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 家に帰ると、玄関に女物の靴がそろえてあった。

 また勇哉の彼女が来てるのか……そんなことを想像しながら靴を脱ぐ。するとリビングから、家族団欒って感じの笑い声が聞こえてきた。


「あら、トモ、お帰りー」

 普段より数倍ご機嫌な母さんが、料理をテーブルに並べながら僕に言う。

 なんか変だ……。

 いつも帰りの遅い父さんが、くつろいでビールなんか飲んでるし、残業で遅いはずの宏哉兄さんも座っていて、その隣には僕を見つめる女の人……。

「トモ、この方、宏哉の『彼女』さんですって!」

 僕の耳に勝手に舞い込んでくる母さんの声。でも僕にはそんな声どうでもよかった。

 それより……そんなことより……この人は……。

「初めまして。三好小春っていいます」

 そう言って、踏切の向こう側で泣いていた女の人は、僕の兄さんの隣でにっこり微笑んだ。


 ***


「けど、あのクソ真面目な宏哉に女がいたなんてなー」

 買ったばかりのギターをいじりながら、僕の前で勇哉が言う。

 ちなみに勇哉は五歳上の二番目の兄。一番上が宏哉、勇哉よりもさらに五歳上。僕たちは男ばかりの三人兄弟だった。

「ちょっと気が強そうだったけどな」

「……そうかな?」

 勇哉が僕を見てにやりと笑う。

「それに美人だった」

「ん……まあ」

「宏哉のヤツ、よくあんな美人つかまえたっつーか、よく宏哉なんかと付き合ってくれたよな」

 俺のほうがよっぽどイケてんのにって、勇哉が付け加える。

 勇哉はうぬぼれ屋で態度がデカくて、宏哉のことをちょっと上から見ている。そういうところが僕も似ていて、美優に言わせれば「ムカつく」んだと思うけど。


「俺、あの人に会ったことあるよ」

「え? 小春チャンに?」

 勇哉が僕の顔を見る。

「会ったというか……すれ違っただけなんだけど」

「この近所に住んでるって言ってたからな。会っても不思議はねぇか」

 勇哉はふっと笑って、どうでもいいように僕から目をそらし、スピーカーの音量を上げた。

 タバコ臭い勇哉の部屋に、僕の知らない曲が流れる。

 僕はぼんやりそれを聞きながら、あの日のことを思い出す。

 夕暮れの街で会ったのは……踏切で一人泣いていたのは……あの小春さんだった。


 さっき、小春さんを囲んで夕食を食べた。

 母さんは終始ご機嫌で「好きな食べ物はなに?」とか「お勤めはどちら?」なんて彼女を質問攻めにしていて、僕はうんざりしていた。

 頭がよくて、いい大学に入って、いい会社で働いている宏哉は、母さんの自慢の息子だ。

 だけど「モテない」ってことが、唯一母さんの心配の種だったから、初めて彼女を連れてきた息子のことを、喜ぶのは無理もない。

 でも「彼女」だったら、僕にも勇哉にもいるんだけどな。


 帰り際、宏哉が車のエンジンをかけに外へ出た時、一人になった小春さんに声をかけた。

「あの、えっと……すみません」

 小春さんは振り向いて僕を見た。

「ん? あたし? 小春でいいよ」

「えっと……じゃあ、小春さん」

「はい? 何かしら、トモくん」

 大人の余裕って顔つきで、小春さんが僕に笑いかける。

「俺、小春さんに会ったことありますよ」

「え? あたしに?」

 小春さんは少し考えるしぐさをしてから、またにこっと微笑んだ。

「ごめんね? どこで……会ったかな?」

「いや、覚えてないならいいです」

 覚えてるわけないか。「会った」というより「すれ違った」だけなんだから。

 だけど……だけどあの時、泣いてたよね?

 どうして泣いてたの? 誰に泣かされたの?

 道端で本当に涙を流す人、僕は初めて見たんだ。


 宏哉が外から小春さんを呼んだ。

「じゃあ、またね。トモくん」

 小春さんが言って玄関から出て行く。僕は黙ってその背中を見送った。

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