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 家に帰ると玄関に宏哉の革靴が脱いであった。

 こんな時間にめずらしいな、なんて思いながら部屋に上がると、リビングから言い争うような声が聞こえてきた。


「どうしてそれが母さんのせいだって言うの?」

「母さんが余計なことを言うから、小春が来れなくなったんだろ?」

「余計なことじゃないでしょ、大切なことよ! あんたが言えないから、母さんが代わりに言ってやったんじゃない」

「だからそれが余計なことだって言うんだよ!」

 リビングで言い合っているのは、母さんと宏哉だった。

 宏哉のこんなに大きな声を聞いたのは初めてで、だから僕はちょっとビビった。


「宏哉。あんた何にもわかってないのね? あんたは一生自分の子供を抱けなくてもいいの?」

 ああ……やっぱりそのことか。

 僕が帰ってきたことに気づいた母さんは、一瞬言葉を切ったけど、すぐにまた口を開いた。

「母さんはね、あんたに普通の結婚をしてもらって、普通の家庭を作って欲しいのよ」

「子供がいないと普通じゃないのか? 僕は母さんの言う『普通の家庭』だけが、幸せとは思えない」

「じゃあ母さんが間違ってるって言うの? 孫を抱けないなんて、私は絶対嫌ですからね!」

「孫だったら……勇哉の子供がいるだろ?」

 宏哉の声に母さんの顔色が変わる。

「勇哉の子供がいるからいいじゃないか」

「宏哉……」

「僕も僕の生きたいように生きるよ」

 母さんに背中を向けた宏哉が僕の隣で立ち止まる。そしていつもの穏やかな表情で、少し笑ってこう言った。

「ずいぶん遅い反抗期だろ?」

 それだけ言って宏哉が出て行く。残された母さんは、崩れるようにその場に座り込んだ。


「どうして……どうして宏哉まで……どうしてみんな出て行っちゃうの?」

 母さんの背中は情けないほど小さく見えた。自分の母親をこうやって見下ろしているのは、なんだかとても変な気持ちだった。

「母さん……まだ俺がいるから」

 消えそうな声でつぶやいてみる。

「母さんが望むなら、俺、絶対相南行くし、それから東大行って、宏哉よりもっといい会社入って、超美人な人と結婚して、子供五人ぐらい作って、そんで……」

 そのあとは言葉にならなかった。何を言っているのか、自分でもわけがわからない。


「トモ……」

 今にも泣き出しそうな顔をして、母さんが僕を見る。

 ああ、そうか……僕はずっと、母さんにこうやって見て欲しかったんだ。

 僕はここにいるよ、いつだってここにいるんだよって、気づいて欲しかったんだ。

「バカね……あんたが東大なんか行けるわけないでしょ」

 母さんが鼻をすすりながら、そう言って笑う。

「それに、母さんのために勉強してどうするのよ」

 それもそうだ。僕は宏哉に負けないくらいマザコンだ。

「ほんとに……トモはバカなんだから」

 だけどこの日、僕は初めて、母親に自分の気持ちを伝えられた気がする。

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