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市川凛の葛藤1

本話は市川凛視点がメインになっています。

「凛は大きくなったら何になりたいんだい?」


 まだ小さな私に問いかけられた父の問いに、私は一生懸命考えてから元気よく答えた。


「うーん…あ!凛ねぇ、お父さんのお嫁さんになる!」

「そうか、嬉しいんだが、親子では結婚は難しいかなぁ。」

「えー!何でー?」

「うーん、凛が大きくなったら分かるかな。」


 無邪気な娘の疑問に父は苦笑交じりにはぐらかす。


「凛は、お嫁さん以外になりたいものはないのかな?」

「えーっとね、凛、お父さんの代わりに社長になる!」

「え、社長?」


 父は私の予想外の回答に目を白黒させていた。

 そんな父親の意図を知ってか知らずか、私は目を輝かせながら理由を話す。


「だって、お父さん毎日お仕事で忙しそうだから、凛が代わりに社長になって、お父さんに楽してもらうの!そしたら、今よりも凛と一緒にいられるでしょ?」


 そんな私に父は頭を撫でながら優しく笑いかけてくれた。


「そうだね、ありがとう。お父さんも凛がこの会社を継いでくれることを楽しみにしてるよ。」

「うん!凛、絶対凄い社長さんになる!」


 そして、幼い私は満面の笑みで父に宣言した。


※※※※


「……う、んん……。」


 目を覚ますと、そこには見慣れた天井、横に目を移すと、これまた見慣れた自分の本棚や机……。

 つまり、ここは正真正銘私の部屋だ。


「いつの間にか、寝てたのか…。」


 誰もいない部屋で一人呟く。

 時計を見ると、針は午後9時10分前を指していた。

 昨日から始まった氷室君と酒々井の勝負の打ち合わせを終えて自室に戻ってきた後、ボーっとしているうちに寝てしまっていたらしい。


「それにしても、このタイミングであの時の約束が夢に出てくるなんてね。」


 私は苦笑交じりに先程まで見ていた夢を思い出す。

 小さい頃にしたお父さんとの約束。

 それは約束と呼べるほどのものでもなく、どちらかと言えば私が一方的に宣言しただけと言った方が適切かもしれない。

 それでも私はあの時と変わらずお父さんが好きだし(勿論昔とは意味合いが違うけど…)、そんな お父さんのような人になり、会社を継ぎたいと思っている。

 だからこそ、中学の時、お父さんに言われた言葉にはショックを受けた。


『凛、お前にうちの会社を継ぐのは無理だ。』

『凛、お前には組織の長として足りないものがある。』


 いきなり長年の夢が自分には叶えられないと、自分の親で目標とする人から言われた衝撃は今でも鮮明に覚えている。

 でも、私は諦められず、生まれて初めてお父さんに意見した。


『凛、お前に足りないもの…それは“ずる賢さ”だ』


 私は父から言われた条件をクリアし、会社を継ぐためにこの学校に入学した。

 だから、私にとってこの学校を卒業することは最優先事項…のはずなのだ。

 しかし、私は今、そんな想いとは矛盾した行動を取っている。

 氷室君と酒々井君との勝負への介入だ。

 介入すれば退学のリスクが伴う。

 お父さんからの条件“卒業”を最優先で考えるなら不必要なリスクだ。

 それでも、様々な想いからこの勝負に自分も加わりたいという思いが私の中からなくなることはなかった。

 習志野さんを助けたいとか、裏切った葛西の奴を見返してやりたいとか……。

 しかし、やはり一番の理由は……


「やっぱり私も氷室君の力になりたい。そしてできれば……」


 できれば、私をパートナーに選んでほしい。習志野さんじゃなくて私を……。


 最近のあの二人を見てれば、私の入る余地がほぼないだろうことは分かってる。

 それでも……少しくらいは期待してしまう自分がいる。


「どっちにしろ、優先順位は明確にしておかないとね……。」


 幼少の頃からの夢、氷室君との関係、習志野さんを助けること、後ついでに裏切った葛西への報復…。

 勿論、全て達成させることもできるかもしれないし、全部失敗するかもしれない。

 そして、何を優先するかで取るべき行動も変わってくる。

 決めるなら今しかない……。

 でも……


「ダメだ…。決められない…。」


 考えがまとまらず天井を見上げる。

 特に氷室君と私の夢…。習志野さんには申し訳ないけど、この二つは特に甲乙つけられない。

 そして、しばらく考え込んだが、やはり結論は出ず、問題を先送りにしようと、ベッドに仰向けになり目を閉じようとしたその時、


ピリリリ


 私は自分の携帯の着信音に反応し、体を起こした。

 着信画面を見ると、そこには意外な名前が…


「酒々井、秀…?」


ピリリリ


 予想外の人物からの着信に思わず画面を見たまま固まってしまった。

 ――どうして彼から電話が…?そもそも私に何の用…?


「も、もしもし…。」


 何となく無視する気になれず、私は恐る恐る電話に出た。


『あ、もしもし、酒々井だけど。市川さん、今から会える?ちょっと話したいことがあるんだけど。』




※※※※


「それで、話って何かしら?」


 彼、酒々井秀から電話があり、一瞬迷ったものの、私は彼の指示した待ち合わせ場所である寮の外に出てきてしまった。



「そもそもあんなことしておいて、よく私に話しかけられるわね。」


 私は呼びだしてきた彼を鋭く睨みつける。


「あの時はああするしかなかったんだよ。本当にごめん!」

「別に謝る必要はないわ。ただ、それ相応の覚悟はしておくことね。」

「相変わらずツンツンしてるなぁ。怖い怖い。」


 相変わらずの調子で話しかけてくる酒々井君に思わず喧嘩腰になってしまう。


「はは、でも本当に申し訳ないとは思ってるんだよ。――その証拠に、君に美味しい話しを持ってきたんだ。」

「美味しい話、ですって?」


 彼の話しに思わず眉をひそめる。

 美味しい話…この男から聞くと怪しさしか感じられない。


「おやおや?まだ内容も言ってないのに既に不服そうだね?」

「当たり前でしょ?あれだけやられた相手の言うことをホイホイ信じれるわけないでしょ?」


 からかうような口調で挑発してくる酒々井君に、冷たい視線を投げかけるが、


「ははっ、それもそうか!ごめんごめん!」


 彼は全く気にしていないようで、軽い調子で切り返す。本当に腹立たしい!!

 しかし、酒々井君はすぐに、


「まぁ、でも、今回の美味しい話しは、君にとって、“そんな恨み”を置いておいてでも聞く価値のあるものだと思うよ。」


 自信満々な表情を見せてきた。

 そして、続けてその“美味しい話”とやらを話し始める。


「時間も遅いし、単刀直入に言うね。――市川さん、スパイとして僕に氷室君の情報を流してくれないかい?」

「勿論、お断りよ。」


 私は、彼からの勧誘に間髪いれずに断りを入れた。

 このタイミングで呼び出された時点で、こういった話しをされるであろうことはある程度予想できていたため、驚くことなくもなかった。


「ははっ、これまた随分な即断だね。でも話しはまだ終わってないよ。――返事は君にとっての“美味しい部分”を聞いてからでも遅くないと思うけど?」


 断られるのも予想の範囲内だったのか、酒々井君は全く動じることなく、さらに続ける。


「もし僕に協力してくれるなら、君の卒業サポートと君の恋路のサポートをしてあげるよ。」

「!?」

「――簡単に言えば、『お父さんとの約束達成』と『氷室君との恋の成就』の両方を実現させてあげるってことだよ。」

「な!?」


 私は驚きのあまり、目を見開き驚嘆の声を上げてしまった。


「『何でそんなこと知ってるの?』って顔だね。」


 そんな私の反応を楽しむように酒々井君はニヤリと笑う。


(何でこの男がお父さんと交わした条件について知ってるの!?それに私が氷室君のことを好きだということも!!)


 私の好きな人が氷室君だということは、私を良く見ていれば気が付く人は気が付くのかもしれない。

 でも、『私がこの学校を卒業できれば、お父さんの会社を継げる』という約束に関しては知っているわけがないはず!

 そもそも“この約束”を他人に話したことなんて……


「!!」


 そこで私はハッと気が付いた。


「どうやら気が付いたみたいだね。そう。別に僕は特別なことは何もしてない。ただ、君が自分から話しただけだよ。――入学試験の面接でね。」


 そう。一度だけ他人に話したことがある。

 入試の面接で聞かれた志望動機だ。

 恐らく役員特権で入試の面接内容が書かれた資料を探したしたのだろう。


「今の君の状況だと、卒業の方はともかく、氷室君との恋路についてはかなり厳しい。むしろ“二兎を追いかけて一兎をも得ず”なんてことにもなりかねない。――もし、僕に協力してくれるなら“両獲り”させてあげるよ。」

「両獲り、ですって…?」


 小さい頃からの夢…父の会社を継ぐという夢。

 そして、氷室君への想い…。

 酒々井君の言うとおり、現状どちらも実現させるのはかなり無理がある。

 特に氷室君の方は、彼自身の心が習志野さんに向きつつあるため、ほぼ不可能な状況だ。

“両獲り”なんて尚更だ…。

 だからこそ、私はどちらを優先させるべきか悩んでいたと言うのに…。

 そんな無理難題を叶えるという目の前の男に、私は不信の目を向けずにはいられなかった。


「“両獲り”ですって!?それがどれだけ難しいかなんて私が一番分かってる!ハッタリだわ!」


 思わず私は声を荒げて反論する。

 しかし、そんな私に彼は冷静に応じる。


「うーん…。さすがに協力してくれるまでは、詳しく教えられないけど…割と単純なことだよ。――卒業に関しては勝負終了後、僕が理事権限を使って君の卒業をサポートしてもいいし、そもそも君の場合普通に過ごせれば卒業はできるしね。」


 その通り。正直、卒業に関しては彼の助けがなくても十分可能だ。

 問題は氷室君の方だ。

 まさか、ここでも理事権限や金の力を使うのだろうか?

 しかし、次の瞬間、彼の口から出てきた言葉は予想外で、本当に単純なものだった。


「氷室君の方は…氷室君に君が告白する。―――簡単に言えばそれだけだよ。」


 彼の予想外の回答に一瞬、私の思考が停止してしまった。


「私が氷室君に告白するですって!?今、氷室君の心は習志野さんに向いてるのよ!?そんな中で私が告白したってフラれるに決まってるでしょ!?」


 酒々井君の言葉に少し期待してしまった自分が情けない。

 私は夜だということも忘れて酒々井君に声を荒げる。

 しかし、怒鳴られた本人はというと全く動じていない。


「そりゃ、『普通に』告白したってフラれるさ。ポイントは一つ。氷室君がフれない状況を作る。これだけさ。」

「フれない状況を、作る……?」


 理解が追い付かず、彼の言葉を復唱する。

 フれない状況…そんなものが簡単に作れるのだろうか…?


「まぁ、後は僕に協力してからだね。今日は遅いし、返事は明日でいいよ。」

「う、うん…。」

「それじゃあ、良い返事を待ってるよ。じゃあね。」


 そう言って、酒々井君はその場を去っていった。

 この学校を卒業して自分の夢を叶えること。

 氷室君との恋の成就。

 この二つを同時に実現できる……。

 まだ、半信半疑ではあるが、今まさにそのことについて悩み、手詰まりの状態であった私にとっては、一縷の望みに思えた。

 しかし、相手は自分を一度騙している男…。

 この誘いに乗るべきか、乗らないべきか……部屋に戻りながら考えるも、答えはそう簡単には決まらなかった。


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