手を繋ぐのなんて中一の時のフォークダンス以来じゃないか?

 久しぶりに触れた女子の手は、思っていたよりも柔らかく、温かかった。

 い、いかんいかん! 意識してんじゃねぇよ!! と、慌てて自分に言い聞かせるが、『意識するな』と思った時点でそれは既に意識しているということで。どんどん顔に熱が集まっていくのが自覚できた。 だが、それは手を引いている側も同じだったらしく。走りながらチラリと振り返った時に見えた彼女の透き通るような白い肌は、うっすら赤く染まっていた。


「あ、あまりこっちを見ないでください……」


 振り返りざまにそう言って恥じらう姿に、不覚にも俺はドキッとさせられた。


※※※※


 学校についてからも習志野による猛アピールは続いた。

 休み時間には、授業が終わると同時に必ず駆け足で俺の席までやってきて他愛のない話をしたり、昼休みは手作りの弁当を半ば強引に押し付けたり……習志野は一日中どこへ行くにも俺にべったり。

 そんな状況に、俺は今、男の最後の逃げ場所、男子トイレへとやってきた……。


「はぁ……あいつ、限度ってのを知らんのか……」


と、ため息をこぼしながら一人で呟いていると、


「やぁ、辰巳君。お疲れみたいだね」


後ろから不意に声をかけられた。

まぁ、この鬱陶しい程の爽やかボイスで誰だかは大体察しが付いているが……一応目だけで声のした方を確認してみると、


「何かようか、葛西?」


そこには予想通りの男が立っていた。


「いやいや、ただ辰巳君が疲れてるみたいだから心配でね」

「大きなお世話だ」

「つれないなぁ。――それにしても、栞ちゃんって可愛いよね?」


 葛西は俺の反応を楽しむかのように、唐突に習志野を話題に出してきた。


「何だ、急に? もしかしてアイツに惚れたか?」


 俺が露骨に不機嫌そうな声色で返事を返すと、返ってきた言葉は予想外のものだった。


「いやぁ、それはそれで面白いんだけど……実は今回に関していえば、既に面白いことになってるんだよね」

「……どういうことだ?」

「怖いなぁ。睨まないでくれよ~」


振り返ると、言葉とは裏腹に葛西に怖がっている様子はまるでなく、むしろ楽しそうにへらへら笑っていて、


「おい、何がおかし――」

「彼女、他の男からラブレターもらってるよ」

「!!」


そのへらへらした口から放たれた言葉に、俺は目を見開いた。

 ラブレター……? 習志野が……? いやいや、今日一日ずっと一緒にいたがそんな素振りは一切なかったぞ!?


「いやぁ、良い反応だね~。それでこそ教えた甲斐があったってもんだよ」

「そんな下らん冗談に付き合ってやる程俺は暇じゃないんだよ」


 どうせデマに決まってる。俺は冷たく吐き捨て、さっさとその場を去ろうとするが……


「いやいや、本当だよ。彼女って結構人気あるんだよ?」


つい、葛西の見せてきた生徒端末の画面に足を止めてしまった。

 そして、その画面を見てみると、


「習志野栞……ファン、クラブ……?」


そこには、『習志野栞ファンクラブ』――そう題名打たれたホームページが映し出されていた。


「そうそう。昨日の今日でファンクラブができちゃうなんてすごいよね。まぁ、彼女見た目はロリ系でかなり可愛いし、性格もちょっと天然で純情、男が好きそうな性格してるじゃん? ファンクラブができたり、ラブレターが届くくらい、まぁ不思議ではないよ」


 確かにアイツの見た目は可愛い部類に入るだろう。だけど……まさかここまで人気があったとは……。


「今回彼女にラブレター送った相手っていうのも、どうやら元々はそのファンクラブの会員みたいだよ?」

「……つまり、相手は打算とかじゃなく、本気で習志野のことが好きってことか?」

「ま、そういうことだね」


は? 何だよ、それ。聞いてねぇよ! っていうかアイツはラブレターに対してどう返事するんだよ!?

――と、そこで俺は自分の気持ちの矛盾に気づいた。


(おいおい、なんで俺はイライラしてるんだよ? どうせ習志野には断ろうと思ってたわけだし、習志野が誰と付き合おうとどうでもいいだろ……)


「いやぁ、気になってるねぇ。でも君は彼女の告白を断るんだろ? 別に君が気にすることじゃないじゃん」

「……」

「まぁ、でもこのタイミングで告白されれば、さすがに栞ちゃんもOKするしかないでしょ。――なにせ、今日中に君からOKをもらうか誰かから告白されてペアにならないと”退学”になっちゃうしね」

「…………」

「もう、そんな怖い顔しないでよ~。僕は親切にも君に情報を教えてあげてるだけなんだから」

「うるせぇ……! どうせお前の差し金だろうが……!!」


 習志野が退学を免れるためには俺からOKをもらう以外に、他の生徒から告白を受け、ペアになる方法もある。だが、あまりにもタイミングが良すぎる。


「確かに習志野は客観的に見て可愛い。だが、この恋星高校で、しかもたった一日でファンクラブを作れる程暇で余裕のある奴なんかそうそういねぇよ――何を企んでやがる?」

「ははっ! さすが鋭いね~! ――さぁ、なんだろう?」


 葛西はニヤリと笑った。

 いつか俺にちょっかい出してくるとは思ってたが、まさかこんなに早く仕掛けてくるとは……。だが、逆に好都合だ。

 俺は急いで習志野の下へと駆け出した。


「やっぱりいないか……」


 トイレの外で待っているはずの習志野はそこにはいなかった――”予想通り”。

 まぁ、結果オーライだな。――これでおそらくあいつの本心がわかる。そして、場合によっては……。――そんなことを考えながら、俺は思い当たる場所へと走り出した。


※※※※


 ここしかない! 俺は息を切らしながら目的地にたどり着くと、扉をこっそりと少しだけ開いた。

 するとそこ――屋上には……


「習志野さん、あなたのことが好きです! 俺と付き合ってください!!」


 見知らぬ坊主頭の男子生徒と習志野が向き合っており、今まさに告白タイムの真っ最中。

 俺はその光景を入口からこっそりと覗き見る。――ここまでは予想通り。


「さぁ、習志野。お前はどう答える?」


 習志野は今まさに追い詰められた状態だ。

 初日に俺に告白して保留状態となっているが、今日中に俺からOKをもらわなければ退学。が、俺からそのような素振りは一切ない。

 そんな追い詰められた状況で差し伸べられた最後の救いの手があの坊主頭だ。

 あいつの告白にOKすれば、とりあえず習志野は退学を免れる。本気で俺が好きであるとしても、保険という意味ではOKするのが当然だ。

 これから俺を口説く時間は確保されるし、俺を口説き落とした時にはあの坊主頭と別れれば済む話。これは別にルール違反でもないし、むしろこの学校では”恋愛の駆け引き”として推奨すらされている。

 恐らく習志野はOKするはずだ。だが、俺が知りたいのはそこじゃない。


「お前のことだ。どうせ何か仕込んであるんだろ、葛西?」


 俺は振り返ることなく、俺のすぐ後ろまで来ていた人物――全ての仕掛け人、葛西寛人に問いかける。


「ははっ、さすが辰巳君。――あの坊主頭の彼には告白のチャンスを作ってやる代わりに、結果がどうあれ、栞ちゃんがどういうつもりで辰巳君に告白したのか、その本心を聞きだすように言ってあるんだ」

「そりゃどうも」

「僕も彼女と君には興味があるからね。これは僕からのささやかなプレゼントだよ。――まぁ、君が期待してる答えが出るかは分からないけどね」


 と、そんなことを話しているうちに、今まで沈黙が続いていた習志野と坊主頭の方に動きがみられた。

 習志野が返事を返すべく、口を開いたのだ。


「……ご、ごめんなさい! あなたとは付き合えません!!」

「「!!」」


そして、彼女の返事に俺は自分の耳を疑った。


「う、うそ……」


 ……習志野が、断った……だと……?

 俺のすぐ隣では葛西が『ありゃ?これは意外だ』と軽く驚いている。

 しかし、俺の方は軽く驚くどころではない。というか、驚きのあまり言葉すら出てこない。

 なぜだ? あいつにとってここで断ってもほとんどメリットがないはずだ! 生徒ポイントにしたって今の時点で持っているポイントなんてたかが知れている。それよりも確実にペアを組んだ方がいいに決まってるだろ!? それとも、まさか俺がOKするっていう勝算でもあるのか?


「ど、どうして? もしかして、もうあの氷室って奴と付き合ってるとか……?」


 葛西と約束した通り俺が気になっていることを尋ねる坊主頭は、遠くからでも分かるほど、信じられないといった表情をしている。

 気持ちは分かる。俺だってまさか習志野が断るとは思っていなかったからな。


「いえ、たっくんからはまだ返事をもらってません。――というか、多分私はこの後、彼にフラれてしまうと思います」


 そう答えた習志野は困ったような顔で笑っていた。

 は!? どういうことだ!? フラれたら退学なんだぞ!? 俺が断ろうとしていることが分かっているなら尚更坊主頭の告白にOKするべきだろ!!


「そ、それならOKするべきだろ!? 俺を保険として利用してからもう一度氷室にアプローチすれば――」

「実は私、高校を卒業するまでに婚約できなかったらお見合いすることになってるんです」

「え!?」


 俺は必死に声を上げないようにするので精一杯だった。

 おい、なんだよそれ!? そんな話聞いてねぇぞ!!

 隣を見ると、葛西も驚愕の表情を浮かべてこちらを見ている。どうやらこれはコイツも知らなかったらしい。


「だから、これがラストチャンスなんです」

「それじゃあ尚更――」

「いえ、最後だからこそ、私は、結果はどうあれ、たっくんへの愛を貫きたいんです」


 ようやく、今までの習志野の行動の理由が理解できた。

 追い詰められた時に人間は本性をさらけ出す。――これは俺の持論だが、今でも正論だと信じている。

 そして、その持論に習志野を当てはめると、きっとこいつは入学前から追い詰められていたのだろう。 高校卒業時に親の決めた相手と結婚させられる――そんな状況でこいつが出した答えが……恋星高校入学初日での、あの告白だったというわけだ。

 なんだよ、それ……。こんなまっすぐ過ぎる奴を疑ってたなんて、俺格好悪過ぎだろ……。


「それに、誰かを利用してまでたっくんと結婚しようと思ってたら、入学初日に告白なんてしませんよ」


 習志野は笑顔で答えた。


「――その言葉本当なんだろうな?」


 その声の主は習志野でもなければ坊主頭でもない。――俺だ。


「た、たっくん!? い、いつから見てたんですか!? ――あ、こ、これは……」


 突然の俺の登場に驚き、焦りまくる彼女、顔を真っ赤に染めてオロオロ。


「それより俺の質問に答えろ。――さっきまでの話、全部本当なんだろうな?」

「~~は、はい……」


 本音を聞かれたのが余程恥ずかしかったのか、さらに顔を紅潮させて俯くと、消え入りそうな声でポツリと答えた。


「そうか。――なら、ペアになってやる」

「……へ?」

「だ、だから! 俺がお前のペアになってやるって言ってんだよ!」

「……っていうことは、私の告白は……」

「お、OKだってことだよ! ――何回も言わすなよ、恥ずかしい……」


 俺は恥ずかしさのあまり目を反らす。しかし、その隙に……


「たっくん!!

「うおっ!?」

「たっくん……ありがとうございます! ありがとうございます!!」


 習志野は勢いよく俺の胸元へと飛び込んできて、何度も何度も泣きながら『ありがとうございます』と連呼。彼女が泣き止むまでに、それは数分続いた。

 しかし、そこで習志野の攻撃は止まることはなく……


「そ、それでは、誓いのキスを……」


なんと、いきなり目を閉じて『う~』と唇を近づけてきやがった。


「なっ!? し、しねぇよ! 離れろ!!」

「ど、どうしてですか!? 私達は結婚したも同然ではないんですか!?」


……こいつ何言っちゃってんの? 結婚するのはペアで卒業した時だろうに……。それに、


「ちょ、ちょっと待て! 確かに俺はお前の告白を受け入れてペアになった。――だが、今はあくまでそれだけだ」

「ど、どういうことですか……?」

「単刀直入に言うぞ。――俺はお前のことをペアとしては認めたが、ハッキリ言って結婚相手としては認めてない!」

「え、えー!! そんなぁ!! いいじゃないですか! 結婚くらい!!」

「何だよ、結婚くらいって!!」


 確かにこいつのことは信頼できると思ったからこそ、こうしてペアを組むことにした。だが、それと結婚は別の話だ。

 以前半年間一緒に過ごしていたからって、それはもう10年くらい前の話。今のこいつのことは全然知らん。そんな奴と勢いで結婚なんてさすがに無理な話だろう。


「お前がどう思ってるかは知らんが、俺は自分の結婚相手を昔の思い出と勢いだけで決められる程行き当たりばったりで生きてないんでな。――お前が結婚相手にふさわしいかどうかは、これから3年間でじっくり判断してやる!」

「むーっ! 分かりました! いいでしょう! 望むところです!! 絶対にたっくんを落として結婚してみせますから!!」


 ムーっと頬を膨らませてこちらを見上げ少女はどうやらやる気満々のご様子だ。

 っていうか、こいつホントに切り替え早ぇな……。と、そんな彼女に苦笑していた俺だったが、


「あれ、そういえば何か忘れてるような――あっ!」

「あー! す、すみません!!」


 俺と習志野はほぼ同時にそれに気が付いた。二人の視線の先では……


「うぅ……いいんだ、別に……俺は栞ちゃんが幸せなら……!!」

「いやぁ~ごめんよ。僕もできる限りの協力はしたんだけど……」


 号泣する坊主頭とそれを宥める葛西の姿があった……。全部自分で仕組んだくせに白々しい励ましをする葛西にイラっとしつつも、『葛西の胡散臭さを見抜けないのもどうかしてる。そもそも、俺、こいつのことほとんど知らねぇし。ご愁傷様』と思うに留まった。

 すまんな、坊主頭! だが、人間会ったばっかりの奴に対してはこんなもんだ!――でもまぁ、結果的にコイツのおかげで習志野の本心を聞けたんだし……とりあえず謝罪くらいはしておこう。


「何か、すまんな……」

「ほ、ホントにすみません!!」


 なんか、いろいろとすまん! 名前も知らない坊主頭!!

 だが俺は、一人の尊い犠牲者と引き換えに信頼できるパートナーを見つけることに成功した。



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