1
夕暮れの空に響く踏切の音。
それはどこか物悲しくて……秋から冬へと向かっていく、この季節は特に……。
下りた遮断機の前に立ち、一人でその音を聞いていると、無性に人恋しくなってしまう。
だけどそんなこと、誰かに話したら笑われそうで、僕はその気持ちを胸の奥に閉じ込める。
***
最近、陽が落ちるのが急激に早くなった。
買い物帰りの人たちはみんな急ぎ足で通り過ぎ、カレーや焼き魚の混じり合ったような匂いが、どこからともなく漂ってくる。
中学校の制服を着た僕は、警報機が鳴り止むのを今日もじっと待っていた。
さっき触れたばかりの、彼女の柔らかな唇の感触を、なんとなく思い出したりしながら……。
線路の向こう側に女の人が見えた。
スーツを着て髪をひとつにまとめた、どこにでもいるようなOL風の人。
いつもだったら僕はそのまま目をそらし、その人の姿は茜色の景色の中へまぎれてしまっただろう。
だけど……僕はその人から目が離せなくなっていた。
僕の目の前を、風と音を立てて快速電車が通り過ぎる。それは一瞬のことなのに、その時の僕にはとても長い時間のように思えた。
遮断機が上がる。
止まっていた時間が動き出すように、車や人も動き出す。僕はその場に突っ立ったまま、あの人の姿を捜す。
いた……。
線路の向こうから、顔を上げてまっすぐ歩いてくるその人は、もう泣いていなかった。
***
「美優も、トモとおんなじ高校行きたいなー」
ストラップのいっぱいついたスクールバッグを、意味もなくぶらぶら揺らしながら美優が言う。
「トモ、第一志望どこにした?」
「麻高」
「げっ、マジで? 美優、絶対無理だしー」
このあたりで二番目に頭のいい学校名を口にしたら、美優は目を丸くして首を振った。
「別に麻高じゃなくてもいいけど? 美優が行ける学校にしてもいいよ」
「……なんかその言い方、ムカつくわ」
ムカつくって言われてもなぁ……本当に高校なんてどこでもいいし。
自慢じゃないけど、僕は勉強しなくても、ある程度勉強ができた。だからこのくらいのレベルの学校なら、そんなに頑張らなくてもたぶん行ける。
ついでに僕はスポーツもできた。部活に入って遅くまで練習してるわけでもないのに、野球もサッカーも適当にできて、体育祭ではいつもリレーの選手だ。
だいたい汗を流して頑張るのって、だるいし、ダサすぎでしょ?
「だからトモのそういうとこが、ムカつくの」
美優はわざとらしく、ぷくーっと頬を膨らませる。
「なんにも頑張ってないのに、なんでもできちゃうとこ」
「しょうがないだろ? できちゃうんだから」
美優が「くやしー」って言いながら、僕の背中をばんばんと叩いた。
美優は僕の三人目の「彼女」だ。
中三になって初めて同じクラスになった時、美優から「付き合って」と言われた。僕はすぐに「いいよ」と答えた。
他に好きな子はいなかったし、美優はなかなか可愛かったから。
それから毎日一緒に帰って、休みの日は二人で遊んで、キスをしてエッチもした。
そうなるのは思ってたより全然簡単で、美優も喜んでたし、なんとなくこんなもんかなって感じだった。
朝起きて、ご飯食べて、学校行って、授業受けて、友達と騒いで、美優とキスして、家に帰って、またご飯食べて寝る……僕の毎日はこうやって過ぎていく。
今までも、これからも、こうやって過ぎていく……はずだった。
僕が「あの女」と出会うまでは……。