表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/25

 ふらふらした頭のまま家に帰ったら、玄関に女物のスニーカーがあった。

 リビングから聞こえるのは、今夜もハイテンションな母さんの声。

 また、来てるんだ……あの人。

 僕はリビングをのぞかずに、黙ったまま階段を上る。


「おっ? トモ、今帰り?」

 二階に上がった途端、部屋のドアが乱暴に開き、勇哉とばったり会った。

「テスト終わったんだろ? 彼女のウチ行ってたんか?」

「まあ……」

「うまくやったんだろうな?」

 へらへら笑っている勇哉を無視して、自分の部屋のドアノブをつかむ。

「メシ食わねーのか?」

「勇哉が家でご飯食べるの、めずらしいね?」

「小春チャン来てるからな。俺も弟として顔出しとくかな、みたいな?」

 いいな……この人はいつも能天気で。

「トモも来いよ。宏哉がにやけるとこ、見てやろうぜ?」

「俺はいい。食欲ないし」

 まだ何か言いたそうな勇哉を残し、僕は真っ暗な部屋に入るとベッドの中にもぐりこんだ。


 ***


「トモ……トモくん?」

 いつの間に眠っていたんだろう。うっすら目を開けたら、暗闇の中に女の人の顔が見えた。

「……なっ?」

「あ、起きた」

 弾けるように起き上がった僕の前で、小春さんがにこにこ笑っている。

「どうした? 彼女にでもフラれた?」

「な、なに言って……」

「勇哉くんが言ってたから」

 勇哉のやつ……勝手なことを……。

「小春さんにはカンケーないでしょ」

「そうだけど?」

 いたずらっぽい笑みを見せながら、小春さんは勝手に僕のベッドに腰かける。

 長く伸ばしたストレートの髪から漂うのは、美優とは違うシャンプーの香り。


「せっかくテストが終わったってのに、暗い中学生だなーって思って」

「ほっといてください。中学生には中学生の悩みがあるんです」

 大人のあんたにはわからないだろうけど。

 だけど小春さんは変わらぬ調子で、夢見る少女のような表情で言う。

「それでもあたしは、あの頃が一番楽しかったな。戻れるものなら、中学生のあたしに戻りたい」

 薄闇の中で、小春さんの目が僕を見る。

「……今だって、楽しいんでしょ?」

 イエスともノーともとれる顔つきで、小春さんは笑う。

「宏哉兄さんと付き合ってて、楽しいんでしょ?」

「うん」

 嘘だ。

「じゃあ、なんで泣いてたの?」

 僕の言葉に、一瞬小春さんの視線が揺れ動く。

「あの日、踏切のところで……なんで泣いてたの?」

「やだ……見られてた?」

 小春さんはそう言って、ぎこちなく微笑む。そしてその後、ちょっと真面目な顔をしてつぶやいた。

「大人には大人の……コドモにはわからない悩みがあるのよ」


 ドアの外で声がした。「トモ、大丈夫かぁ?」って言いながら、宏哉が部屋に入ってくる。

「食欲ないって……また腹でもこわしたか?」

 宏哉は僕の前に、胃腸薬と水の入ったグラスを置いてくれた。

 口数は少ないけど、宏哉はさりげなく僕に優しい。

 だから僕には、宏哉が「モテない」ってこと、実は信じられないんだ。

「小春。送っていくよ」

「うん。それじゃあね、トモくん」

 小春さんが宏哉と部屋を出て行く。

 僕は何も言わないまま、二人の並んだ背中を見送っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ