男の強さ~戦闘力VS知力 6
「おらおら、偉そうなこと言っておいて避けるだけかよ!拍子抜けもいいところだぜ!」
試合開始直後、嬉々とした表情を浮かべながらラッシュを仕掛けてくる行徳の猛功をなんとか凌いでいた。
…いや、凌いでいるというよりは、思いっきり距離を取って、ギリギリのところでなんとか攻撃が当たるのを回避しているに過ぎない。
距離にして3メートルくらいか…。俺も運動神経はある程度いい方だと自負しているが、それでも正直この距離を保って避けるだけで精一杯だ…。
「くっ…」
正直しゃべる余裕すらない。
――だが、今はこれでいい。
俺はチラリとある一点をみやる。
――大丈夫。このままいけば問題ない…。あともう少しだ!
しかし、次の瞬間…
「ぐあっ!?」
……自らのみぞおちにハンマーでも喰らったかのような衝撃が走った。
息ができず、腹部を抑えてうずくまる。
「たっくん!!」
少し離れたところから、先程まで思い悩み俯いていたパートナーからの悲鳴にも似た声が聞こえてきた。
チラリと声のする方を見ると、予想通り習志野が泣きそうな顔を浮かべながら必死に叫んでいた。
――習志野に偉そうなこと言っておいて、自分が勝負に集中できてねぇじゃねぇか……。
「おいおい、たった一発殴っただけで終わりか?こんな軟弱野郎に騙されて、習志野さんが可哀そうで仕方ないぜ。」
再び自分の敵に視線を戻すと、行徳は嫌味ったらしい表情を浮かべながらこちらを見下ろしていた。
そして…
「こんな無駄な勝負さっさと終わりにしてやるよ。――」
そう言って行徳は未だうずくまっている俺に拳を振り上げる。
「お前、本当に習志野のこと、好きなのか?」
俺は拳を振りおろそうとする行徳の目をまっすぐ見据えて問いかけた。
いきなりの質問に行徳は拳を止める。
「…てめぇ、そんなことで俺の気を引こうったって無駄だぞ。」
「そんなつもりじゃねぇよ。ただ決着をつける前に聞きたかっただけだ。――それで、好きなのか?」
俺は再度真剣な目で問いかける。
「ああ。当たり前だ。」
「でもペアは引き続き船橋と組むんだろ?どうせ『卒業したら結婚』っていう校則にビビってるからだろ?」
この話題…動くために必要な体力を回復させる時間を稼ぐためと、次の作戦の成功率を確かめるためだけに聞き始めただけだったのだが…
「所詮お前が言う『好き』なんてその程度のもんなんだよ。」
気付けば、言葉に力が入り、次第にヒートアップしてきている。
そして、それは俺だけじゃなく、
「ふざけんじゃねぇ!確かに俺はお前に勝った後も習志野さんとペアを組むことはねぇ。だが、それは確実に卒業するためだ!船橋とは卒業が確定した時点でペアを解消する契約になってんだ!その後、俺は習志野さんと結婚するためペアを組み直すつもりだ。」
行徳もまたヒートアップしていた。
まぁ、熱弁しているのは完全に独りよがりなプランなのだが……。
――こいつ、船橋とペア解消した後に習志野にフラれる可能性とか、そもそも習志野が卒業できないかもしれないとか、考えてねぇのかよ…。
さすがは単細胞バカだ。都合の悪いことなんて全く考えていない…。
だが……
――まぁいい。こいつが本気で習志野のことを好きだって思っていることだけは確かみたいだ……。これで作戦の前提条件はクリアだ…。
俺は内心で喜びつつも…
――そういやぁ、あいつって意外と本気でモテるんだよな……。
何とも言えないモヤモヤ感も感じていた…。
――とりあえず今は目の前の勝負に集中だ!
「なるほど。それが聞けて良かったよ。――それじゃあ、俺はこれで!!」
「なっ!?」
ニヤリと笑い、立ち上がると、隙だらけで立っている行徳のすぐ脇を素早く抜けた。
目を丸くする行徳…。
「てめぇ!!卑怯なことばっかりしてんじゃねぇぞ!!」
後ろ向きに走って逃げる俺に目を見開き、凄まじい形相で迫る行徳。
「は?お前が勝手に殴るのをやめただけだろ?それに、自分が圧倒的に有利な勝負を半ば強制的にやらせるのは卑怯じゃねぇのかよ?自分のやったことすら客観的に見れないとは…これだから脳内お花畑の暴力バカは嫌いなんだよ。」
そんな彼を必要以上に挑発して煽る。
「ぶっ殺す!!」
行徳がさらに顔を蒸気させて一気に距離を詰めてくる。
――よし、あと少し!
「!行徳、ちょっと待ちなさい!!」
少し離れた位置から何かを感じ取った船橋が行徳に向かって声を上げる。
だが……
「死ね!!」
そんな船橋の声は行徳の耳には届いておらず、既に俺との距離をほぼ0まで詰めていた行徳が拳を振り上げ、そして一気に振りおろしてきた。
しかし、俺はその拳に対して全く動じない。
なぜなら……
「死ぬのはお前だ、この野生児が。」
「っ!?うおぁああああああ!!」
ドサッ
野太い悲鳴を上げながら、行徳は地面の下へと落下していった。
「ちょっと!あんた達何を――」
「何をって…見てわかんねぇのか?――『俺が自作の落とし穴に行徳を落とした』それだけのことだよ。」
声を張り上げて問う船橋の言葉を遮るようにして、挑発的な口調で答える。
昨日、こいつらと勝負をすることが決まり、この場所を指定された時点で俺は『この穴』の準備に取り掛かった。
直径約3メートル。そして、深さ約7メートル。ビル2階程度の高さはある。
普通の奴なら一人で登ることなんてまず不可能だ。
――行徳の攻撃を上手くかわしつつ、この穴に誘導して落とし、あわよくばギブアップさせる。
かなり古典的で子供っぽい作戦ではあるが、残念ながら今回俺が出来たのはこれくらいだった。あとは……。
「ちょっと!こんな大きな穴、どうやって掘ったのよ!場所を指定したのは昨日よ?どう考えても一人でこんな大きな穴作れるとは思えないわ!『第三者の協力厳禁』のルール忘れてるわけじゃないでしょ!?」
「そんなの俺が頑張ったに決まったんだろ?」
船橋の尤もな指摘に、俺は平然と答える。
「そ、そんなことできるわけないでしょ!?きっと誰かの手を借りて――」
「じゃあ、俺は誰の協力を得てこの穴を作ったんだ?証拠のない抗議なんてただの言いがかりだぞ?」
わざとらしくニヤリと笑いながら逆に質問する俺に、船橋は奥歯を噛みしめ、悔しそうに睨みつけてくる。
船橋の言ったことは正しい。
ぶっちゃけ、業者にお願いして作っただけだしな。まぁ、ある程度道具を用意して、本気で徹夜でもすればなんとかなるかも知れんが、そんなことやるだけ無駄だ。
“誰かの協力を得た”そんなことは船橋も分かっている。だが、それを証明する方法がないのだ。
「一応言っておくが、もし仮に、俺が誰かの協力を得てこの落とし穴を作ったとして、お前らが捜査依頼・捜査協力なんてしたら、お前らも『ルール違反』ってことになるよな?」
わざと嫌味ったらしい口調で問いかける。
第三者の協力・介入が禁じられてるのは相手も同じ。だから証拠を得るために第三者に捜査を頼んだり、その協力を得ることは立派な『介入』に値する。
つまり、俺のルール違反を暴くためには自分達の力だけで捜査するしかない。ただの素人がこの状況だけで協力者、それも学外の人間まで辿り着くなんて不可能だ。
(一応、念には念を入れて自分自身でこいつらの見張りを行い、業者にも目立たないように少人数で機械等は使わないようにしてもらったしな。)
「……そうね、認めるわ。」
船橋が悔しそうな表情で自らの負けを認めた……かに思えた。
「『この落とし穴』についてはね。――勝つのは私達よ!――行徳!!」
船橋は不敵に笑って自信あり気な表情で言い放ち、パートナーの名前を呼ぶ。
すると…
「うるせぇんだよ!今登ってんだから静かに待ってろよ!」
「!!」
落とし穴に視線を戻すと……既に行徳が穴の中盤当たりまで登ってきていた。
「おいおい、マジかよ…。こいつホントに野生児だな。」
普通なら考えられないが…行徳は手套で土の壁を削ることで小さなくぼみを作り、手足の置き場を確保しながら着実に登ってきていた。
今のペースで言うと、あと3分後にはこの穴を登りきっているだろう。
普通なら上から攻撃してもう一度落とせばそれで終わりなんだが……
「もう一回落とせるもんならやってみな。まぁ、どっちが怪我するかは分かんねぇがな。」
行徳はギラギラした目付きで威圧してくる。
正直言って、この男相手に例え上からでも攻撃して落としにかかったところで、逆に俺が落とされかねない。
それだけ、俺とこいつの間には戦闘能力差がある。
「フフッ、本気で勝った気になってた?本気で行徳に降参させたかったら制限時間なんかのルールでもつけるべきだったわね。まぁ、そんなことしてきたら私が気が付くと思うけど!詰めが甘いのよ!――結局勝つのは私達よ!!」
さっきまでの悔しさも晴らすかのように、嫌味ったらしく、挑発的な口調で高らかに勝利宣言する船橋。
しかし、このセリフを受け、悔しさを露わにする奴も、俯き負けを認める奴も、悔しさで泣きだす奴も、予想外のことに焦る奴も、この場にはいない。
「チッ、できればこっちの作戦はやらずに終わらせたかったんだがな……。」
そう言って、習志野の下へと走り、手を取り、再び走る。
「悪い、ちょっと来てくれ!」
「……」
習志野は俯き、手を引かれるまま、黙って走っている。
「あら、今度はペア揃って逃走かしら?でも、こんな狭いフィールドで逃げ回ったところで意味ないわよ?」
後から船橋の挑発が聞こえてくるが、今はスル―だ。
俺は、少し離れたところで足を止め、二人で草むらに隠れる。
「習志野、悪いが――」
「たっくんは私のこと、正直どう思ってますか?」
これから実行する作戦に未だ消極的な習志野を説得しようと口を開くと、その言葉を遮るようにして習志野が質問してきた。
その目は真剣で、とても口八丁で乗り切ろうという雰囲気ではなかった。
「勿論、私はたっくんのことが大好きですし、前にも言った通り、他の人とペアを組んでまでこの学校に残る気はありません。だから、私は自分からたっくんのペアを離れる気はありません。」
昨日から何度か説得を試みているが、返ってくる答えはこんな感じで、全く進展していない。
この作戦においての習志野の重要性、俺が習志野のことを嫌っているからペアを解消しようとしているわけじゃないこと、そして、この作戦なしではかなりの確率で二人とも退学に追い込まれるということ……。
かなりの時間をかけて説得を試みたが、残念ながら、未だ協力は得られていない…。
――こいつも変なところで頑固なんだよな…。
ただ、今回の作戦に関しては、習志野の協力なくしては成り立たない。
「だから何回も言ってるが、一時的にペアの解消が必要なだけだっつーの。」
「今回はペアの解消だけじゃないじゃないですか!――どうしても、と言うなら私に『それだけの理由』をください!」
習志野が自分の決めたルールを破ってまで俺に協力する程の理由……。
昨日の交渉の際にもいろいろと提示したが、どれもこいつのお気に召すものではなかったらしい。
――なんだよ、『それだけの理由』って……
そうこうしている間にも時間は経過しており、俺の中でも次第に焦りと苛立ちが湧きあがってくる。
「おい、どこ行きやがった!?」
そんな中、少し離れたところから行徳の声が聞こえてきた。
――あいつ、もうあの穴登ったのかよ!ホント野生児だな!!
そうこう考えている間に、タイムリミットは迫っている。
――しゃあない。これだけは使いたくはなかったが……。
「ああ、もう分かったよ!要はお前が自分の決めた絶対ルールを破ってもいいと思えるメリットが必要ってことだろ!?――それなら」
俺は懐から一枚の紙を取り出し、習志野に差し出す。
「こ、これって……」
その紙に目を通した習志野が目を見開く。
そして、驚きのあまり、紙と俺の顔を何度も交互に見直している。
「この作戦に協力するならこれをやる。これをどうするかはお前が決めればいい。」
言っている自分の顔が熱くなっているのが分かった。
俺の最後の切り札とも言えるその用紙は…
「こ、婚姻届……ですよね……?」
習志野も顔を紅潮させて、目に涙を溜めながら聞き返してくる、
「…見りゃ分かるだろ…?」
恥ずかしさのあまり、目を反らし、ぶっきらぼうな返答になってしまう。
――俺は習志野相手に何をこんなにも照れてるんだ…
「それで…その用紙はお前の言う『それだけの理由』にはなるのか?」
顔を背けたまま問いかけ、反応を見るため、チラッと習志野の表情を窺う。
すると…
「はい!!勿論です!!」
今まで見た中で一番の笑顔とともに答えが帰ってきた。
彼女は、嬉し涙を流しながら、一切の曇りなき笑顔を浮かべていた。
――ったく、喜びすぎだろ……。
その笑顔を見て、自然と自分の表情も緩んでくるのが分かった。
「習志野、悪いが作戦の確認をしてる時間はなさそうだ。――大丈夫そうか?」
「はい!頑張ります!!」
習志野はヤル気に満ちた表情を浮かべて、返事をする。
――こいつがヤル気を出すと、若干不安になるんだが……まぁ、ここは信じて任せるしかないんだが…。
「じゃあ、頼んだぞ!」
「はい!」
そう言い残し、俺は草むらを飛び出し、走り出す。
「居やがったな!この軟弱野郎が!!」
すぐに俺達を探していた行徳に見つかった。
しかし
「ここは通せません!」
「!?な、習志野さん!?」
突如、草むらから出てきた習志野に遮られ、行徳が止まる。
「ぎょ、行徳さん……その、少し大事なお話があるんですが……」
ようやく俺の、いや、俺達の最後の反撃が始まった。




