19
明日が第一志望校の受験だという夜、宏哉と小春さんはそろって我が家にやってきた。
二人とうちの両親は、リビングに二時間以上もこもって、なにやら話し合いをしていた。
時々母さんのヒステリックな声や泣き声が聞こえ、僕は勉強も手につかず、ひやひやした。
そして話し合いが終わった頃、僕が下に降りて行ったら、玄関でばったり小春さんに会った。
「あ、トモくん。明日受験なのに、お騒がせしちゃったね?」
小春さんはやけに晴れ晴れとした表情をしている。
すると後ろから宏哉がやってきて、やっぱり爽やかな顔つきで僕に言った。
「ああ、トモ。僕たち結婚することになったから」
「結婚……」
わかっていたけど、ストレートにその言葉を投げつけられ、僕は軽く倒れそうになった。
「そ、そう……あの母さんを説得したんだ」
「というか、最後は父さんの『鶴の一声』」
「父さんの?」
「『俺はふたりを祝福する』ってな」
あの無口な父さんがそんなことを?
「なぁトモ? ああ見えても、この家で一番まともなのは父さんだから。お前も何かあったら、父さんに相談するといいよ」
「うん……」
「それと」
宏哉は兄さんらしく、僕の肩をぽんっと叩いて言う。
「あんな母さんだけど、根は悪い人じゃないから……わかってるだろ?」
「……うん」
「だからこれからは、お前が母さんを支えてやって欲しい」
支えてやるって……何言ってんだよ、宏哉……。
「大阪に転勤が決まってるんだ。小春を連れて行こうと思う」
「えっ」
「トモくん。しばらく会えなくなるね?」
僕をのぞきこむ、小春さんのちょっと切なげな顔。
やめてくれ。そんな目で見られたら……僕はきっと、また泣く……。
宏哉が「車出してくる」と言って外へ出て行った。
玄関先に残された小春さんと僕。
「トモくん?」
僕はうつむいたまま、顔を上げることができない。
「この前は……ごめんね?」
小春さんの声が、僕の耳にじんわりと響く。
「なんで、あんな話、トモくんにしちゃったんだろう」
ちらっと小春さんの顔を見た。小春さんはどこか遠くを眺めているような目つきだ。
「なんで……だろうな」
そしてゆっくりと僕のことを見る。
僕の視線と小春さんの視線が、吸い付けられるように一瞬だけ重なった。
「さよなら。受験頑張って」
「小春さんも……体、大事に」
小春さんが目を細めて、幸せそうに微笑む。
「今度会う時、あたしはトモくんの『お義姉さん』ね」
そうか……そうなんだよな。僕は自分自身を納得させるように、こくんとうなずく。
二人が籍を入れたのは、それから一週間後の話。