有名人
人間は皆自己中だ。
普段は善人ぶっている奴も、被害者ぶっている奴も、友達面している連中も、いざとなれば容赦なく他人を陥れる。
それが見ず知らずの他人だろうと、ついさっきまで仲良くしていた友人だろうと、はたまた自分を助けてくれた恩人だろうと関係ない。ただ自分が助かることを優先する。
「……おい、これはどういう冗談だ?」
「だ、だって、彼らが他に生贄を連れてこれば今後僕には手を出さないって……」
「……」
「も、元はと言えば、君が僕のいじめをなくしてくれるって言ったんだろ!? これが一番効率が良いんだ! 僕は悪くない!!」
さも当然のように、自分を正当化して、平気で裏切る。
そして、その裏切りを告げた同じ口で『もっと他人を信じろ』と平気でほざく……。人間とはそういう生き物だ……。
※※※※
「――ろ、氷室辰巳!」
はっと我に返った時には時既に遅し。
「私の授業でボーっとして、挙句指名しても無視とは……良い度胸だな、氷室辰巳!」
俺の目の前には笑顔を湛えた大井先生が立っていた。(もちろん目は笑っていない)。
今は休み時間が明け、午後の授業中。大井先生の進行の下、学級委員をはじめとした各委員を決めているらしいのだが、
「す、すみません。先生のあまりの美しさに少し気を失っていたみたいです」
「そうか、氷室。お前は嬉しいことを言ってくれるな。――お礼に私の右ストレートをくれてやろう」
「先生! 話し合いましょう! ここは知性のある人間同士、話し合いで解決しましょう!! 暴力は何も生みません!!」
どうやら俺は途中で夢の世界にお出かけしてしまっていたらしい。
「なるほど。それもそうだな。――おい、氷室。お前何かやりたい委員を言ってみろ。怖がらせてしまったお詫びに特別に希望を聞いてやろう」
「先生……笑顔が怖いです……」
おかげで大井先生はお怒り。今もセリフとは裏腹に、狂気の笑みを向けている。このドS教師め……もし俺が小学生だったらその笑顔見て泣いてたところだぞ!
「じゃ、じゃあ、体育委員とかですかね……ほ、ほら、俺ってこう見えても運動得意な方ですし!」
「そうか。学級委員がやりたいんだな。仕方ない。約束通りお前の希望を聞いてやろう」
……いやいや、落ち着け。クールになるんだ、氷室辰巳。もしかしたら単に聞き間違えただけかもしれん。ここは冷静に間違いを指摘しておこう。
「あの、先生。俺の希望は体育委員――」
「何か言いたいことでもあるのか?」
「……いえ、何もありません」
大井の殺気のこもった目に、俺の抗議はあえなく封殺されてしまった……。
これが今話題の”パワハラ”という奴だろうか。なかなか立候補で決まらなくて面倒になったからって一人の生徒に無理矢理押し付けるなんて……。
「さて、ようやくこれで一つ目の役職が決まったな」
「先生!」
俺の学級委員長就任の決定が下した先生が、サクサクと次の役職選定を始めようとしたその時……クラス全員の視線は唐突に挙手した女子生徒に集まった。
「何だ、習志野?」
「先生、私、学級副委員長をやりたいです!」
ハッキリとそう答えると、少女はこちらに向かってVサイン。
いや、それは何のVサインなの? 別にお前が副委員長になったからって俺が学級委員長になることに変わりはないんだが……。
こちらに向けられたVサインに、俺は苦笑を返したつもりだったのに、なぜか習志野は満面の笑みで。……多分、これ、こっちの気持ちが全く伝わってないパターンだな。
「フン、まぁ良いだろう。だが、お前は既に氷室に『告白』し、その結果次第ではすぐにでも退学する可能性がある。念のためもう一人予備の副委員長を決めなければならんな」
ちなみに、俺達生徒がフラれたかどうかは、生徒端末によって教員に把握されているらしい。無論、どんな仕組みで把握できるのかは知らないが……。
そのため、当然習志野の告白が『保留』になっていることは大井先生も把握済みというわけである。
「おい、あの二人まだ付き合ってないらしいぞ?」
「馬鹿、そんなの生徒端末のペア一覧ページ見れば分かるだろ? 俺はてっきり習志野さんがフラれたのかと思ったよ」
「えー、じゃあ私氷室君狙ってみようかな~」
「マジで?」
「いやいや、冗談だって~」
「何それ~」
他の生徒は俺達が『付き合った』わけじゃないことは生徒端末で確認できたものの、『保留』になっているということは知らないらしい。おそらく生徒同士では”現在付き合っているかどうか”しか分からないような仕組みになっているのだろう。ていうか、後半の奴! 俺、結構打たれ弱い方なんでほどほどにしてもらえませんか?
「うるさいぞ、貴様ら!! 今騒いでいた奴ら、しばらく立っていろ!」
しかし、そんなちょっとした騒ぎも我らが大井先生の怒声にかかれば一発だ。しゃべっていた奴らは大井の威圧感に圧され、正直に起立する。
ざまぁみろ! 俺のことをからかってたからだ! ニヒヒッ!!
ダメだ。ついつい自分のことをからかった奴らが罰を受けていることに顔が緩んじまう。――だが、これだけは言える。――敵の不幸は最高だぜ!
「おい、氷室。何を一人でニヤ付いている? 死にたいのか?」
「先生、僕だけ他の人とペナルティの内容が違うんですが……」
「人と比べる必要なんてない。よく言うだろ? ”十人十色”って」
と、怒られるクラスメート達を見て内心ほくそ笑んでいると、俺自身も怒られた。
先生、アンタどんだけ俺のこと見てんだよ。も、もしかして俺のこと……
「気味の悪い勘違いは止めろ」
「先生……あなたひょっとしてエスパーとかですか?」
「仮にエスパーだったとしても、お前の脳内なんて覗くわけないだろう。エスパーの無駄遣いだ」
「ですよねぇ……」
ただ俺が自意識過剰なだけだったらしい。先生と生徒のラブコメ物語が始まることはなかった。
「というかイチイチ副委員長の予備まで決めるの面倒くさいな。――もういいや。氷室、もし習志野が退学したらお前が副委員長を指名しろ! どうせ習志野の退学もお前次第なんだ。いいだろ?」
「『ノー』という選択肢があるならそう返しますけど」
「『ノー』と言えるものなら言ってみろ」
「……大井先生の仰せのままに」
こうして結局俺が一番の外れくじを引く羽目になった……。
それから10分程だろうか。その後はびっくりするようなスムーズさで他の役員はあっという間に決まっていった。。
そして、時間は進みあっという間に放課後に。
やっと終わったか……。とりあえず、今日のところはクラスの連中が騒ぎださないうちに帰るとしよう。
――そう思って俺がすっと席を立ったのだが、そこへ一人のクラスメートが話しかけてきた。
「氷室君、一緒に帰らない?」
「んあ?」
振り返り、声の主を確認してみると……誰だ、こいつ?
話しかけてくるとすれば習志野だろうと思っていたが、蓋を開けてみれば、それは全く別の女子で正直驚いた。
茶色に染めた髪を肩のあたりで巻いており、耳にはチラリとピアスが見える。スカートも思いっきり短くしており、何やら香水の香りが漂っている。見た目はいわゆるギャルと言う奴だ。
「すまん。今日はちょっと用があってな」
「え~。どうしてもダメ?」
ギャル女は俺の机に手を付くと少し屈むような体勢で覗き込んできた。少し目線を下げると、服の隙間から胸の谷間が覗いていた。推定Dカップといったところだろうか……。ていうか、近い近い! 胸見えてるから!!
「す、すまんな。今日はちょっとダメなんだ」
「ふーん。そっかぁ。――じゃあ、また今度ね!」
そう言ってギャル女は潔く、手を振りながら去っていった。
「いやぁ、モテる男は大変だねぇ」
再び声がして振り返ると、今度は名前の知らないイケメン男子の姿が……。いや、だからお前も誰だよ!
「僕は葛西寛人。よろしくね」
イケメンはこちらが名前を聞く前に自ら名乗り、手を差し出してきた。――こいつ俺の心が読めるのか?
「氷室辰巳だ。よろしく」
まぁ、あちらにだけ名乗らせておくのは忍びない。こちらも名乗ると、差し出された手を握り、握手に応じてやった。
改めてイケメン男の容姿を確認してみると……。
明るめの茶髪に白い肌、顔立ちも整っており、細身の長身……正直文句のつけようがまるでない。……あぁ、こいつ早く退学にならんかな……
「ちなみにさっき君が話してた女の子は鈴木アンナさんだよ」
「いや、別に知ってたけどね!」
「ははっ。無理しなくてもいいよ。僕だって全員覚えてるわけじゃないし」
「で、ですよね~」
「僕だって覚えてるのは君みたいな有名人だけだしね」
「……は? 有名人?」
まぁ、大井先生に目を付けられたり、習志野にいきなり告白されたり……まぁ、確かに有名人っちゃあ有名人だな。
「あぁ、ちなみに、君がいきなり告白されたからっていうのもあるけど、多分、あれがなくてもきっとみんな君のことはすぐに覚えたと思うよ」
「……どういうことだ?」
「これだよ、これ」
疑問の表情を浮かべる俺に、葛西は自分の生徒端末の画面を見せるてきた。
「生徒、なんでもランキング……?」
見せられた画面には『生徒なんでもランキング』と書かれており、各項目のランキングが表示されていた。そして……
「ここを見て」
「あ? 何なんだよ――って、はぁ!? 俺が3位、だと?」
葛西の指さすところを見てみると、『学力ランキング』という項目の3位に俺の名前と顔写真が載せられていた。
「そう、君は入試で学年3位の優等生ってわけ。おまけに見た目も良い方だ」
何だ? 褒めても何もやらんぞ? っていうかイケメンのお前に見た目褒められても見下されているとしか思えねぇよ!
「これで君が有名人で、名前も知らない鈴木さんにいきなり話しかけられた理由が分かっただろ?」
「あぁ、まぁな……」
学力学年3位――他の学校であればその程度で名前を覚えられたり、いきなり女子から帰宅のお誘いを受けることはないだろう。
だが、ここは恋星高校恋愛学科。ペアの生徒ポイントで生徒を評価する学校である。
そんな学校で学校生活の中で大きな割合を占め、ポイントにも大きく影響する『学力』の上位者がちやほやされないわけがない。
「まぁ、君はいわゆる優良物件ってことだよ。この学校のルールでは8日間ペアがいなければ退学だからね。現在フリーで優良物件の君はモテモテってことだよ」
葛西は爽やかな笑顔でそう告げる。
「それで、お前が俺に話しかけてくる理由は何だ? 見たところただ親切で情報を教えてくれる奴には見えないんだけどな」
「いやぁ、さすが学年3位。勉強だけじゃなくて頭もキレるみたいだね。――まぁ簡単に言うと、面白そうだから、かな」
「面白そう!?」
「そう。僕は楽しく高校生活を送りたいんだよ。普通の高校じゃつまらなくて、ちょっと変わったここに入学したんだけど……卒業してこの学校ゲームをクリアする以外に面白そうなことがなくってさ」
「……それで今一番面白いことになってる俺に近づいてきたってか?」
「その通り。初日から告白されたり、担任に目を付けられたり……君と一緒にいれば絶対飽きないだろうなと思ってね」
この葛西という男、爽やかな顔をしてるがどうやらまともな奴ではないらしい。こいつからはクズ特有の臭いがする。だが……
「おい、葛西。言っとくけど、俺は主席で卒業することしか考えてない」
「うん、まぁ大抵の生徒はそうだろうけど」
「俺は目的のためなら、躊躇いなくお前を利用したり、捨てたりするが……それでも俺と一緒に学校生活を送るつもりか?」
俺の挑発的な問いかけに葛西はニヤリと笑って返してきた。
こういう奴は突き離してもなにかしらちょっかいを出してくる。それなら近くに置いておいて警戒し、利用できるところでは徹底的に利用してやる方がいい。しかし、ただ近くに置いておくだけでは俺の身が持たない。だからこそ、こいつにも俺を警戒させて簡単にはちょっかいを出してこないようにする必要がある――そう思っての挑発だ。
「やっぱり君は面白いよ。僕は学生生活を楽しむために君を利用させてもらう。その代わり、君も僕を徹底的に利用するといい。――勿論、僕が君を退学に追い込まないっていう保証はないけどね」
「お前こそ、後悔するなよ?」
が、ひょっとしてこの男には逆効果だったのだろうか……。俺の挑発を受けて楽しそうに笑う目の前の男。
やれやれ、初日から厄介な奴に目を付けられたな……。面倒くせぇ……。そう思いながら俺はその場を立ち去った。すると、
「もう用事は終わったんですか?」
「!?」
教室から出た途端、不意に声をかけられた。
「……なんだお前か。――何か用か?」
振り返ると、そこには習志野が立っていた。
「いえ、ただ一緒に帰ろうと声をかけようと思ったんですが、用事があるみたいだったので終わるまでここで待ってただけです」
彼女は曇りのない笑顔をこちらに向けてすっと自然に隣に並んできた。――こいつ、見た目は悪くないんだよな……。っていうか、むしろタイプだ。
「は? 用事?」
「ほら、さっき一緒に帰ろうって誘ってきた女の子に言ってたじゃないですか。『今日は用があるからダメだ』って」
「ああ、あれか。――別に用事なんてねぇよ」
「なるほど! あれは私と一緒に帰るための嘘だったんですね!!」
と、彼女は本気で合点がいったように、『なるほど!』と手を叩く。
「どんだけポジティブシンキングなんだよ、お前は」
そう言いながら、『そういえば昔からこういうちょっと天然っぽいところあったよな……』と、つい過去の思い出を懐かしんでしまい……。
そんな自分に、『いやいや、これも俺に昔を思い出させるために計算でやってるだけで、実際は俺を利用しようとしてるに決まってる!』と、必死に忠告する俺……。
しかし、それでも隣の無邪気な少女を拒むことはできず、結局すぐ近くの寮まで並んだまま、他愛のない会話をしながら帰っただった……。




