15
年が明けたある日、僕が勉強をしていたら、勇哉がひょっこり顔を出した。
勇哉の赤くて長かった髪は、いつの間にか黒く短くなっていた。
「よう、トモ。元気にやってるか?」
「勇哉っ! 帰ってきたの?」
「いや、ちょっと荷物を取りに来ただけ」
勇哉は僕の前でいたずらっ子のように笑う。
「そう言えば宏哉も家出たらしいな」
「うん……でも、なんで知ってるの?」
「この前宏哉に会ったから」
「え……」
僕の胸がどくんと動く。別に宏哉の名前に反応したわけじゃない。宏哉と一緒にいるはずの、小春さんのことを思い出してしまったから。
「彼女と……一緒に暮らしてるって?」
聞きたいような聞きたくないような気持ちで、僕は言う。しかし勇哉の口から出た返事は、意外なものだった。
「それが違うんだよ。小春とはもうずっと会ってないって言うんだ」
「……会ってない?」
「別れたのかな? あんな美人、マジもったいねぇ」
別れた? 別れたのか? ほんとに? どうして?
胸の中がざわざわして、どうしたらいいのかわからなくなる。
「トモ、なんかお前、ヘンじゃね?」
「べ、別に。いつもと同じだけど?」
「いや、絶対何か隠してる。おら、お兄ちゃんに言ってみなさい」
い、言ってしまいたい。けど絶対軽蔑される。いやそれより、笑い飛ばされるのがオチか。
だけどこんなこと、死んでも宏哉には相談できないし、相談するならやっぱ経験豊富な勇哉だよな。
でも勇哉みたいなおしゃべり男に言ったら、宏哉に知られてしまうのは時間の問題……いやそれどころか、本人に知られたらヤバすぎだろ?
「なにウジウジ考えてんだよ? まさか小春にでも惚れたか?」
「な、な、なに言って……そんなの、そんなのって、まさかありえないでしょ?」
「……トモ、お前って、わかりやすいやつだな」
勇哉はじっと僕の顔を観察した後、満足そうににやりと笑う。
バレた? 勇哉に……僕が小春さんを好きなこと。
「バーカ。バレバレだっての」
勇哉は笑いながら、僕の額をぱちんと弾く。
「別にいんじゃね? まだ結婚してるわけでもないんだし。まぁ、あっちがな。お前みたいなガキ、相手にしてくれるかわかんねーけど」
「……いいんだよ」
僕の声に勇哉が顔を向ける。
「別に言うつもりないし。俺は平和主義者だから」
「はんっ、つまんねー男。好きなら奪い取るくらいのこと、してみろっつーの」
もう一度僕の額をデコピンして、勇哉は階段をどかどかと降りていく。
「あっ、えっと、勇哉は?」
階段の途中で振り向く勇哉。
「ほんとに結婚したの? こ、子供は?」
「すべて順調。問題なし」
ピッと親指を立ててにやりと笑うと、勇哉は僕の前から去って行った。