17
その日以来、クラスの雰囲気がちょっとだけ変わった。
取り乱したように泣き出した僕を見て、何人かのクラスメイトは同情したのか、たまに僕に話しかけてくるようになった。
反対に完全に引いてしまったヤツもいるけど。
そして啓介は何か言いたげに、僕のことをいつもちらちら見てるくせに、何も言ってこない。
だけどもう、どうでもいいんだ。
もうすぐ受験で、それが終わったら卒業で、僕たちはこの学校からいなくなる。
受験を間近に控えた放課後、校舎を出たところで偶然美優に会った。
いや、美優はきっと、僕のことを待ってたんだと思うけど。
「……ごめんね? トモ……いろいろと」
美優は僕の隣で、ぽつりぽつりと口を開く。
「なんで……美優が謝るんだよ」
「美優ね、啓介にも謝った。美優も啓介の気持ちなんか考えてなかった」
美優の声を聞きながら、校庭に並ぶ桜の木を眺める。
あの桜が満開になる頃、僕はもうこの場所にはいない。
美優となんとなく並んで校門を出た。
その時、僕は見たんだ。
校門に寄りかかるようにして、誰かを待ってるようなその人の姿を。
「トモ……あのね?」
美優はなにも気づかないまま、僕に話しかけてくる。
僕もそれに合わせながら、ぎこちなく校門を通り過ぎる。
心臓がドキドキした。美優の声がだんだん遠くに消えていく。
息もできないほど、どうしようもない気持ちになった時、僕は立ち止って美優に言った。
「ごめん。忘れ物した。学校戻る」
「え?」
「ごめん! 美優」
そのあとはもう振り向かなかった。
前だけを見て、息がきれるほど全速力で走る。
数人の生徒とすれ違いながら校門まで戻ったら、さっきと同じ場所で小春さんが微笑んだ。
「トモくん。彼女置いてきちゃダメじゃない」
「彼女じゃないです」
小春さんは笑みを浮かべたまま僕を見て、校庭の中へ入っていく。
「部外者は立ち入り禁止だよ」
「部外者じゃないもの。卒業生よ」
「えっ」
「言わなかったっけ?」
仕事を辞めた小春さんは今実家に住んでいて、その実家は僕のうちのそばで、だったらこの学校の卒業生でもおかしくないか。
「てことは、宏哉とその頃から一緒だった?」
「うーん、付き合ってはいなかったけどね。今思えば、お互いなんとなく意識してたかも」
そんなに長い付き合いだったんだ……この二人は。
「あたしが十五の時、トモくんは幼稚園生ね」
「はぁ……」
「下手すると、あたしがおむつ替えてたってわけか」
「それ言うの、やめてください」
実際、僕は宏哉におむつを替えてもらってたんだから。
小春さんは校庭の隅に立ち、桜の木を見上げる。
「この桜が満開になると、とってもステキなのよねぇ」
のん気にそんなことを言いながら……。
突然僕の前に現れて、突然いなくなってしまう、十歳年上の兄さんの彼女。
僕はどうしてこんな人を、好きになってしまったんだろう。