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第6章 貴方と私の創った世界、それは永遠に続きますか?

 優の帰りはちょっと、いや、かなり遅い。

 出てから10分以上がたっている。

 そこに自動販売機がみえたから頼んだのに。

「アスカ」

 優だろうか?呼びかける声がする。

 でもおかしい。声が高すぎる。そしてなんていうか、現実感がない。

 私は思わず振り返る。ベンチから少しだけ腰を浮かせる。そこには忘れたくても、どこか忘れられなかった顔があった。

「――運命・・・」

 私にはそれだけしか言葉が出てこなかった。

 ――なんと名乗ったのか正確に思い出せなかったから。


 唐突に聞こえてくる声。

「軽く選んでも、真剣に選んでも、選んだことの結果は同じ。知らなかったほうが貴方は幸せだったのに・・・。選んでしまったから、戻れない。覚悟を決めて。貴方にとっては最悪の結果。多くの人に最善の結果。時が満ちるのは速いもの。それは雀が飛んでいくように」

 どんなに逃れたくて、耳栓をしていてもはっきり聞こえそうな声音。だけど、大声ってわけじゃない。言葉が直接脳に入り込んでくるような・・・。深くて、凛としている。人生経験の深さが滲み出ているような・・・。とにかく濃密。


 この声の熱に浮かされて、私はしばらくぼうっとしていた。


 やっと我に帰ったのは自分を呼ぶ大声が聞こえたときだった。

「アスカさん!!アスカさんっ!!!!」

 担当の先生が走りよって来る。よく見ると看護士さんもいっしょだった。いつもの穏やかな表情は欠片もない。厳しい顔つきで、まるで人の生死がかかっているようだ。私は今とりあえず風邪すらひいていないのに・・・。優はただの骨折なのに。

 

 私の目の前にやってきた先生は息をいらしながら、こう叫んだ。

「優君はっ?!」


 優・・・?なんで優なのだろう。優はただの骨折なのに。松葉杖をつけば歩けるのに。私よりも全然楽そうにしてるのに・・・。元気な人の心配をしている。先生も。看護婦さんも。

 そんな私の疑問を感じ取ったように、今度が看護士話し出す。


「彼はっ・・・彼は、生きられても後一ヶ月がいいところの重病人よ」


 私は一瞬思考回路が停止した。全く動けず、全身から力が抜けていく。

 ありえないありえないありえないありえないありえないっ。

 これはきっと悪い夢だ。

 そう信じずにはいられない。

 ねぇっ、ねぇっ、ねぇっ!!!!

 看護士さんのナース服にすがり付いて叫ぶ。

 そうせずにはいられない。


「嘘でしょ。私や優をすぐそんな嘘で連れ戻そうって言ったって騙されないわよ。嘘でしょ、嘘でしょ、嘘でしょ!!!!」

 看護士さんの顔は真剣そのもので、これ以上喋らなくても嘘をついていないことははっきりとわかった。


 すがりついた手から力が抜けていく。

 本当に、なんていうか絶望としか言えなかった。


それから後のことは、一言で言うなら『台風』だった。


 私は半狂乱になって道へ飛び出してしまった。

 ふと何か音がしたような気がして横を見る。

 目の前に迫ってくる巨大な物体があった。

 私は混乱していて、巨大な物体としかとらえることができなかった。


 キーッ


 轟音が響いている。

 響いている。

 響いている。

 迫ってくる。

 

 恐怖と混乱で一歩も動けない。

 立ち尽くしている。


 『逃げなきゃ』

 脳だけが私にそう呼びかけていた。


 その物体はあいかわらず止まることができず、どんどん私に迫ってきている・・・。


 一瞬視界の端を赤茶けたちょっと長いものがよぎった。

 けれど、それが正面にくるよりも目の前が暗転するほうがずっと速い。

 私は叫び声すらあげられない。


 ただただ目の前に迫ってくるものをぼうっと見ていることしかできていない。



 次に目が覚めたのは真っ白な壁に囲まれた病院のベッドの上だった。


 私はまたたった一人になってしまった。当然部屋は個室で、全く動ける状態ではない。

 生きているのが不思議なほどの大事故だった。

 なにしろ私は事故から三日たってようやく意識が回復したのだから。

 

 ようは私は車の前に飛び出した。

 ということだ。


 優は疲れて足がろくに動かないのに無理やり私を庇おうとして道路に出てきた。しかも優まで車道に飛び出したのでそっちも車に轢かれている。ただ怪我は私よりもだいぶ軽いらしい。ただ病気はひどく悪化してしまった。足を長時間使うとその分だけ病気が悪化してしまうから。今もまだ事故のショックが重なって昏睡状態だそうだ。


 何故私たちが生きて帰ってこられたのか?


 それは当然先生と看護士さんのおかげだ。二人で手分けして救急車を呼び、適切な応急処置を行ってくれたから。だから二人とも生きている。だけど、私は永遠に車椅子でしか生活できないらしい。


 目覚めてから、私は看護士さんから優の病気についていろいろなことを聞いてみた。


 最初は一個のおできが体の一部にできることから始まり、だんだんとそこが化膿し、腐っていく。そして最後は体のほとんどの部分が腐って死んでしまうそうだ。ちなみに手術を行っても、手術したあとまた体のどこかにできてしまい、現在これといった治療法がないらしい。人には移らないが、何故こんな病気になるのかの原因も掴めていないし、発症率が低いので、あまり研究もされていないというやっかいなものらしい。


 私は選択を迫られていた。

 予定通りに優に出て行ってもらうのか、直前まで一緒に過ごすのかということを。

 出て行ってもらうのなら、まだ優が人と過ごせるようになるまで数日かかるのでもう一日も優と過ごすことはない。直前まで一緒に過ごすとしたら、優にはいずれこの部屋へ戻ってきてもらうけれど、これまでのようには過ごせないだろうし、私も目の前で弱っていく優を見つづけ苦しい想いをするということ。また、優もかっこ悪い姿を見られて恥かしい想いをする。


 どちらを選んでも、どこかに後悔が残るだろう。


「――二日間時間をください。その間ゆっくり考えてみます」


 私はそう答える。

 返事は今すぐは無理だった。両方、デメリットだらけに思えた。

 どっちを選んでも、二人が幸せにはなれない。

 ――それは、とても、とても哀しいコト。


 目の前に広がっているのは虚無ばかり。

 まさに先の見えない迷宮といったかんじ。


 一人きりの静かな部屋。悩んでいるときにいつも手を差し伸べてくれる優の存在がないことは本当に淋しいことだった。


 ふいにノックの音がする。

 きっとあの人だろう・・・。

 そんな予感。

 だって、いつもふと現れるのは、重要なことをいうのは、あの人だから――。


「入るわよ」

 彼女はちょっとボサボサっとした髪の毛をなれた手つきで掻き揚げながら喋った。

「今日は何を言いに来たの?はやく用件を言って帰りたいんでしょ。お早めにどうぞ」

 ちょっとつっけんどんな物言いになってしまった。

 私には彼女を責める気持ちがある。


 貴方が何も言わなければ、私は幸せでいられたのに。


 この感情が、理不尽と分かっていても、自分で選んだと理解していても、消せないのだった。 

 

「貴方が何を思っていても、私は言うべきことを言うだけ。ただ少し、この仕事に思い入れがあったとしても」

 ちょっとうつむき加減で彼女は喋った。

「そんなこと私はどうでもいい。早く貴方に消えて欲しい。用件をさっさと言ってさっさと消えて頂戴。貴方の顔をこれ以上見るなんて、私はたくさん」

 自分がしている表情を思うとぞっとする。私はどんな冷徹な目をしているのだろう。自分はどんなに怖い顔なのだろう。自分はどんなに歪んだ笑顔を浮かべていることだろう。

 そんな私を全く気にしないような、凛とした声音で彼女は話す。

「未来は、変わった。変容。誰にも害はなく運命は消えた。もう私の残す言葉など、ない。どういう結果になるか、それは誰にもわからない。貴方と彼の、新しい世界。そこに私は要らない存在。後のことはわからない。死ぬはずだった者たちは生を得た。その生を、誰も強要することはできない」

 一息でそこまで言った後、彼女は一呼吸を置いてこう言った。

「では、ごきげんよう。よい未来を」

 そう言った彼女の声はいつもより少しくぐもっていた。


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