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放課後、職員室に呼び出された。
志望校に願書を出す直前、担任は模試の結果を見ながら、「もう一度よく考えて」と僕に言う。
だけど僕は「このまま行く」と答えた。
「失敗しても責任は持てないから」
「先生のせいにしないから安心して」
担任はあきらめたようなため息をつく。
どうしてだろうな……前の僕だったら、ここまでしないと思うのに。
もうめんどくさくなって、さっさとあきらめてたと思うのに。
夕陽の差し込む廊下に出たら、窓にもたれて美優が立っていた。
美優は僕の姿に気がつくと、しゃきっと姿勢を正してぎこちなく笑う。
「どうしたの?」
「トモが職員室に入るとこ、見えたから」
あの初雪の日以来、美優は僕に話しかけてこなかった。
そして僕も、美優に話しかけることはなかった。
だから僕たちが話をするのは、本当に久しぶりのことだった。
「やっぱ相南受けるの?」
「受けるよ」
「自信あるんだ」
「ないけど、受ける」
僕の半歩後ろをついてきながら、美優がくすっと笑っている。
「トモのそういう言い方……」
「ムカつくだろ?」
「うん。けど、好き」
ちょっとあせって周りを見回す。窓の外から運動部の掛け声が聞こえてくるだけで、廊下にいるのは僕たちだけだ。
「好きとか言われても……困るし」
「わかってるよぉー」
美優はバッグを抱きしめて、ぴょんぴょんっと僕を追い越していく。
「じゃあっ! またねっ」
うさぎみたいに揺れている美優の二つに結んだ髪を、僕はぼんやりと見送っていた。
***
そんな僕たちの姿を、誰かに見られていたって気づいたのは、翌日のことだった。
体育が終わって教室に戻ってきた瞬間、「やられた」って思った。
僕のバッグや机の中が荒らされていて、教科書に小学生レベルの落書きがされていた。
『バカ』『死ね』『好きとか言われていい気になるな』
チャイムの音が鳴り、教室内に誰かの笑い声が響く。
その瞬間、僕の中でずっと張りつめていた細い糸が、ぷちっと音を立てて切れた気がした。
「これ書いたの、お前だろ!」
啓介の前に教科書を叩きつけたら、啓介は目を丸くして僕を見た。
「消せよ!」
「お、俺じゃない」
「これは絶対お前の字だ! 消せ!」
今まで何をされても無視してきた。
もとはと言えば、僕が美優にひどいことをしたからだとわかっていたから。
「な、なんだよ……俺はトモの、そういう上から目線なとこが嫌いなんだよっ」
突然キレた僕と、それにビビっている啓介のことを、クラスの誰もが注目している。
見世物じゃないんだぞ、こっち見るな。
「なんにも頑張ってないくせに、美優に好きとか言われて……気分いいだろ?」
「お前……」
「トモは考えたことないんだ。美優の気持ちも、俺の気持ちも……なんの努力もしないで、好きって言われるの待ってるだけで……そういうのすごい頭くる」
手を伸ばして啓介の襟元をつかんだ。キャーって女子の悲鳴が聞こえて、それと同時に机の間に倒れ込む。
「な……殴るのかよ?」
僕に押し倒された啓介が、泣きそうな顔をしている。僕は握りしめた右手を、そのまま床に叩きつけた。
「トモ?」
泣き出したのは僕のほうだった。床に顔を押し付けて、子供みたいに泣いていた。
「トモ……だ、大丈夫か?」
啓介の情けない声が聞こえる。僕の名前を呼ぶ美優の声も聞こえる。
顔を上げられなかったのは、啓介の言った通りだからだ。
僕はなんの努力もしないで、好きって気持ちを伝えようともしないで……そのくせあの二人が別れるのを願ってる。
つまんねー男……そんな勇哉の声が、どこからか聞こえてくるようだった。