24
夕暮れの帰り道。甥っ子のおむつとトイレットペーパーをぶら下げ踏切に立つ。
『ついでにトイレットペーパーも買ってきて! お願い、トモくん』
ハートマーク付きのメールを義姉からもらい、文句も言わず買ってきてあげる僕。
目の前を快速電車が通り過ぎ、遮断機がゆっくりと上がった時、僕に手を振る小春さんの姿が見えた。
「久しぶり! 今、帰り?」
「ああ、うん」
何気なく、赤ちゃんの顔がプリントされたおむつを隠そうとする僕に、小春さんが微笑みかける。
「大きくなったのね、海斗くん。今度お兄ちゃんになるんだって? 今、ヒロと一緒にトモくんちで会ってきた」
「そう」
久しぶりに見る小春さんは、髪をばっさり短く切って、なんだかすごく元気そうだった。
「さっきこっちに帰ってきたばかりなのよ。ちょっとあたしの実家にも顔出しておこうかと思って」
「宏哉は?」
「お義母さんにつかまってる。後から来るって」
そう言って、いたずらっぽく笑う小春さんは、肩に見覚えのあるショールを羽織っていた。
「あ……それって」
「ああ、これ? お義母さんがあたしのために編んでくれたのよ」
小春さんは嬉しそうに、僕の前でくるりと回る。
ああ、そうか。そうだったのか。
珍しく母さんが、せっせと編み物なんかしてると思ったら、小春さんのために編んでいたのか。
どこかから漂ってくる夕食の香り。空に響くチャイムの音。ふざけながら家に帰る小学生たち。
いつもと変わらない夕暮れのはずなのに、今日は空気があたたかい。
小春さんの肩に揺れる、桜色の毛糸のせいかな?
「送ってくよ」
「ええ?」
冗談でしょって顔で僕を見る小春さん。
「どうせ暇だし」
「じゃあ、ちょっと遠回りしちゃおうかな」
僕の手から荷物をひとつ取ってふふっと笑うと、小春さんはゆっくりと歩き出した。
今来た道を引き返すように、僕は小春さんと歩く。
今夜は宏哉と小春さんのために、母さんがご馳走を作って、一緒に食べることになっている。
だから小春さんには、あとでいくらでも会えるのに……なんとなく、今この道を、二人だけで歩きたい気分だった。
「トモくん、背、伸びた?」
「え、ああ、少し」
「おっきくなったのね」
「もう十八ですから」
僕の隣でくすくす笑っている小春さん。その表情を見るだけで、宏哉とはうまくやってるんだなってわかる。
やがて僕たちの前に、中学校の校舎と、まだ咲いてない桜の木が見えてきた。
『この桜が満開になると、とってもステキなのよねぇ』
ふと三年前を思い出す。
桜の木を見上げてそう言った、あの日の小春さんのことを……。