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夕暮れ空  作者: 貫雪
9/11

新入り

 カズヒロの葬儀の後、華風組では厄介事を抱え込んでいた。その一つがヒロ子の事だ。


 華風組では、組の者に何事かあった時には、それ相応の補償をするのがしきたりになっている。


 昔は金銭的に困ったものが組に命を張って、その代償として家族の生活を保障したのだから、当然のしきたりだ。なのにヒロ子は補償を断ってきた。


 ヒロ子はそれでいいだろうが、組には体面がある。他の組織に面子も立たないし、組員にも示しがつかない。何とかして受け取ってもらおうと、組長や静江が躍起になってヒロ子を説得していた。


 初めのうちは話しも聞かないヒロ子だったが、ひと月、ふた月と根気良く説得するうちに、ようやく組の事情に理解を示し始めた。そしてどうにか受け取りを認めさせ、アツシがヒロ子に会う事になった。ヒロ子の方からの指名だ。


 わざわざアツシを指名するのなら、ハルがらみだろう。本当ならハルに会いたいのかもしれない。


 そう思いながら、アツシはヒロ子の部屋へと向かった。



 行って見るとヒロ子は引っ越しの荷造りに追われていた。街を出て行くという。

 

 実は静江に「もう、連絡できなくなるかもしれないから」と、金額に色をつけて持たされていた。静江の判断は正しかったようだ。


「ここにいると、どうしてもカズヒロを思い出すので」

 そう、ヒロ子は言うが、当然ハルの事もあるに違いない。


「ハルとはあれから一度も?」


「ええ、会っていません。会ってもらえるとも思いませんし」


 そうだろう。カズヒロが生きていた時でさえ、あんなにこだわった二人だ。とてもうまくいくとは思えない。


 とにかく気が変わらない内に持たされた封筒を渡してしまう。受け取る気になったのはこの引っ越しとも無関係ではないのだろう。きっとこれが引っ越し費用や、その後の生活費になるはずだ。


 これがハルと縁の切れる決定打かもしれないと思うと気が重いが、仕方がない。ヒロ子もすんなりと受け取った。


「最後になると思うので聞きますけど、あなた達、私に何を隠しているんです?」

 ヒロ子がそう、聞いてきた。


「思い当たることはありませんが……。なんでそう思うんです?」

 アツシが逆に聞き返してみる。


「春治さんの目は私に嘘を言いませんから。あなた達が私に隠すことと言ったら、カズヒロの事しかないでしょう? 春治さんはカズヒロは納得した最期を迎えたと言ったけれど、本当のところはよほど悪い死に方をしたようね」


 バレバレじゃないか。そう言えばハルはヒロ子さんの前では普通じゃ無くなるんだった。


「そんな事はありませんよ」


 アツシとしてはそう言うしかない。ハルにこの事は墓場まで持って行くと約束してある。


「カズヒロが死んだのは誰のせいでもないわ。あの子が望んだ生き方の先にあったのが、ああいう最後だったというだけです。もし、私達の事で、あの子がカッとなったのなら、それは私のせい。春治さんのせいじゃない」


「気の回し過ぎですよ」


 最悪だ。ここまで勘ぐられているんじゃ、隠しきれない。それでも言葉にする必要はない。


「あの時誘ったのは私の方です。部屋に通したのも私。でも、誰も悪くはないの。春治さんに伝えてほしい、気にしないでって。それと……」


 赤裸々に語られてアツシも困惑する。ヒロ子はまだ本当に伝えたい事があるようだ。そうまでしてハルに言いたい事とは何なのだろう?


 ところがヒロ子は口を開かない。かなり迷っているらしい。そしてふっとため息をつく。


「春治さんを一生恨むと言ったけれど、それは難しくなりました。そう、伝えて下さい」

 ようやくヒロ子が言った。


 ヒロ子が言おうとしたのは多分こんな事じゃない。本当に言いたい事はどうやら飲み込んだらしい。


 しかし「一生恨む」か。そこまでハルに言ったのか、それともハルが言わせたのか。


「街を出るなら、最後にハルに会ってみませんか?」アツシが聞いて見る。


 ヒロ子は迷っている表情を見せる。アツシも迷っていた。実はそれが組が抱えるもう一つの厄介事だった。


 ハルの状態があまりにも悪いのだ。平静を装ってはいるが、沈んでいるのは勿論、刀はおろか、木刀すら握れなくなってしまっている。完全にトラウマだ。


 ここでヒロ子と会って、うまい具合に立ち直ってくれればいいが、裏目に出る可能性も大いにある。


 ハルに何か伝えたげなヒロ子の様子を見ると、会わせてやりたいとも思うが、何だかこれはとても重大な事のような気がする。二人を合わせる事がいいのか悪いのか、判断が付きかねる。


 世話焼きのハルがこんなにも世話を焼かせるとは思わなかった。俺には少々荷が重すぎるようだ。


「やっぱり、会うのはやめます。今日はわざわざありがとうございました」

 ヒロ子は頭を下げた。


 アツシが悩んでいる間に、ヒロ子の方が決断してしまった。アツシはいとまを告げてヒロ子の部屋を後にした。



 アツシはヒロ子の言葉をハルにどう告げたものかと、思案しながら組に戻った。


 肝心のハルは稽古場で、鞘におさめたままの刀を睨んで座り込んでいる。その姿を見ているうちに、アツシは何だか腹が立ってきた。


 ヒロ子はあれだけ迷い、悩みながらも、次の生活を見据えている。なのにこいつはなんなんだ? 平気そうな顔を作っておきながら、刀使いが刀一本握れなくなってるじゃないか。


 アツシは奥の部屋から刀を一本持ちだした。どれがいいのか分からないので一番手元にあるのをつかんで鞘を抜いた。そのままハルの前に立ちはだかる。ハルは唖然とした。


「お前に刀が振れるのか? 怪我をするぞ、やめておけ」


「握る事も出来ないお前に比べりゃ、ずっとましだよ。さっきヒロ子さんに会って来たんだ」


「元気だったか?」


「元気な訳ねえだろ? お前を一生恨むのは、難しくなったと伝えてくれと言われたよ」


 こうなったら、そのまま全部伝えてやる。もう、ヤケだ。


「さっさとお前も抜けよ」


「おい……本当に怪我をするぞ」


 確かに緊張で力が入る。手には汗まで掻いてきた。だからこそ言いたいように言える。言葉を選ぶ余裕はない。


 仕方無さげにハルも刀を抜いた。かまえはしないがこちらの動きは見ている。


 木刀のように振りおろす。意外に重い。緊張で余計、重さを感じるのかもしれない。当然ハルは簡単によける。


「もっといいたい事がありそうな気配だった。彼女、引っ越して街を出て行くそうだ」


 無様につんのめった体制を立て直す。ハルの表情をうかがう余裕もない。それでもハルに向かって行く。


「お前にもう一度会うかどうか、随分迷っていた。それでも会わないと決めたらしい。お前はどうなんだ?」


「会う気はないよ」そう言いながら軽くかわす。


 アツシは出来る限り刀を振り回す。ハルはひたすらよけて歩いている。刃先は目で追っているが、刀を使う様子はない。アツシの方が息が切れてしまう。


「ヒロ子さんは感づいてるぞ。カズヒロがどんな死に方をしたのか」


 ハルの動きが止まる。アツシが必死で振り上げた刃を刀で受け止めた。


「お前の目は嘘をつけないそうだ。よほど悪い死に方をしたんだろうと思っているらしい」


 一度離れてさらに振りおろす。今度は軽く跳ね返される。


「カズヒロがカッとなったなら、それはお前のせいじゃない。気にするなと言っていた。もう、ほとんど分かっているんだ。あの人は」


 緊張の汗で手が滑る。足もおぼつかなくなってきた。


「彼女だって苦しいんだ。それでも決断している。お前はカズヒロに何を教えて来た? この刀は何のために振っているんだ?」


 緊張感が続かない。限界だ。アツシはその場に座り込む。


「このままじゃ、カズヒロの奴、無駄死にだ」大きく息を突く。


「彼女、本当にお前に会うのを迷っていた。何か、言いたそうにしていた。でも、今のお前を見せる気にはなれなかった。あんまり、情けないじゃないか」

 ようやくハルの表情をうかがった。


「会わなくて正解だ。俺はカズヒロに言ったんだ。自分に呑まれないようになるために、この刀を振るうんだって」


 ハルは手にした刀を見つめていた。目に力が戻っている。


「自分で言っておいて忘れていた。無駄死になんかにさせない。俺はこの刀を使う意味を知りたい」   そう言いながら刀を握りなおす。


「それを知っていれば……自分に呑まれなければ……カズヒロを死なせずに済んだんだ」



 一週間後、ヒロ子は街を去っていった。ハルに再び会うこともなく。



 そして時は流れていく。華風組は新入りを入れなくなった。ハルは勿論、誰もが若い者を新たに組み入りさせるのに慎重になっていた。それでも二年の月日が流れると、組の過去の傷も癒やされてきていた。


 ある日、組長の妹の富士子が、静江にこう言って来た。


「裏口に変な子が張り付いてるの」


「変な子?」


「前に辰雄をかまっていたんだけど、うちの組に入りたいって言って、裏口の戸口にずっと張り付いているのよ」


 富士子に促されて静江が窓から覗いて見ると、確かに十七、八ぐらいの少年が裏口の前に立っていた。


「まだ子供じゃないの。親に叱られて家出でもしたのかしら?」


「それが両親が死んで、親戚ともうまくやれないって言うのよ。行くところがないから、ここに来たって」


「とんでもないわ。ここは家出人の預かり場所じゃないのよ。一晩考えれば頭も冷めるでしょう。放っておきなさい」


 そう言って一晩誰もが窓を除きながらも様子を見たが、少年はとうとう帰らなかった。ついには出かけようとする富士子に仲介を頼んできた。


「どうしよう……。何だかやけに思いつめた顔してたわ。まさか変な気を起さないかしら?」


 とりあえず戸口に通してしまった富士子が、おろおろしながら言う。


「でも、あまりにも若すぎるわ。どう見ても普通の高校生じゃないの。ここには早すぎる」

 静江も困惑気味だ。


「本当に、他に行くあてがないのか?」組長も困り顔で言う。


「本人はそう言ってる。ねえ、兄さん。いっそ、ハルさんに面倒を見てもらったらどうかしら?」そう、 富士子が言い出した。


「ハルに?」


「だってカズヒロさんの事がある前は、若い人の面倒はみんなハルさんが見ていたじゃない。あれからもう随分経ってるし、ハルさんならどんなに若くてもちゃんと面倒見てくれるんじゃないの?」


 随分経ってる。若い富士子からすれば、二年の歳月は長い物なのだろう。大人にとってはあっという間でも。


 しかしこれはハルにとってはいいリハビリになるかもしれない。年若い分大変だろうが、それだけ面倒の見甲斐もあるだろう。富士子がこんな風に物を頼むこともめったにないのだし。


 溺愛する富士子に組長はいささか甘い。とうとう組長は少年を組み入りさせる決断をした。


 少年の名は聡次郎と言った。



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