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踏切の音が聞こえる。
空は色を失い、あたりが闇に包まれ始める。
寒かった。もう冬が、すぐそこまで来てるみたいだった。
暗闇の中にちかちかと灯る、警報機の赤い光。それを見ながら、ポケットの中に手をつっこむ。
引っ張り出したのは、ぐしゃぐしゃに丸められたテストの答案。
生まれて初めて取った人生最悪の点数は、先生が発表した平均点よりかなり下。
いつもと同じようにしていただけなのに……周りのレベルが上がったんだ。
なんだかんだ言いながらも、みんな受験というものを意識し始めている。
「おーいっ! トモくんっ」
踏切の向こうから声が聞こえた。
手を振りながらにこやかに駆け寄ってくる、小春さんの姿が見えた。
「もうっ、何度も呼んでるのに、無視するんだもん」
「無視なんかしてません。聞こえなかっただけ」
去って行った美優と啓介の後ろ姿と、答案用紙に書かれた情けない数字が、僕の頭でごちゃまぜになっている。
「またうちに来たの?」
「お母さんとランチに行ってね。帰りにお邪魔したらこんな時間になっちゃって」
「そうですか……じゃあ」
さっさとその場を立ち去ろうとした僕の手を、小春さんがぎゅっとつかんだ。
「ねぇ、ちょっと付き合わない?」
「え?」
「スカッとするとこ、連れてってあげる」
僕の前でいたずらっぽく笑う小春さんの髪が、冷たい風に流れるように揺れた。
***
小学生の頃、父さんと何度か来たことのあるバッティングセンターで、小春さんはボールをかっ飛ばしていた。
「スカッとするよ。キミもやったら?」
「俺は……いい」
「相変わらず、しょぼくれた子ねぇ、若いのに」
小春さんはため息まじりにそう言ってから、自販機で缶コーヒーとココアを買って、僕の座っているベンチに腰かけた。
「はい。キミはこっち」
目の前に差し出された甘ったるそうなココア。僕だってコーヒーぐらい飲めるのに。
「なんで……こんなことするの?」
小春さんの手からココアを受け取りながら、僕はつぶやく。
「好きな人の弟だからって、ここまですることないでしょ?」
「迷惑だった?」
「迷惑……です」
僕の隣で小春さんがふっと息を吐く。ボールを打つ金属的な音が、耳の奥にやかましく響く。
「……だったら、断ればいいじゃない」
ゆっくりと顔を上げたら、僕の顔をのぞきこんでいる小春さんと目が合った。
「来たくないなら、断ればよかったじゃない」
「でも……そっちが強引に引っ張ってきたんじゃないか」
「ちゃんと断ってくれれば、無理やり連れてきたりしないわよ。誘拐犯じゃないんだし」
小春さんはあきれたような表情をしながらも、僕から目をそらそうとはしない。
なんとなく気まずくて、目をそらしたのは僕のほうだ。そんな僕に小春さんが言った。