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ふらふらした頭のまま家に帰ったら、玄関に女物のスニーカーがあった。
リビングから聞こえるのは、今夜もハイテンションな母さんの声。
また、来てるんだ……あの人。
僕はリビングをのぞかずに、黙ったまま階段を上る。
「おっ? トモ、今帰り?」
二階に上がった途端、部屋のドアが乱暴に開き、勇哉とばったり会った。
「テスト終わったんだろ? 彼女のウチ行ってたんか?」
「まあ……」
「うまくやったんだろうな?」
へらへら笑っている勇哉を無視して、自分の部屋のドアノブをつかむ。
「メシ食わねーのか?」
「勇哉が家でご飯食べるの、めずらしいね?」
「小春チャン来てるからな。俺も弟として顔出しとくかな、みたいな?」
いいな……この人はいつも能天気で。
「トモも来いよ。宏哉がにやけるとこ、見てやろうぜ?」
「俺はいい。食欲ないし」
まだ何か言いたそうな勇哉を残し、僕は真っ暗な部屋に入るとベッドの中にもぐりこんだ。
***
「トモ……トモくん?」
いつの間に眠っていたんだろう。うっすら目を開けたら、暗闇の中に女の人の顔が見えた。
「……なっ?」
「あ、起きた」
弾けるように起き上がった僕の前で、小春さんがにこにこ笑っている。
「どうした? 彼女にでもフラれた?」
「な、なに言って……」
「勇哉くんが言ってたから」
勇哉のやつ……勝手なことを……。
「小春さんにはカンケーないでしょ」
「そうだけど?」
いたずらっぽい笑みを見せながら、小春さんは勝手に僕のベッドに腰かける。
長く伸ばしたストレートの髪から漂うのは、美優とは違うシャンプーの香り。
「せっかくテストが終わったってのに、暗い中学生だなーって思って」
「ほっといてください。中学生には中学生の悩みがあるんです」
大人のあんたにはわからないだろうけど。
だけど小春さんは変わらぬ調子で、夢見る少女のような表情で言う。
「それでもあたしは、あの頃が一番楽しかったな。戻れるものなら、中学生のあたしに戻りたい」
薄闇の中で、小春さんの目が僕を見る。
「……今だって、楽しいんでしょ?」
イエスともノーともとれる顔つきで、小春さんは笑う。
「宏哉兄さんと付き合ってて、楽しいんでしょ?」
「うん」
嘘だ。
「じゃあ、なんで泣いてたの?」
僕の言葉に、一瞬小春さんの視線が揺れ動く。
「あの日、踏切のところで……なんで泣いてたの?」
「やだ……見られてた?」
小春さんはそう言って、ぎこちなく微笑む。そしてその後、ちょっと真面目な顔をしてつぶやいた。
「大人には大人の……コドモにはわからない悩みがあるのよ」
ドアの外で声がした。「トモ、大丈夫かぁ?」って言いながら、宏哉が部屋に入ってくる。
「食欲ないって……また腹でもこわしたか?」
宏哉は僕の前に、胃腸薬と水の入ったグラスを置いてくれた。
口数は少ないけど、宏哉はさりげなく僕に優しい。
だから僕には、宏哉が「モテない」ってこと、実は信じられないんだ。
「小春。送っていくよ」
「うん。それじゃあね、トモくん」
小春さんが宏哉と部屋を出て行く。
僕は何も言わないまま、二人の並んだ背中を見送っていた。