5
「トーモ!」
テスト最終日の朝、廊下で美優に声をかけられた。
「おはよっ」
「おはよ」
「勉強した?」
「してない」
「してないくせに、さりげなくいい点とか取っちゃうんだよねー、トモって」
そう言いながらにこっと笑って、美優はノートの切れ端に書いたような手紙を渡す。
「これ、あとで読んでね?」
そしてぱたぱたと足音を立てながら、僕の前から去って行く。
学校で毎日話すのに、家に帰れば電話もメールもするのに……なぜか女の子はこういうものを渡したがる。
折り紙のように複雑に折りたたまれた手紙を開くと、カラフルなペンで書かれた丸っこい字が並んでいた。
『今日ママがいないの。テスト終わったら美優んち来ない?』
僕はその手紙をくしゃっと丸めてポケットに突っ込む。
何気なく目に映ったのは、窓の外の四角い空。
めんどくさいなって思った。
テストをサボって、美優のことも無視して、このままどこかに行っちゃいたいって思った。
そんなこと……できるはずないのに。
チャイムの音が廊下に響く。今日の一時間目のテストは英語だったか数学だったか……。
一夜漬けで覚えた英単語を思い出しながら、それと一緒に小春さんのチョコレートケーキの味も思い出していた。
***
「トモ……好き」
美優のベッドの上でキスをする。このまま押し倒してやっちゃうのは簡単なこと。
僕は気持ちよくて、美優は喜んで、だったらなんにも迷うことはない。
それなのに……今日の僕はなにかが変だった。
「どこが好きなの?」
「え?」
「だから、俺のどこが好きなの?」
僕から体を離して、美優はきょとんとした顔をする。
「どこって……顔? かな?」
「他には?」
「髪型とか、いつもオシャレな服着てるとことか……あっ、あと、キスが上手いとこ」
美優は冗談っぽくそう言って笑ったけど、僕は笑えなかった。
そんな僕を見て、美優は少し怒ったような口調で言う。
「じゃあ聞くけど。トモは美優のどこが好きなわけ?」
「俺は……美優を、好きって言ったこと一度もない」
美優の表情が変わった。
当たり前だ。僕は今、美優を怒らせるようなことを言ってるんだから。
「じゃあ……じゃあトモは……美優のこと好きじゃないの?」
「……わかんない」
「わかんないって何? 美優のこと、好きでもないのに付き合ってたの? 好きでもないのにキスしたの?」
「だから……わかんないんだよ」
「バカっ! サイテー!」
美優はそばにあったクッションを僕に投げつけ「マジむかつくわっ! 出てけっ」って言った。
僕は美優に言われたとおり部屋を出る。
なんであんなこと言ってしまったんだろう……言わなければ今まで通り、美優とは上手くやっていけたのに。
上手く? 何を上手く? キスを上手く? セックスを上手く?
それが何になるというのか? そんなことして何が残るっていうのか?
何もない。僕の心には何も残らない。
そしてその時、僕はやっとわかった。
僕は――美優のことが、好きではなかったってこと。