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「ちょっとぉ、七海さん! 海斗クン、うんちみたいよー」

 受験が終わって一週間後。勇哉は奥さんと生まれたばかりの子供を連れて、うちに帰ってきた。

「あ、お義母さん。おむつ替えてもらえますぅー?」

「あらやだ。おむつきれてるわ。ねぇ、トモ! カイくんのおむつ買ってきてくれない?」

 リビングのソファーで寝ころんでたら、母さんが僕を名指しした。

「トモくん、ごめんねー? ついでにミルクもお願いしまぁーす!」

「は? 俺が?」

「あんた受験終わってヒマなんだから、ほら、さっさと動きなさいよ!」

 僕は母さんに背中を押されて、しぶしぶドラッグストアに向かう。


 見た目ギャル系の勇哉の奥さん、七海さんが初めてうちに来た時、母さんは声も出ないほど驚いていた。

 だけどやっぱり孫は可愛いらしく、いつの間にか二人は意気投合しちゃって、今では本物の親子のように仲良くやってる。

 父さんは相変わらず無口だけど、たまにこっそり海斗を抱っこして、顔を緩ませているのを見たことある。

 だけど僕にとって、非常に戸惑うことがひとつ。

 それは、母さんと一緒に僕をパシリのように使っている、七海さんの年齢。

 彼女は……僕とひとつしか違わない十六歳なのだ。


「おっ、トモ。買い物か?」

 おむつパックとデカいミルク缶をぶら下げて歩いていたら、仕事帰りの勇哉に会った。

 勇哉はいつのまにか就職先を決め、ちゃんと真面目に働いていた。

 守るものができると男は変わるんだ、なんて、いかにもっぽいセリフを僕に言ってたけど。

「あんたの息子のおむつと食糧だよ」

「それはそれはご苦労」

 勇哉は荷物を持ってくれるわけでもなく、他人事のような顔つきで歩いている。

 この兄貴を少しでも尊敬したってこと、もう絶対言ってやらない。


「あ、トモ。ひとつ言っとくけどな」

 僕に振り返って勇哉が言う。

「七海には惚れるなよ?」

「誰が惚れるか!」

「あの家に同居するのって、それだけが心配なんだよな。なんたってお前には前科があるし」

「なんにもしてないって」

「してないじゃなくて、ビビッてできなかったんだろ?」

 勇哉が軽く笑って空を見上げる。僕も何気なく空を見たら、白い飛行機雲が左から右へ、すうっと伸びて行った。

「そういえば今日だっけ? 宏哉たちが行っちゃうの」

「……うん」

「そっか。ま、これでよかったんだよな?」

 意味ありげな表情で、勇哉が僕の顔をのぞきこむ。

「これで……いいんだよ」

 空を見上げたまま僕が答える。

「また新しい彼女でも作れよ。七海の友達、紹介してやろうか?」

「遠慮しとく」

 七海さんの友達が僕のタイプじゃないってこと、見なくてもだいだいわかる。悪いけど。


 遠くに響く踏切の音。

 この音を聞くたび、小春さんのことを思い出すのかな。

 それともすぐに好きな子とかできちゃって、小春さんのことなんか忘れちゃうのかな。

 いや、忘れられないか。今度会う時、あの人はもう家族なんだ。


 勇哉が煙草に火をつけて、ゆっくりと息を吐き出す。

 その白い煙の行方を追いながら、僕はぼんやりと考える。

 だけど、きっと……あんな恋はもうできない。

 あんなふうに人を好きになることなんか、もうできない……十五歳の僕は、確かにそう思っていた。

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