12
美優が突然僕の家にやってきたのは、今にも雪でも降りそうな、どんよりとした休日の朝だった。
「付き合ってるのっ?」
半分寝ぼけていた僕に、美優は意味のわからない言葉を投げかけた。
「誰なのよ、あの女の人! 付き合ってるのっ?」
「……あの女の人って?」
「バッティングセンターで一緒にいた人!」
小春さん? 僕が小春さんといるとこ、美優に見られた?
「あの人は……俺の兄さんの彼女だけど?」
「はぁ? お兄さんの彼女と、なんでトモが一緒にいるのよっ!」
なんだか僕は、さっきから文句を言われてるようだけど、どうして美優に文句を言われなくちゃならないのか、意味がわからない。
「あの、さ。俺が誰と一緒にいても、美優にはカンケーないと思うけど?」
僕の言葉に美優の頬が赤く染まる。
あれ? なんで? どうして?
「だって……俺たち、もうとっくに別れたじゃん?」
美優はさらに耳まで真っ赤にしている。
「しかも美優は、啓介と付き合ってるんだし」
「もう別れたもん!」
そう言いながら僕を見る美優の目は、なぜだかじんわりと潤んでいた。
「もう別れたの!」
「……なんで?」
「なんでって……だって……美優はまだトモのこと、好きだから!」
それは絶対ありえないはずの告白だった。
今年初めての雪が、かすかにちらつき始めた空の下、僕は美優と公園のベンチに座っていた。
だけど美優はしおらしくうつむいたまま、なんにもしゃべろうとはしない。
このままここにいても寒いだけだし……一体どうしたらいいんだよって思った時、美優がぽつりと口を開いた。
「トモに……気にして欲しかったの」
美優がしゃべってくれたことに、僕はとりあえずほっとする。
「啓介と付き合えば、トモが美優のこと気にしてくれるんじゃないかって……そう思って……」
それが啓介と付き合った理由?
「ねぇ……美優とトモ……もう一度付き合うのって無理?」
無理だろ? そんなの。
僕は確かに美優を傷つけたかもしれないけど、僕だってもう十分傷つけられてるんだ。
「ねぇ、トモ……なんとか言ってよ」
「……無理だよ」
「やっぱり美優のことは好きじゃない? キスしたときも、抱き合ったときも、全然美優のことは好きじゃなかった?」
「それは……」
全然好きじゃなかったわけはない。
今だって、美優は他の女の子より可愛いと思うし、全然好きじゃない子とキスなんかしない。
「美優バカだからさ、今ごろになってやっとわかったの。美優はすっごく、トモのこと好きだって」
美優の声が徐々にかすれる。
「トモに会えないと会いたいって思うし、トモが他の女の人といるとこ見たら、もうどうしたらいいかわかんなくなっちゃって……」
そう言いながら美優が泣いた。ぽろぽろ涙と鼻水をたらして、僕の隣で哀しそうに泣いた。
このまま美優の肩を抱き寄せたら、何もかもがうまくいくんじゃないだろうか?
美優はまた僕と付き合って、クラスのみんなはあきれたように笑って、啓介は怒るかもしれないけど、それもなんとかなっちゃって……何もかも都合よく、変われるんじゃないだろうか?
だけど――そんなことをしても、僕はきっと後悔する。
「ごめん……美優」
僕の声に美優が顔を上げる。
「やっぱり……美優とは、付き合えない」
人を好きになるって、どういうことなんだろう。
僕は美優と会えなくなっても平気だったし、美優が啓介といた時は、なんでだよって思ったけど、どうしたらいいかわかんなくなっちゃうなんて気持ちはなかった。
僕は美優が僕を想うほど、美優のことを好きじゃない。
それより僕は、誰かを本気で好きになったことさえないんだ。
力が抜けたようにうつむいて歩く、美優の背中を見送った。
白くて冷たい雪が舞う中、僕はいつもの踏切を渡る。
僕が渡り終わると同時に鳴りだす警報機。
その音は今日も寂しく、くすんだ色の空に吸い込まれていくようだった。