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「トモっ! 受験票は忘れず持った? 胃薬は飲んだんでしょうね? あんたすぐお腹痛くなるんだから」

 朝から母さんは、自分が受験するかのように落ち着かない。

「ちゃんと持ったから大丈夫だよ。じゃあね」

「ちょっとトモ! あんたなら絶対受かるからね! 落ち着くのよ!」

 落ち着くのはそっちだろう? まったく……母親ってのは、ほんとに。

 そう思いながら靴を履いていると、家の電話が鳴った。


「はい。えっ、勇哉? あんたねぇ、全然連絡もよこさないで……え、今朝? ちょっと勇哉、何言って……」

 電話口で騒いでいる母さん。こんな朝にもめごとは勘弁してよ?

「どうしたの?」

 電話を置いて、呆然と突っ立っている母さんに聞く。

「赤ちゃん、産まれたって……今朝、三千五百グラムの……元気な男の子」

「え、マジで?」

「やだ、どうしよう。おむつ買わなくちゃ……ミルクと、あとベビーベッドも……」

「何言ってんの? そんなもんいらないでしょ?」

「いるのよ! 退院したらうちに同居するって!」

「はぁ?」

「ちょっとちょっと! お父さん!」

 母さんはもう僕のことなんてどうでもいいように、父さんのもとへ駆けて行った。


 マフラーを首にぐるっと巻いて、門を開けて庭から出る。

 勇哉が奥さんと赤ちゃんを連れてうちに来るって……また面倒なことにならなきゃいいけど。

 そんなことを考えながら歩き出したら、寒そうに白い息を吐きながら立っている、美優の姿が見えた。


「美優?」

「あ、おはよ。トモ」

 美優がちょっとはにかんだように笑う。

「頑張ろうね。試験」

「待ってたの?」

「ね、途中まで一緒に行っていい?」

 美優は遠慮がちに隣に並んで、僕の顔をちらっと見上げる。

 この角度から見る美優の顔が、一番可愛いってこと、僕以外の男はたぶん知らない。

「トモと一緒に行けたら、美優、すっごく頑張れそうな気がする」

「気のせいだよ」

「ううん、絶対」

 美優のかすかに震える指先が、僕の親指をきゅっと握る。

「……いい? このくらいなら」

「ん……いい、けど」

 美優があんまり嬉しそうに笑うから、僕は思わずその手を握りしめた。

「いいよな……今日くらい」

「……うん。今日だけ……ね」

 僕たちは恋人同士でもなんでもない。

 失恋して、なんとなく人恋しくなって、だからってまた美優に流されるなんて、絶対ダメだと思う。

 だけど……こうやって美優と歩いていると、なぜかすごく落ち着いた。

 美優の手はとてもあったかくて、精神安定剤より効き目があった。

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