23
駅の建物が見えてきた。僕たちはその手前でいつも別れる。改札口で、美優の友達が待っているから。
そしてこうやって二人で歩くのも、あとわずかだ。
桜の花が開く頃、僕は東京の大学に、美優は地元の美容学校に進学する。
「美優……」
「ん?」
振り向いた美優の、茶色くて、ふんわりと柔らかそうな髪が揺れる。
もう一度その髪に、触れてみたいと思ったりする。
「なんでもない」
「へんなの」
くすくすと笑う美優は、三年前と違っていた。
ぴょんぴょん跳ね回ってるイメージしかなかったのに、今では僕より大人びて見える。
僕のことを何でも知っていて、さりげなく気づかってくれて、今一番そばにいる女の子。
そして僕はずいぶん前から気づいていた。
僕にとって美優は必要不可欠な存在だってこと。
美優は僕のことを、まだ好きでいてくれてるってこと。
だけどそれに気づいたからって、また前みたいに、軽い気持ちで付き合うのは嫌だった。
あの頃、もし美優に「子供ができたの」なんて言われてたら、僕は間違いなく逃げ出していただろう。
やりたいことやって、気持ちいい思いして、何の責任もとれないくせに……。
小春さんを捨てた男みたいに。
「じゃあね、トモ」
いつの間にか僕たちは駅の近くまで来ていた。
美優は僕に笑いかけ、いつものように小さく手を振る。
だけど僕はそんな美優の手を、引き寄せるようにつかんでいた。
「美優」
「な、なに? どうしたの、トモ?」
あわてている美優の前で僕は言う。
「好き……なんだ」
「え? 何が?」
「美優のこと」
見慣れた美優の顔が、みるみるうちに赤くなる。
「トモ」
「はい」
「遅いよ」
「ごめん……いろいろ考えてたから」
「考えてたって……何を?」
美優が怒ったように僕を見る。
「どうやったら大事にしてあげられるのかって……好きになった女の子のことを」
サラリーマンや学生が、僕たちの脇を足早に通り過ぎる。
そんないつもと同じ風景の中で、美優が僕の前で泣いていた。
「泣くなよ……こんなところで」
「ううっ、トモのバカぁ……」
泣きながらグーで殴ってくるこの女の子を、僕はどうやって守ってあげられるだろう。
その答えは実はまだわかってないけど、とりあえず約束しよう。
「あのさ……今度、俺の髪の毛切ってよ」
「……あたしのカット代は高いよ?」
金取るのかよ、って心の中でツッコミながら、そっと美優の髪に触れてみる。
ぎこちない動きでその髪をなでると、朝のラッシュの駅前で、僕は美優に抱きしめられた。