楽して生きるための進路選択
「氷室、お前進路決めたのか?」
放課後、俺のすぐ前の席に座る男・日吉真司が話しかけてきた。
「いや、決めてない」
「マジかよ! 噂によると進路希望出してないのお前だけらしいぞ?」
日吉は実に楽しそうに食いついた。
ちなみに、この男。やけに馴れ馴れしい態度で話しかけてはくるが、別に友達というわけではない。ただ席が前後というだけのありふれた仲だ。
まぁでも、仕方ない。コイツは誰に対してもこんな感じなのだから。
誰に対しても明るく接する裏表のない性格で男女問わずある程度慕われている、いわゆるクラスの人気者――それがこの日吉真司という奴なのだ。
「そういうお前は決まったのかよ、進路?」
俺は冷めた態度で逆質問してやった。なんか聞いて欲しそうな顔してたからな。
案の定、質問した瞬間、日吉の顔はもう1ランク明るくなった。
「聞きたいか? 実は俺、長谷川高校からスポーツ推薦の話しもらったんだよ!」
「ふーん。そりゃよかったな」
しかし、俺はいつも通りヤル気のない適当な受け答えを返すだけ。
「なんだよ、つれねぇなぁ……。親友がハセ高からスポーツ推薦だぜ? もっとテンション上げろよ!」
やはりもっとちやほやして欲しかったのだろう。少しムッとなる日吉。
だが、俺にそれを期待したのがそもそも間違いだ。残念だったな。俺に気の利いた返しができるとでも思ったか? そんな面倒で器用な芸当ができるなら今頃俺の周りには友達が溢れてるっつーの。
「他人の幸福が嬉しいわけねぇだろ? 知ってるか? 人間は他人の幸福よりも他人の不幸の方が好きなんだ」
「うわぁ……お前相変わらず性格悪いな。そんなだからモテねぇんだよ」
俺が女子からモテていない? そんなことは百も承知だ。別に謙遜とか鈍感とかではない。残念ながらただの事実。
そして、原因はどうやら俺の性格にあるらしい。
「お前、割と頭も良いし、運動もそこそこできるし、顔もどっちかと言うとイケメンじゃん? その性格さえなんとかなれば絶対ぇモテんのに……ちょっと性格変えてみれば?」
頭がよく、運動もできて、顔もそこそこ良い――うむ。自覚はしているが他人から褒められると気分が良いな! ……後半は聞かなかったことにしておいてやろう。
それにしてもこいつは何を言っているのだろうか。
「いやいや、性格変えてまで誰かと付き合うとか拷問だろ。そんな面倒くせぇことやるわけねぇだろ」
「はぁ? それくらいみんなやってるって! お前『恋は駆け引き』って言葉知らねぇのか? みんな必要に応じて多少なりとも性格変えてんだよ。――まぁ、お前の場合それ以前の問題だろうけどな」
「おいおい。恋に駆け引きなんて使ってたら結婚した後どうすんだよ。学校や会社の人間関係とか、仕事上の会話とか……そうでなくても世の中駆け引きに満ちてるっていうのに、恋愛まで駆け引きとか、過労死するわ!!」
『恋は駆け引き』とよく言うが、俺から言わせれば『人生は駆け引き』だ。他人の顔色をうかがい、やりたくないことを作り笑いを浮かべながらこなし、大して仲良くもない奴らと一緒にいる日々……。
日常生活でもそんなことやってねぇのに恋愛でできるわけがないし、そこまでして彼女を作ろうとは思えん。
「相変わらずひねくれねんなぁ……」
「それに俺は自分の性格そこまで嫌いじゃないし。この性格含めて「氷室辰巳」だからな」
「……こいつ改善の余地ねぇな」
俺のこだわりを聞いてはぁっと溜息交じりに呟くリア充。
無理して性格を変えてもストレスは溜まるは、疲れるは、楽しくないはで全く良いことはない。
それなら多少友達はいなくとも、たとえ彼女がいなくとも今のままの方がよっぽどマシだ。
「っていうか、お前そんな調子で将来どうすんだよ? お前、その性格に加えて面倒臭がりだし、普通の仕事とか絶対ぇ無理そうじゃん?」
コイツの言うとおり。俺は人の倍、いや人の10倍くらい面倒くさがりだ。
そもそも進路希望を提出していないのだって面倒くさいからだし、この前担任に呼び出された時には「どうせどこ行っても同じだし、先生が適当に志望校決めておいてください」と言って2時間説教を喰らった程である。
「あぁ、誰か俺の一生分の生活費援助してくれる人いねぇかなぁ」
それが俺の心からの叫びだった。
別に遊んでくらしたい等と大それたことを言うつもりはない。
質素な生活でもいい。最悪適当なバイト程度なら多少は働いてやってもいい。
とにかく就職とか絶対嫌だ。社畜とか絶対無理! 恐らくこの気持ちを理解してくれるのは全国各地にいるニート達だけだろう。――願わくば俺もニートになりたい!
「お前の怠惰さも筋金入りだな……。お前の生活費援助してくれるなんて、そんな都合のいい奴――いや、もしかしたらあそこなら!!」
途中まで呆れていた日吉がハッとして固まった。
「は? 俺は内臓売るのも、よく分からん人体実験体になるのも嫌だぞ。もちろん性的な意味でそっち系の人に体を売るのも却下だ!」
働かずに金を得られる手段なんて限られている。
俺がその程度調べていないとでも思ったのか? 日吉よ、俺のニートへの憧れを侮ってもらっては困るな。
「アホか! そんなくだらねぇ手段じゃねぇよ! ――学校だ、学校!!」
「……学校?」
「あぁ! 高校だよ!!」
「はぁ? どうせ住み込みで働ける学校とか、施設みたいなところだろ?それくらい既に調査済みだし、どれも面倒臭そうで却下だ」
「いや、違ぇよ! っていうかお前以外と行動力あるな! 願わくばその行動力を別のことに活かしてもらいたいけどな!!」
住み込みでの仕事場でもなく、施設でもない……。
まさか、学校の経営者か? いや、学校の経営なんか仕事が山のようにあるに決まっている。
「ダメだ、分からん」
「学校に援助させるんだよ! もしかしたら高校を卒業するだけでお前の夢が叶えられるかもしれねぇぞ?」
「お前、遂に頭おかしくなったんじゃねぇの?」
「アホか!! お前も名前くらいは聞いたことあるはずだぞ? ――卒業率わずか3%の国内屈指の有名高校。」
「まさか……それって、恋星高校のこと言ってんのか?」
「ああ! そこの恋愛科ってのが卒業率3%の超難関高校だ。なんでも主席で卒業した奴には何でも一つ望みを叶えてくれるらしいぜ?」
「……お前、それ本気で言ってんのか? やっぱ頭イッちゃったんじゃね?」
「はぁ? 本気も何も事実だし」
やれやれ…思わずため息がこぼれる。
確かに恋星高校は入学するより卒業する方が難関だと言われる、日本では珍しいタイプの名門だ。卒業した暁にはきっとかなりの有名企業や名門大学への進路が用意されているのだろう。
だが、卒業しただけで何でも願いが叶うだと? そんなドラゴンボールも真っ青な願いの叶い方あるわけねぇだろ。
「日吉……嘘をつくならもう少しバレにくい嘘をだな――」
「ったく、ちょっと待ってろよ!?」
俺の言葉を遮った日吉はポケットからスマホを取り出し、手際良く操作しはじめた。
そして、待つこと1分足らず。
「ほら、これ見てみろよ」
そう言って自分のスマホ画面をこちらに向けてきた。
「……マジかよ」
その画面を読んだ俺は驚きのあまり唖然としてしまった。
スマホに映し出されたのは恋星高校のホームページ画面。その入学希望者のページに記載されていた内容は……
「『恋愛科を優秀な成績で卒業された方には本校が生徒様のどんな願いの実現にも可能な限り協力致します』だと……?」
「お前、どんだけ進路に興味ねぇんだよ……これくらい多分だれでも知ってるぞ? っていうか、むしろ日本の一般常識レベルだぞ?」
俺は日吉の小言など完全無視して夢中でそのページを読んだ。
主な卒業生の欄を見ると、各界の有名人達がずらっと。普通科出身者もかなりのメンツなのは間違いないが、この恋愛科は異常だ。総理大臣、閣僚、宇宙飛行士、プロ野球選手……そこにはありとあらゆるジャンルの有名人達が紹介されていた。――よし、決めた!
「どうだ? 疑い深いお前でもさすがに信じたか?」
「――てやる。」
「は? 何だって?」
「絶対ぇこの高校をトップで卒業して、将来楽して生きてやる!!」
「え? っていうことは……」
「俺はこの恋星高校恋愛学科を受験する!!」
「お、おう……マジで?」
こうして、俺の志望校は決定した。
「いや、でも恋星は卒業するのもかなりキツイが、そもそも入るのだって――」
「悪いな。お前とお喋りしてやる程俺は暇じゃないんだ」
「教えてやったのにその言い草!?」
「じゃあな」
やると決めたら即行動。俺は日吉を放置してすぐに動きだした。
まずは担任に未提出だった進路票を提出し、願書の手配を頼むところからスタート。
受験まではもう残り4か月程。そこから俺の死に物狂いの勉強がスタートした。
毎日、毎日勉強机にかじりつき、周りが引くくらい勉強してやった。もともと勉強はできる方だったため、勉強量と比例して成績はぐんぐん伸びていった。
最初の頃は担任を含め、『恋星を受けるなんて無謀にも程がある』、『万が一受かったとしてもすぐに退学になって終わりだろ』、と笑う奴ばかりだったが、それらを嘲笑うかのごとく俺はあっという間に合格圏まで上り詰め、逆にクラスメイト達を見下してやった。――勿論心の中だけでの話だけどな…。
※※※※
そして3月。
「……お前、マジで恋星受かったのか……?」
恋星高校の合格通知を見せると、日吉は驚きのあまり顔を引きつらせていた。
まぁ、俺が本気を出せばざっとこんなもんだ。恐らく、トップとまではいかずともかなり上位で合格しているはずだ。
だが……
「ああ……。っていうか頑張り過ぎた……。ちょっと寝るわ……1週間くらい……」
「いや、それ死ぬんじゃねぇの!? ――まぁ、とりあえずおめでとう」
「おう」
受験までの4か月。毎日寝る間も惜しんだ猛勉強のおかげで、俺の体は最早悲鳴すら上げられない程に限界を迎えていた……。
将来楽するため。これは必要な犠牲だったんだ――そう自分に言い聞かせつつも、
「いやぁ、まさか受かるとは思ってなかったわ」
一つ、重要なことを確認するのを忘れていたことを思い出した。
「日吉、そういえばお前に聞きたいことがあるんだが」
「なんだよ?」
「――“恋愛の授業”って具体的になにするんだ?」
「……え?」
二人の間にしばらく沈黙が流れた。
そう。主席で合格すれば願いを叶えてくれるというおまけのことしか考えておらず、重要な部分を考えてなかった。
別に正直何を学ぶかなんてどうでもいいが、卒業率3%、しかもその中で主席卒業を目指すなら事前に勉強しておく必要もあるだろう。そう考え、俺にこの高校を紹介してきた男に問いかけてみたのだが……
「いや、俺が知るわけねぇだろ!? お前知った上で受験したんじゃねぇの!?」
「そんなわけねぇだろ! 俺は卒業した時の願いごとだけで受験決めてんだから!! 何でそんな面倒くせぇ調べごとしなきゃいけねぇんだよ!!」
「お前どんだけ面倒くせぇんだよ! もう怠慢通り越してただの馬鹿だろ!!」
「元々お前が紹介してきたんだろ!? そこら辺調べた上で紹介して来いよ! てっきりそのうち説明があるものだと思ったじゃねぇか!!」
「どんだけ俺におんぶにだっこだよ!」
その後、終わりなき言い争いは数分続いた。どうやら他の学科についてはホームページ上でも紹介されているのだが、この恋愛学科だけは卒業後のメリットや主な卒業生の名前、簡単で抽象的な紹介文が数行載っているだけで、肝心の”具体的に何を学ぶか”については何も書かれてないらしい。
そんな中、ふと日吉があることに気付いた。
「っていうか、他の奴も初めてなんだし知らない奴の方が多いんじゃねぇの?」
「……お前、それもっと早く気付けよ」
こうして俺は、一つの大きな不安を抱えたまま、『学校からの援助金で、働かずに人生楽して生きる』という夢に向かって、卒業率3%の学校『私立恋星高校 恋愛学科』へと進学を果たした。
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次回の更新日は11月13日(金)10時~です!!
しばらくは毎日1~2話ペースで更新していきますのでよろしくお願い致します。




