21
「ちょっとぉ、七海さん! 海斗クン、うんちみたいよー」
受験が終わって一週間後。勇哉は奥さんと生まれたばかりの子供を連れて、うちに帰ってきた。
「あ、お義母さん。おむつ替えてもらえますぅー?」
「あらやだ。おむつきれてるわ。ねぇ、トモ! カイくんのおむつ買ってきてくれない?」
リビングのソファーで寝ころんでたら、母さんが僕を名指しした。
「トモくん、ごめんねー? ついでにミルクもお願いしまぁーす!」
「は? 俺が?」
「あんた受験終わってヒマなんだから、ほら、さっさと動きなさいよ!」
僕は母さんに背中を押されて、しぶしぶドラッグストアに向かう。
見た目ギャル系の勇哉の奥さん、七海さんが初めてうちに来た時、母さんは声も出ないほど驚いていた。
だけどやっぱり孫は可愛いらしく、いつの間にか二人は意気投合しちゃって、今では本物の親子のように仲良くやってる。
父さんは相変わらず無口だけど、たまにこっそり海斗を抱っこして、顔を緩ませているのを見たことある。
だけど僕にとって、非常に戸惑うことがひとつ。
それは、母さんと一緒に僕をパシリのように使っている、七海さんの年齢。
彼女は……僕とひとつしか違わない十六歳なのだ。
「おっ、トモ。買い物か?」
おむつパックとデカいミルク缶をぶら下げて歩いていたら、仕事帰りの勇哉に会った。
勇哉はいつのまにか就職先を決め、ちゃんと真面目に働いていた。
守るものができると男は変わるんだ、なんて、いかにもっぽいセリフを僕に言ってたけど。
「あんたの息子のおむつと食糧だよ」
「それはそれはご苦労」
勇哉は荷物を持ってくれるわけでもなく、他人事のような顔つきで歩いている。
この兄貴を少しでも尊敬したってこと、もう絶対言ってやらない。
「あ、トモ。ひとつ言っとくけどな」
僕に振り返って勇哉が言う。
「七海には惚れるなよ?」
「誰が惚れるか!」
「あの家に同居するのって、それだけが心配なんだよな。なんたってお前には前科があるし」
「なんにもしてないって」
「してないじゃなくて、ビビッてできなかったんだろ?」
勇哉が軽く笑って空を見上げる。僕も何気なく空を見たら、白い飛行機雲が左から右へ、すうっと伸びて行った。
「そういえば今日だっけ? 宏哉たちが行っちゃうの」
「……うん」
「そっか。ま、これでよかったんだよな?」
意味ありげな表情で、勇哉が僕の顔をのぞきこむ。
「これで……いいんだよ」
空を見上げたまま僕が答える。
「また新しい彼女でも作れよ。七海の友達、紹介してやろうか?」
「遠慮しとく」
七海さんの友達が僕のタイプじゃないってこと、見なくてもだいだいわかる。悪いけど。
遠くに響く踏切の音。
この音を聞くたび、小春さんのことを思い出すのかな。
それともすぐに好きな子とかできちゃって、小春さんのことなんか忘れちゃうのかな。
いや、忘れられないか。今度会う時、あの人はもう家族なんだ。
勇哉が煙草に火をつけて、ゆっくりと息を吐き出す。
その白い煙の行方を追いながら、僕はぼんやりと考える。
だけど、きっと……あんな恋はもうできない。
あんなふうに人を好きになることなんか、もうできない……十五歳の僕は、確かにそう思っていた。