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「何しに来たんですか?」

 冷たい風に吹かれながら、うねるような桜の木を見上げている小春さんに言う。

「まさか、俺に会いに来たわけじゃないよね?」

「……どうかな?」

 そんなこと言いながら、意味ありげに微笑むのはやめて欲しい。

 僕はまだ、本気か冗談かの区別もつかずに、勝手に舞い上がってしまうようなコドモなんだから。


「宏哉と……ケンカしたの?」

 小春さんはその質問には答えない。

「うちに来なくなったのは、母さんのせい?」

「違うわよ」

 やっと振り向いて、小春さんは僕を見る。

「お母さんの気持ちは、すごくわかるの。大切に育てた息子を、子供を産めないような女と結婚させたくないって気持ち」

「それは……」

「あたしがね、病気でこんな体になった時、周りの人たちはみんな『あなたは悪くない』って言ってくれた」

 ふっと微笑む小春さんの髪が、夕暮れの風に揺れている。

「もちろんヒロもそう言ってくれた。こんなあたしとでも結婚してくれるって……でもね……でも、あたしがダメなの」

「ダメって?」

「あたし妊娠したことあるのよ。高校生の時」

 ざわざわと心臓が騒ぎ始める。

 だけど小春さんは、そんな僕にはお構いなしに、ひとり言のように話し続ける。

「相手は、なんとなく付き合ってた同級生の男の子。あたしが『子供できたみたい』って言ったら、ビビって逃げてった。だからあたしは親と一緒に病院行って、子供をおろしたの」

 なんて言ったらいいのかわからなくて、ただ黙り込むだけの僕。

「でもその時のあたしはね、逃げてった彼のことを恨むくらいで……お腹の赤ちゃんのことなんか、ちっとも考えてなかった」

 誰もいない校庭にチャイムの音が響き渡る。

 もう聞き飽きたその音が――どうしてだろう……耳に寂しく残る。


「罰が当たったのよ」

 小春さんがつぶやく。

「何年か後に、子宮を取らなきゃ命に係わるって言われた時、あたしはそう思ったの。自分の子供を平気で殺したあたしに、罰が当たったんだ。あたしが二度と子供を産めなくなったのは、あたしのせいだって」

「……違う。小春さんのせいじゃない」

 振り絞るように声を出す。だけど思いつく言葉はありきたりの言葉ばかりで、そんな自分が情けなくて嫌になる。

「トモくんも、そう言ってくれるのね」

 小春さんは、そんな僕の前で静かに微笑む。

「でも……あたしみたいな女と結婚しても、ヒロは幸せになれないから」

「それも……違うと思う」

 小春さんの視線が僕に移る。

「宏哉は口ベタで、ちょっと情けなくて……だけどほんとはすごく優しくて、絶対にウソをついたりしないから……だから本当に、本心から、小春さんと結婚したいんだと思う」

 僕は真っすぐ、小春さんの目を見て言った。

「宏哉は幸せになんかなれないよ。他の人と結婚したって……小春さんとじゃなくちゃ、絶対幸せになれない」

 小春さんの目がみるみる赤くなって、ばっと顔を隠すように後ろを向いた。

 背中をかすかに震わせている小春さんは、泣いていた。


 僕は何を言ってるんだろう。

 あの二人が別れることを望んでいたはずなのに……なんで僕は、宏哉の肩を持つようなことを言ってるんだろう。

「……ごめん。あたしまた、トモくんの前で泣いてる」

「別にいいよ。でも今度泣くときは、宏哉の前で泣きなよ?」

 僕の前でなんか泣かないで、宏哉の前で思いっきり……。

「そうね……そうする」

 春を待つ、桜の木の下で振り返った小春さんは、涙でぐしゃぐしゃの顔で僕に笑った。


 ***


「それじゃあ」

「うん。またね」

 踏切のところで小春さんと別れた。

 ぼうっと突っ立っている僕に背中を向けて、小春さんは振り向かずに歩いていく。

 もう……これでおしまいなんだ。僕の恋はこれでおしまい。

 結局「好き」って伝えられないまま……。


 遮断機が下りて警報機が鳴る。

 うつむいた僕の前で、上り電車と下り電車がすれ違う。

「宏哉のバカやろう……」

 好きな人が幸せになってくれればそれでいい……なんてカッコイイこと、今の僕には考えられない。

「小春のバカやろうっ。二度と俺の前に現れんなっ!」

 半べそかきながら、電車の音にまぎれて叫んでみた。

 そしたら、ほんのちょっとだけ心が軽くなって……またあのチョコレートケーキが食べたいなぁ、なんて思ってる僕は、やっぱり単純だ。

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