君に嫌われたら死んでしまう!!?
その日は妹の誕生日だった。
幼い頃に父さんを亡くして以来、母さんが看護師をして俺たちを一生懸命育てくれた。
贅沢もできないし、年頃の娘なのにおしゃれの一つも満足にできない妹の為にプレゼントを買った。
バイト代溜めて買ったのは最近人気らしいネックレス。
兄妹でこういうプレゼントってキモいかなって思ったけど、でもまぁ、妹が、緑里が喜んでくれればいいか、なんて。
喜ぶ顔を思い浮かべると楽しくて、ルンルンで帰った。ら、
「あ…、あ…っ、あ、」
プレゼントを開けるまで嬉しそうにしていた顔は一転して、
真っ青な顔、震える唇、大きく見開かれたまま瞬きさえ惜しいと言わんばかり"それ"を凝視する丸目。
それを、ネックレスを見た途端、恐ろしいものと出会ったかのような反応を示し、そして、そのまま、
「緑里ぃいいいいいい!!!!!」
気絶してしまった妹だった。
急いで母さんに電話しようとしても、慌てすぎてスマホを落として。
あああ、俺、マジ落ち着け!!とか思ってると、これまた急にむっくり起き上った妹。
「っぎゃあああああ!!松野 藍!!!!」
俺の顔を見た途端、何故か名前を叫ばれた。
しかも何やら怯えてる。は?
「み、緑里…?えっと、だ、大丈夫なのかよ?」
「し、喋った…!!!」
「はぁ?」
「ランランがっ、ランランが喋った!!」
ランランって…俺のことか?
何だ、そのパンダみたいなあだ名。
つーか大丈夫なのか、いや、大丈夫じゃないよな?
俺は母さんに電話を、あ、いや、そうだ、救急車呼ぶべきだったか。
とにかくスマホを拾って、それで…
「あれ、このネックレス…」
「誕生日プレゼントだよ、それ見た途端緑里倒れちゃったけど。なんか不吉だな、それ」
返品するか?と首を傾げれば、やんわりと首を振られた。
「これ、パレ恋の公式グッズ…?」
「パレ恋?なんだそれ」
長い長い夜が始まった。
そして悍ましい物語は始まった。
最初は会話すらまともに成立しない状態からのスタートだった。
何故か緑里は俺を兄と認識していない。
それどころか自分が緑里とすら分かっていない。
私の名前は、と言いよどむ姿を見れば、記憶喪失かと焦ってスマホを手に取ってしまうのは仕方がなかったとは思う。
だけど連絡はしないでくれ、大事にしないでくれと懇願され、最終的に俺のスマホは緑里の手の中に。
思い返せば無視して連絡すべきだったんだろうけど、緑里がこんなに必死なのは父を亡くして以来初めて見たせいだろうか、強く出れなかったのだ。
緑里は我が強い子だった。
俺が7歳のとき、つまり緑里が6歳のときに父さんが死ぬまでは。
自分のものと決めたら例えゴミでも人にやるのには抵抗を見せるという、謎の執着心。
それが父さんが死んでから全くと言っていいほどなくなり、大人しくなった。
我儘も言わなくなったし、死んだ直後は大泣きしたものの、それ以降決して泣かなくなった。
いつも一歩後ろにいるような控えめな性格になってしまった。
小さな声で喋って、思いっきり笑わなくなってしまったのだ。
それがどうだろう、今の緑里は叫びっぱなしなのだ。
とりあえず目を合わせたら叫ばれることは確認できたが為、お互い下を向いて話すという何とも言えない状況である。
「それで緑里は、…お前は一体どうしちゃったのさ」
「うわぁ…、ランラン、近くで聞けば聞くほど美声なんですけど。さすが谷さん」
「いや、誰だよ谷さん」
「ランランの中の人だよ…」
「は?」
…俺の妹はどうしてしまったのだろうか。
中の人って、え、何、俺のこと宇宙人だとか思ってんの?
谷さんとかいう宇宙人が人間の皮である俺を被っているとでも?
「あのな、」
「はいっ!!」
「いい返事だな…。
それで、なんだ。まず俺は人間だ、分かるか?」
「勿論です!
…ん?待ってください待ってください」
「なにさ」
「もしかしてランランってランランじゃなくって、…えっと、あの、生身の人間だったりします?」
「はぁ?何当たり前のこと言ってんの?」
「こ、コスプレイヤー?え、こ、こんなリアルな?マジ松野 藍のまんまじゃん!!てか、え、なんであたしそんな人の部屋にいるの!!!?ええ!!!?ゆ、誘拐!!!?」
「はぁー!!?」
「キャアアアアアアア!!!!イヤアアアアアアア!!!!変態いいいいいいいいい!!!!」
「ちょ、叫ぶなって!!隣の人に聞かれたらどうすんだよ!!壁薄いんだぞ!!
つーか俺変態じゃねーし!お前の兄貴だろーが!!」
「イヤアアアアアア!!警察!!警察呼んで!!兄貴なんて…、え、兄貴?」
なんだ、なんなんだ、この極端な反応は!!
喚いたと思ったらピタッと石みたいに固まる。どうした緑里。
なんか別人みたいだ、そもそも緑里は自分のことは緑里と呼ぶんだからあたしという時点でおかしい。
「俺はお前の、緑里の兄貴だよ。…本当に忘れちゃったのかよ」
つーか俺のスマホはお前の手の中だっつーの。
「っうわああああああ!!」
「っ、な、なんだよ!!」
「い、イケメンがそんな顔しちゃいけませんっ!かっこいいんだからもうっ!!」
「…は?」
「もうやだああ!!超本物っぽいよ、お兄さん!!
でもその、ちょっと…頭おかしい、のかな?神は二物を与えずってことになるのかな。
とりあえずあたし、帰ってもいいかな…?」
不安気な顔。
俺はもんのすごくショックを受けた。
妹が、あんなに可愛かった妹が、妹でない何かに変わってしまったような、そんな感覚。
こいつは、誰なんだ。
さっきまでは緑里だった、気絶する前までは確かに緑里だった。
だけど今は何かに憑りつかれたような…ああ、そうだ、憑りつかれた、その言葉がしっくりくる。
まさかこんなことが目の前で起こるなんて。
その後、出て行こうとする緑里に憑依した何かを止めるのは大変だった。
憑依だとか、そういう知識がとにかく浅い俺は、成仏してください!とひたすら言えば、お兄さん電波だねと苦笑いされる始末。
そんな攻防戦を繰り広げているうちに、またも緑里が倒れた。今度は高熱を伴って。
緑里が倒れたのと母さんが帰ってきたのはほぼ同時だった。
コンビニで買ってきたと思われるケーキを持った笑顔の母さん。
そんな母さんが慌てている姿を見たら、憑依だなんだ言えなくなってしまった。
そもそもこういうのは精神に問題があって、体には影響が出ないはず。…よく分からないけど。
翌朝、泣き泣き仕事へ行く母を送り出して、俺は学校を休んだ。
目が覚めたら元の緑里に戻ってたら、なんて思いながら。
中々起きなくて不安になったけど、穏やかな寝顔を見てたらなんだか大丈夫な気がして、結局目を開けた緑里と対面したのは夕方だった。
「お兄ちゃん…?」
「み、緑里!?起きたのか!?体は平気かっ?それに、」
「ちょ、一気に色々言わないでよ、あたしは寝起きなんだから!」
ピキッとヒビが入った音が聞こえた。
確かに今緑里はお兄ちゃんと言った。だけども、"あたし"とも言った。
めんどくさそうな、怒ったような顔が珍しくて思わず凝視しながら考えた。
何がどうなってるんだ?
「あ、あんまり見つめないでよ…恥ずかしいよ、お兄ちゃん」
ああ、これは確かに緑里。
「ごめん、…でも、なんか昨日からお前変だったから」
「……お兄ちゃん、あの、あたし、松野 緑里なの?」
「何当たり前のこと言ってんだ、ばか」
「っ、お、おおお兄ちゃん死なないで!!!!」
「は?」
緑里は、緑里。
だけど何かおかしい。
ていうか死なないでって何だ、死なないでって。
俺は寧ろ緑里のほうが心配なんだけど。
「黒島 哲平は!?」
「っ、」
「いや、それよりもヒロインが…、てか、え、今って何月何日だっけ!?」
「9月9日だけど…、」
「イヤアアアアアア!!!」
ヒロインとか訳分かんないこと言ってるし、また叫んでるし。
明らかおかしい。
でも、だけど。
緑里は黒島 哲平を、テツを知っている。
苦々しい記憶しか残っていない、出来たら忘れてしまいたいテツのことを。
「おおおおおお兄ちゃん、落ち着いてき、聞いてほしいんだけどっ」
「…とりあえず緑里が落ち着けよ」
「お兄ちゃんは、こ、殺されちゃう…」
「はぁ?」
人のこと昨日電波呼ばわりした割には緑里も結構…。
ていうか、殺される?誰が?誰に?
俺は人に殺されるほどの恨みは売ってないはず。
いや、一人だけいる。
それがテツだった。
だけどあれは中2のときの出来事で、あれから3年も経った今…いや、そもそも殺されるほどの恨みではない、と思いたい。
「なあ、緑里。悩みでもあんの?昨日からおかしいぞ、お前」
「あ、えっと、その…、」
目を右へ、左へと泳がせた後、覚悟したのか、正座して言った。
「わ、わたくし、松野 緑里は、転生いたしました…!」
「…はぁ!?」
「うん、信じられないよね!!信じられないよね、分かってるよ!!」
「いやいやいやいやいやいや」
「あ、あたしだって昨日の、それもお兄ちゃんが買ってくれたプレゼント見るまでは何ともなかったよ!!
ただ…見た瞬間、前世?の記憶がバーッて出てきて、それで、えっと、こ、子供のとき好きだった遊びから死ぬ直前まで、全部思い出して、そしたら、め、目の前にいたお兄ちゃんがゲームの、パレ恋のキャラで、訳分かんなくて、とにかく怖くって、でも冷静になったら別の意味で怖くって、そんで、でも、なんか、急にまた思い出して、あたしは松野 緑里で、それでお兄ちゃんは松野 藍で、今日は、昨日はあたしの誕生日で、お母さんは看護師でって、色々思い出したら今度はお兄ちゃんがいて、それで、思い出したの」
しどろもどろに言葉をつらつら並べる緑里。
どうやら混乱しているらしい。
よく分からないけど、色々"思い出した"らしい。
…だめだ、俺も分かんなくなってきた。
そもそもパレ恋ってなんなんだよ、意味わかんねーよ。
「とにかく、そのテッペーくんが、」
「待って、ちょっとタンマ」
「え、あ、その…」
「とりあえず…、お前は緑里でいいんだな?」
「う、うんっ!!」
「そんでまぁ…、転生した身だと?」
「そう、そうです!」
信じがたいけど、細かいこと、…いや決して細かくはないけど、
とにかく今はそういうのは流して聞かないと話が進まない。
「それでパレ恋ってのは?」
「…お、思い出すのも寒気がするんだけど、」
そこで一区切りして言うには、
「パレットde恋しよっ~カラフルレボリューション~」略してパレ恋。
それは前世にあった乙女ゲームであり、緑里に言わせるとクソゲーだそうだ。
どうやら緑里は前世では高校生の時に吹奏楽部の先輩に勧められて乙女ゲームにどっぷりハマったらしい。
高校生活も残りわずかとなったところで仲の良い友人に教えてもらったのがこのゲームだそうだ。
緑里は黒島 哲平というキャラクターの容姿が好みのドストライクだったらしく、順調に攻略を進めていったらしい。
ただ黒島 哲平には深い深い心の闇があって、その原因が俺、松野 藍だというのだ。
夏休みも終えて、二学期に突入した頃、ヒロイン、つまりプレイヤーは黒島 哲平の大きな秘密を知る。
それが「愛の証明」イベントだそうだ。
「…えっと、つまり、緑里」
「は、はい…」
「俺は、テツが俺を嫌いとヒロインに言ったら、ヒロインに殺されると…?」
「そういうことになりますね、…っ、ああああ!お兄ちゃん、どうしよう!!?」
黒島 哲平ルート?とやらに入ると、俺は中2のときに仕出かした、大きな大きな罪を、ヒロインによって罰せられる。
秘密と共に、俺が憎くて、嫌いで、どうしようもないのだと言ったテツの為に、ヒロインは証明するのだ。
貴方の嫌いな人は私が消してあげる、と。
「こ、このパレ恋は…、ヒロインがヤンデレっていう、クソゲーなのっ!!」
選択肢はどれも俺を殺すものしか用意されておらず、そしてその行為が残酷であればあるほどテツの好感度は上がる。
最初は恐れおののいたテツも、徐々にそこまで尽くしてくれるヒロインに心を開く。らしい。
しかも酷いのが、俺を殺す描写が偉く丁寧に描かれているらしい。
実際には殺してないはずなのに、人殺しになってしまった感覚が消えず、緑里はそこで急いでやめてしまったらしい。
怖い話がテツの秘密も、それにヒロインらしき女が今春に転入してきたのも事実だった。
俺がテツに恨まれる原因にもあたるその秘密は誰にも言っていなかったのに、緑里は迷いなく言った。
勿論転入生のことだって話したことはない。なんせ関わりがないのだから。
お前、いつの間に電波になったの?なんて笑い飛ばすことができない。
周りからアホだの楽観的すぎるだの言われてるのに、ポジティブに物事を受け入れられない。
緑里の嘘みたいな話を信じてしまっている俺がいる。
「つまり…俺は突然現れた女に殺されるって、そういうことか?」
「ううん、確か話しかけて、…そう、最初は探りを入れてたの。
それまでランランは出て来なくって」
「…そのランランってのは?」
「お兄ちゃんの愛称だよ、お兄ちゃんは隠しキャラで人気があって、ファンの子たちがそう呼んでるの」
「は?隠しキャラ?なにそれ?出てくんだろ?隠れてねーじゃん」
「えっと、ある条件をクリアしたらお兄ちゃんも攻略できるようになるの」
「ある条件?」
「黒島 哲平ルートに入ってから、何かしたら入るとか言ってた気がする」
「…へーえ」
「で、そのときのライバルキャラがあたしなの」
「は?つかライバルもいんの?」
「そうだよ!
松野 緑里は子供のときにお父さんを亡くしてから、お兄ちゃんにずっと執着してて、お兄ちゃん以外は何もいらないってタイプだったの。
だから攻略しようとするヒロインを死に物狂いで邪魔してくるの」
…マジか。
確かに緑里は執着深いタイプだった。
でも父さんが亡くなってから我慢強くなって、お菓子とか譲ってくれるようになったと思ってたら、実は…ってことかよ。
全然知らなかったんだけど。…っていうか、それを言うのが本人ってのが、また…こう、くるよね、精神的に。
「あたしは途中でやめちゃったから詳しく知らないんだけど…、ていうか何でよりによってこのゲームなんだろ…、どうせなら愛しのバンビとかのが良かった…」
「…悪かったな、俺で」
「え?ち、違うよ!お兄ちゃんは悪くないし、大好きだよ!!
そりゃこんな乙ゲーっていうよりもホラゲーに転生しちゃったのは怖いけど、でも、お兄ちゃんに会えたのは嬉しいよ!前は一人っ子だったし!」
「ふーん」
「あの、えっと…、その、あたしこそごめんね。
このゲーム詳しいハナなら、友達だったらお兄ちゃんの死亡フラグ折れたかもしれないのに。
…っていうか、そもそも思い出すのが遅くてごめんなさい!!
もし子供のときから知ってたら、お兄ちゃんと哲平くんの関係がこうならなかったかもなのに…」
「…いや、あれは俺が悪いし。
回避しようにも出来ないでしょ、気持ちの問題なんだから。
それに俺は緑里が妹で良かったよ?寧ろその、俺を殺すことに嬉々としてた子が妹ってのはちょっとな…」
「いい子なんだけどね…」
妙な雰囲気を消し去るようにハキハキと妹は言った。
なんだか少し眩しかった。
こんなに元気な緑里は小さい時以来だったから。
「でもさ!哲平くんルートに入ってさえなければお兄ちゃんは大丈夫だよ!」
「…本当に?」
「うん!逆ハーエンドがないって嘆いてたから、多分他は大丈夫だと思う!」
「えっと、ちなみにテツみたいなのって何人いんの?」
「攻略キャラのこと?
えっとね、確か4,5人くらいかな?
でも今の時期だし、個人ルートに入っちゃったらほとんど出てこないけど」
「俺、他のやつんとこでは死なない…よな?」
「えっ?…あ、ど、どうしよう!
あたし、黒島 哲平が初めてで、しかも途中でやめちゃったから他は分かんないよ!?」
「いや、まぁ俺もテツ以外に恨み売ったやつは心当たりないし、大丈夫だとは思うんだけど。
でも出来たら関わりたくねーなって」
「あ、そうだ、友達が言ってたんだけど、攻略キャラには名字に色が入ってて、ライバルキャラには名前に入ってるって。名字と名前にどっちも入ってるのがサポートキャラとか…だったかな?」
「…は?」
「え?」
「俺、え、あ、藍色って、言う、よな?」
「う、うん?」
「ライバルキャラなの?」
「……、で、でも黒島 哲平ルートではライバルではなかったよ?
良い人だけど、黒島 哲平のこと嫌悪してて、ただの悪役っていうか」
「はぁ!?じゃあ俺、誰のライバルなの!?
つーかこれ乙女ゲームなんだろ!?なんで男がライバルなんだよっ!!」
「そ、それは…、あっ、でもライバルって敵だし、悪役のお兄ちゃんも入るんじゃないのかなーなんて」
嘘だろ、冗談だろ?
いや、でもテツが攻略キャラって時点で有り得るのか?
だってテツは、
「そうだ、周りにかっこよくて名字に色の入った人っていないの?」
「名字に…?…あっ!」
「いるの!?」
「俺の親友、青山 雅なんだけど!!
あとバイト先によく来るイケメンの先輩が赤川 篤っつって、学校で一番モテてる…かも」
「そう!確かそんな名前だった!!」
「…マジかよ、赤川先輩は置いといても雅とか冗談だろ」
テツは男のくせに男が好きだった。
中学生のとき、俺にだけ打ち明けた"秘密"だった。
しかもその好きな相手が雅だったのだ。
気持ち悪くて、でも今までの付き合いもあってそんなこと言えなくって。
かと言ってこれまで通り一緒にいるのも気持ち悪くて。
2,3日普通に、普通に努めた。
でも体が触れる度に、雅を見つめるテツの目を見る度に、意識して、気持ち悪くて。
悪いとは思ってた。
でも、無理だった。生理的に。
だから、俺は、離れた。
それがどれだけテツを苦しめたかは分からない。
テツは表情筋が死滅してんのかと思うくらいいつも無表情だったし、口下手だったから、幼馴染の俺以外に友達なんていなかったんだ。
友達の友達として人懐っこい雅はよくテツに話しかけてて、多分そのときになんかあって好きになったんだと思う。
でも俺が離れたら雅もわざわざ話しかける理由もなくなって、自然と二人の間にも距離が空いた。
それが1週間くらい続いた頃、家の前で待ち伏せされた。
やっぱ気持ち悪いよな、と悲しげに笑って。
雅に言ったの?と言われて黙って首を振った。
ちょっとの間、気まずい沈黙が漂った。
それを打ち破ったのはテツで。
蜂がいたんだ。
俺の名前を呼んで、手を引いて遠ざけようとしてくれたテツの手を、俺は叩き落とした。
そう、反射的に。さっきも言った通り生理的に受け入れられなかったから。
一度蜂に刺されたことのある俺を守ろうとしてくれたテツを拒絶してしまったのだ。
そのときのショックを受けたテツの顔は決して忘れられない。
言い訳しようにも、むくむくと湧いてくる酷い言葉しか思いつかなくって、それで言ってしまったのだ。
「お前、気持ち悪いんだよ!!
もう俺にも雅にも近づいてくんな!!」
一番マシな言葉ではあった。
でも、酷いことを言ったのは分かってる。
そのままテツを押しのけて家に飛び込んだ。
俺は、忘れてしまいたかった。
あのあとテツはずっと孤独だったと思う。
遠巻きに女子が騒いでたけど、誰もテツに近寄らなくて。
高校に入ってもそうだった。
ただクラスが分かれて、言葉通り俺にも雅にも近づかなくなったテツとは関わりがなくて、ぶっちゃけ記憶から抹消しかけてた。
「で、でもお兄ちゃん」
「…ん?」
「その、二次創作では、言いにくいけど、お兄ちゃんと哲平くんのBLもあったよ?」
「は?」
「だから、雅くん?のライバルキャラじゃないかもしれないよ…?し、親友なわけだし」
「…そう、だといいんだけど」
雅のライバルキャラとか冗談じゃない。
でもかと言ってテツのライバルもいやだ。
つーか、そもそも俺はホモとか受け入れられないタイプなわけであって、
要するに雅にもテツにも恋するわけがないんだ。
それでもライバルキャラって言うんだから…、その恋愛絡みなら矢印が逆、…つまり惚れられてる可能性も否定できないわけで。
こればっかりは俺の力ではどうしようもない。
でもテツは雅が好きだし、……そういえば雅ってイケメンなのに彼女いたことないよな。
って、いやいやいやいやいや。んなことありえねーし!
単純に攻略キャラとかいうやつだから、綺麗な体なだけだろうよ!!あいつ純情だし!!お、おお俺のこと好きとかねーよ、絶対!!
「そ、そそそんなことよりも、どうやったらルート?に入るって分かるんだ?」
「それは…えっと、分かんない」
「は?」
「でも多分だけど、ヒロインが一番傍にいる相手だと思う…」
「…明日確認してくるわ」
「うん…、」
なんか、疲れた。
緑里が緑里じゃなくって、でも緑里で。
ああ、そうだ。
自分のことばっか考えてゲームのことしか聞いてなかったけど、こいつの前世ってどんなんだったんだろう。
聞いていいんだろうか、…出来たら知りたいとは思うけど。
翌朝、うっかり遅刻しかけた俺です。
や、早く行って確認しようとは思ったんだけどね!
そんな俺を迎えてくれたのは雅。
うげ、…正直こいつには今あんまり会いたくなかった。
でもまぁ、本当にゲームとは限らないわけだし、変な態度取るわけにもいかずへらへらっと笑っといた。
…しかしまぁ、あれだよな、俺も育成ゲームとか好きだし、そういう世界で生きてみたいとは思ってたけど、もしかしたら既にゲームの中に入ってるかもなんて。
いやいや、もしかしたら緑里の前世もゲームの世界なのかもしれない。
例えばここでのゲームが向こうの現実だったり…、なんて、あるわけねーか。
モンスターとかいないだろうしな、…あー、現実って世知辛い。
「あのさぁ、雅」
「んー?どったの?」
「転入生っていたじゃん?」
「ん?美桜ちゃんのこと?」
「あー、多分その子。お前仲いーの?」
「いや、普通だけど。つかどしたのさ。
藍が女の子に興味示すとか珍しいじゃん」
「別に普段から興味ないわけじゃねぇよ。
ただバイトが忙しくて彼女作る暇がないだけですぅー」
「まぁどっちにしろ珍しいじゃん?どったの?」
「…や、何組の子だっけなぁーって」
「B組だよ。
俺、春にちょっと話したくらいだからよく知らないんだけど、良い子そうだったよ」
…ってことは、少なくとも雅ルートではない?
「そっか、分かった。ありがと」
「あ」
「ん?」
「でもてっぺーとは仲良かったと思うぜ?」
「…は?」
「これを機にさ、仲直りしたら?お前ら。
何が理由か知らねえけど、喧嘩別れってあんま楽しくないだろ。
特にお前らは仲良しだったんだからさ」
「……、」
「聞いてるか?…おーい、藍ー?」
テツとは、仲が良い…?
それって、それは、つまり、…黒島 哲平ルートに入ってる?
まだ9月に入ったばかりだからまだ秘密は打ち明けていないと思う、と緑里は言った。
イベントに入ったらヒロイン、何とか美桜が話しかけてくるらしい。
とりあえず俺はテツに"俺が嫌い"だと言わせてはならない。
そして学校では念のため緑里の名前も出してはいけない。
…それが昨日、テツルートに入ったときのための対策だった。
変なところで俺ルートに入っても困るため、決して緑里とヒロインは会わせてはならない。
こうして俺の命をかけた"ゲーム"は始まった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「美桜、俺はお前に言ってないことがある」
「えっと、どうしたの?哲平くん」
「お前が俺に好意を寄せてくれてることは薄々気づいてた」
「っ!そ、そんな!」
「でも、俺は…お前に好かれていい男じゃないんだ」
「…どういうこと?」
「お前のこと、…好きになれるかもしれない。
でも、俺は愛より、憎しみに生きてるような奴だから」
「哲平くん…?」
「俺は、」
「ストーーーーーップ!!!!!」
放課後、走り回ってようやく見つけた。
図書室なんて初めて来た。
そしたら、聞こえてきたのだ。
珍しくよく喋る、いや、もしかしたら俺が知らない間に変わっただけかもしれないけど、だけど確かにテツの声だった。
「っ、な、」
「だ、誰っ!?」
あぁ、可愛いかも。
ぶっちゃけ好みなんだけど。って、違くって。
「な、んで…お前、」
「て、テツ!!」
ぶっちゃけ震えそうなくらい怖いけど。
でも、逃げちゃだめだ。
だってさっきコイツ、憎しみとか言った。
「あ、は、初めまして何とか美桜ちゃん、俺松野 藍!」
「…鮎川 美桜です、」
「あの、その、俺テツの幼馴染で、話がしたいから、ごめん、先帰ってもら」
「黙れよ」
聞いたこともないような、低い声。
見れば向けられたことのないような、憎々しい目が俺に向けらていた。
あ、の、俺、へ、ヘタレでして。
ちょっと、やめてくれ。そんな目で俺を見るな。
最初っから怖いんだから、ビビらせんなって。
「俺はこの世で誰よりも何よりも一番お前が、」
「おおおお俺は好きだ!!!!!」
「…は?」
「大好きだっ、テツ!
だ、だから…き、きき嫌いとか言うなって、」
「は?」
「そう、あの、ずっと好きで、や、だからって傷つけていいわけではないのは分かるけど、あの、だから、言うなよ、嫌いとか、…頼むよ」
「そ、んなの信じられるかよっ!!
今更テメエの言うことなんか!!何が好きだ!!気持ち悪いって言ったのは誰だよ!!
どの面下げて俺の前に現れた!消えろ!!」
俺の命は、儚く散りそうであります。
閲覧ありがとうございました。
流行に乗ってしまいました。腐女子でごめんなさいね。
私生活が落ち着き次第、こちらも連載したいと思っています。
2014年10月1日 夏野 優奈