第四話 始まりの狼煙
「ふぃ~、疲れたぁ~」
「お疲れ様です」
ミリア先輩はカウンターに顎を乗せて、ぐったりとしている。
いくら器用な先輩でも、初めての事だから疲れたんだろうな。しかも、うちの店は人手が足りないから、先輩は引っ切り無しに動いていた。
「いやぁ~、結構疲れるんだねウェイトレスって」
「まぁ、うちは人手がないですから、特に忙しいんですよ」
「うん、かなり忙しかったよ。席に案内して、おしぼり持って行って、注文聞いて、料理運んで、皿片付けて、テーブル拭いて…よくもまぁ、普段二人で回せるね」
「四野見が上手く動いてくれますからね」
「実里ちゃんか…確かに容量良さそうだもんね~」
実際の所、四野見は呑み込みが早く動きにも無駄がない。それに、お客さんにもしっかりした対応をしてくれるので、俺も安心して任せられる。
先輩も普段の悪戯好きな性格からは想像できないほどに、しっかりとした接客をしていた。注文も間違えることなく、料理をひっくり返すようなドジも無かった。
「先輩、コレ」
「ん?なにこれ?」
「今日のバイト代ですよ。本来なら月末払いですけど、先輩は今日だけのヘルプなんで」
俺は今日の売り上げから、今日一日の先輩のバイト代を給料袋に入れて先輩に渡す。先輩はその封筒を見て、何やら考えている。
「う~ん……あの、提案良いかな?」
「提案ですか?……給料はそれ以上出せませんからね。うちも結構ギリギリでやってるんで」
「そうじゃないよ…ちょっと」
そう言って先輩が手招きするので、カウンターから出て先輩の隣に座る。
隣に座ると、おもむろに先輩が立ち上がり俺の顔を見つめる。
「あ、あの…なんですか?」
「うん、提案なんだけどね………」
本当に一瞬の出来事だった。先輩が俺の方に腕を伸ばしたかと思うと、そのまま胸ぐらを掴まれて椅子から引きずり下ろされて地面に寝かせられる。
痛みこそ少なかったが、いきなりの出来事に混乱して言葉が出ない。その間に先輩は、俺の上に馬乗りになって乗ってきた。
「給料は良いからさ…幸一を、貰っていいかな」
「な、は?ちょ、何言ってるんですか、ふざけるのも…」
俺がその言葉の先を言う前に、おもむろに先輩が自分の制服のボタンを外す。そして、前がはだけた状態になり、先輩には似合わない可愛いフリルの付いた下着が見えた。
俺の混乱も最高になり、目の前の光景が何が何だか分からない。何で先輩がこんな事をするかにも心当たりが全くないし、いつもの悪戯にしては度が過ぎる。
「先輩…こういう事は、その…好きな者同士で…あの、ね?」
「私は幸一のこと好きだよ……幸一は、私の事嫌いなの?」
「え…いや、それは……」
ミリア先輩の目は真剣そのものだ。どうやら本当に、悪戯や冗談などではないと分かった。
先輩は明るく面倒見の良い性格で、誰にでも好かれる人だ。実際に学校内で、多くの生徒から挨拶されるのを見ている。
悪戯好きで時には困った行動をすることもあるが、それも愛嬌だろう。俺も何度か巻き込まれたことがあるが、最終的には笑って終われる事が多くいい思い出になっている。
だから…と言うか何と言うか、ミリア先輩の事は嫌いじゃない。いや、むしろ好きなんだと思う。でも、この俺の思っている好きって気持ちは、今の先輩の聞いている好きではないと思う。
「ねぇ、どうなの?」
「お、俺は…」
続きの言葉を言う前に、先輩の方からポップな音楽が流れてきた。どうやら携帯の着信音のようだった。
先輩はスカートのポケットから携帯を取り出し、少し画面を見ていたがそのまま電話にでないで電話を切ってしまった。
「あ、あの…でなくても良いんですか?」
「バイトの店長だし…大丈夫だよ」
「え?いや、それは大丈夫じゃないでしょ」
「いいの!今は大事なと…」
先輩の言葉を遮るように、再度ポップなメロディーが流れる。
先輩は携帯の画面を苦々しく見つめて、嫌々ながらに電話に出た。
先輩は俺の上から退くと、服のボタンを留めながら店の隅に行く。話の内容は聞こえないが雰囲気から何やら大事があったようだ。
電話が終わったらしく、苦笑いをしながら俺の方に来る。
「にゃはは…ごめん、用事が入っちゃったや」
「はぁ…」
そのまま店のドアに手をかけて、俺の方に振り返って悪戯な笑みを浮かべた。
「むふふ…今日の事をオカズにしても良いけど、あんまり頑張って明日起きれない事にならないように、気をつけてにゃ~」
「……え?」
先輩はその言葉を残して、さっさと店を出ていった。俺はその姿を、ただ突っ立って見送る事しかできなかった。
さっきの先輩はいつも通りの先輩に見えた。だが、先ほどまでの真剣な表情から、とてもじゃないがふざけている雰囲気は無かった。
ふと、その時の先輩を思い出してしまった。サラサラな髪に真剣な目、シャツから覗く肌は白く、先輩には似合わない可愛いデザインの下着が……
そこまで思い出すと、ボッと顔が赤くなるのを感じた。
「ぬあぁぁぁ~~~~~」
先輩の際どい格好が脳裏に焼き付いて離れない…ま、まさか俺は先輩に興奮を覚えているのだろうか。あの小さくて、見た目小学生な先輩に。
「お、俺って…ロリコンなのかぁ~~~~~」
♦
夜…明日の準備も終わり、いざ寝ようとすると先ほどの光景がフラッシュバックして、とてもじゃないが寝れない。
「くそっ、先輩めとんでもない事をしてくれたな」
天井を見ながら、悶々とした気分に葛藤する。
「あぁ~、もうダメだ。しょうがない、少し散歩するか」
ベッドから降りて、クローゼットからシャツを取り出して羽織る。財布と携帯を持って部屋から出る。
夜のこの町はビル街の方以外は、疎らにしか電気が点いておらずとても静かだ。
俺の家は少し高い位置にあるので、眼下にはビルの灯りや家々の疎らな灯りが見える。俺はこの夜景が好きで、たまに見に来るのだ。
夜景を横目に、特に当てもなく歩き出す。この時期夜は少し肌寒いが、俺はどっちかと言うと寒い方が好きなのでこのぐらいは気にならない。
夜風を顔に感じながら、足は自然に商店街の方に向かっていた。
商店街は何所の店もシャッターが閉まっており、閑散とした雰囲気から何だか寂しい感じがする。何でか分からないが、俺はこの夜の商店街が好きだ。
誰も居ない商店街が好きなんて、少しおかしいとは思うが、俺も何で好きなのか分からない。もしかしたら昔の事に関係するのかもしれない。
商店街を歩いていると、突然遠くの方で何かが破裂したような「ドン」という音が聞こえた。どうやら音はビル街の方からしたようだ。
少し気になったので、ビル街の方に足を向ける。
♦
「おいおい、結構な大事じゃないのか…」
商店街を抜けて少し歩くと、一番大きいビル「テクトリー」の本部だ。テクトリーは邂逅の日以降に創られた世界的な組織だ。主に世界の政治や軍事を取りまとめるような役割を担っている。
今俺の眼前でそのテクトリーの本部であるビルから、濛々と黒い煙が上がっていた。
テクトリーはその性質上かなり警備も固く、そうそう事件や事故は起こらないはずだ。しかし、今現実として目の前ではビルのあっちこっちから煙が濛々と吐き出されている。
知り合いがテクトリーで働いているのを思い出して、電話を掛けるが、直ぐに機械的な声が聞こえてくる。どうやら電源を切っているからしい。
「まったく、何でこんな時に切ってるんだよ」
俺に何かができるわけでもないが、あそこには知り合いが居る。ただここで何もしないで居る事なんかできなかった。
俺はテクトリーに向かって走っていた