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羽ばたいていく、あなたへ

掲載日:2026/07/06

 わたしは侯爵家の一人娘、アルティディア・フレイル。


 わたしが12歳の時に、両親は亡くなった。

 もしかしたら、わたしの婚約の件が引き金になったのかもしれない。



 その日から何日かが過ぎた。

 邸の庭を宛もなく散歩していると、傷ついた大鷲の雛を見つけ掬いあげた。

 道沿いに並ぶ大きなポプラは昔から彼らの巣があり、邸に住む者を襲うことはなかった為、共存のように共に過ごしていた。



 生まれが遅いその雛は、親鳥が運ぶ成長の早い雛用の食事形態(成長する体に合わせて、餌が大きくなる)が口に運ばれるが、消化がうまくできず吐き出していた。生まれたばかりの雛と中雛では、それは大きく異なる。


 魚や肉を小さく引き裂き、食べやすいように親の嘴から子の嘴へ流し込むのだが、成長に合わせて餌は大きくなる。基準は最初に生まれた雛なのだ。


 そのうちに成長の大きさが顕著となり、巣から落ちたか落とされた……。そんな映像が何となく想像された。


 栄養失調と高所からの落下で、命は消え行くはずだった。泥だらけの綿毛になっている、灰色の哀れな姿で。


 けれど、わたしはそれを見つけた。



「死なないで。生きてちょうだい」


 両親を事故で亡くしたばかりのわたしは、これ以上死を見たくなかったから。



 掌の中で「ピィ……」と儚く鳴いていた雛は、わたしの願いの後に光輝き、傷が治り呼吸も落ち着いた。


 間違いなく回復したのだ。



 わたしは喜び、雛もそれに応えるように立ち上がり、「ピィー」と力強く啼いてくれた。


「良かったわ。あなたが生き返ってくれて。うっ、ううっ」


 わたしは雛を見つめながら、笑いながら涙を落としていた。傍にいた厳つい顔の庭師のサムタン爺も、静かに笑顔で頷いていた。



 サムタン爺と一緒に、小さなかごに藁を引いて寝床を作り、あわやひえを煮て雛に食べさせた。小さなスプーンで、何度も何度も。大きくなってからは、肉や魚も刻んで食べさせた。



 初めてのことでわたしが馴れていないのと、暫くきちんと食べていなかったせいか、飲み込むことが下手な雛。もどかしくもお互いに懸命だった。


 サムタン爺はいつも根気よく見守ってくれ、時には助言もくれた。


 わたしは雛に名前を付けた。

「あなたはディア。わたしの分身よ。元気に育って大空に羽ばたき、たくさんの景色を見てちょうだいね。わたしの代わりに……」




◇◇◇

 わたしはあの事故の時、両親と共に亡くなっているはずだった。わたしがその時、高熱が出て寝込み、邸に残されていなければ。


「お婆様のお見舞いはいつでもできる。今回はお休みしなさい」

「そうよ、ディア。今回はあなたの伯父であるニコル(祖母の息子で、母の兄)が私達に相談もあると言うから行くけれど、お婆様にそれほど変わりはないのだから」


 両親の言いたいことは分かっていた。伯父の散財で、祖母の隠居先の暮らしが立ち行かない噂を聞いていたからだ。きっとその話が中心なのだろう。


 わたしはベッドから二人を見送った。

 笑顔でわたしの頬を撫で、「すぐに帰って来るわ。心配しないで」と出掛けて行った二人。


 もう二度と会えない。



 両親の死は事故で処理されたが、疑問視する噂もたくさん届いた。よく晴れていた峠の崖で、整備された侯爵家の馬車が転落することは可笑しいと。馭者は天涯孤独の男で、共に死んでいたらしいから責任も問えない。詳細を知る者は誰もいなくなった。


 未成年のわたしには後見人が付いた。

 表向きは母方の祖母だが、裏で動くのはあの借金まみれのニコル(伯父)さんらしい。祖母は祖父を亡くしてから悲しみに沈み、引き込もっていた。更に高齢なことも重なって体力が落ち、歩くことさえ困難な為に車椅子生活だったから。


 普通ならばそんな人物が、力のある侯爵家の後見人になるはずはない。両親はわたしの幸福を願っていたから、政略結婚もさせないつもりで婚約者も決めていなかった。


 それこそ王家からの婚約打診も、丁重に断るくらい。歴史と財力のある我が侯爵家は、ちゃらんぽらんな者では勤まらない。それなのに王家は、側妃の生んだ第三王子が生きる場所を我が侯爵家にしたいようだった。


 わたしも両親と同じように後継者としての実務を学んで来た身として、甘やかされた第三王子は適任ではないと感じていた。


 いくら好きな者と結婚して良いと言われていても、共に領地を治めるならばある程度の基準は必要だと考えている。いくら見た目が良くても、女癖が悪くて努力を嫌う殿下では、最悪な未来しか見えない。


 けれどニコルさんはわたしと第三王子を結婚させて、執務の補助をすると言う。誰から見ても、そんな技能は持ち合わせていないと分かるのに。


 父方の親族は辺境にいる者が多く、王都に来るまでに時間がかかり、その間に王族が絡んで全てを決めてしまっていた。

 父方の祖父は前辺境伯で、今は父の兄であるキャナル(伯父)様が辺境伯の地位に就いている。怒り心頭のキャナル様は戦ってでもわたしを守ると言ってくれたが、国からの援助を打ち切られれば、辺境の民の生活が困窮することは明らかだった。皮肉なことに争いのない時の辺境の地は、国からの支援が大きく減らされていたのだ。


 恐らく苦渋の決断だった。

 きっと今後のことも覚悟して、王都まで来てくれたのだろう。


 無理をさせたくなくて、わたしはキャナル様を止めた。


「仮にも王子ですもの。きっと教育は受けておりますわ」

「だが! …………いや、済まない、俺達の為なのだろう」

「いいえ、王命ならば誰も逆らえません。わたしが治める侯爵家の領地も、守らなければなりませんから」


 やりきれないことは星の数。

 けれどわたしは、何とかやり過ごすことに決めたのだ。



「ピィ、ピピィ、ピィ」


 わたしの隣には、少し大きくなったディアがいつも傍にいてくれた。彼女の首のまわりを優しく撫でると、嬉しそうに頬擦りしてくれる。いつもわたしを励ましてくれる家族だ。


「ありがとう、ディア。わたしは大丈夫よ。あなたはあなたの生活があるでしょ? わたしにばかり構わなくて良いのよ」

「ピィ、ピィピ」


 ディアは今、庭にいるネズミを追いかけて捕食している。立派なハンターになったのだ。もっと大きくなれば優雅に海まで飛んで行き、魚も食べられるようになる。自立は素敵だけど、少し寂しくなる。


 そんなわたしを慰めるような優しい声に、これからの決意が揺らぎそうになる。だからディアを抱きしめ、その体温を堪能した。ああ、生きている。わたしもあなたも。まだまだ止まる訳にはいかない。


 それだけで、意欲が湧いてくるのだった。





◇◇◇

 わたし(アルティディア)の母は侯爵家の長女だが第二子で、ニコルさんが第一子だった。ニコルさんは家族の反対を押し切り、真実の愛を叫んで男爵令嬢と婚姻して男爵家の婿養子となった。だがすぐに結婚生活は破綻。散財を止められ、妻を殴ったのだと言う。もともと肉欲と恋愛の区別もついておらず、お互いに夢だけを追いかけていたのだろう。


 ニコルさんは、顔とルックスだけは良かった。侯爵家を継ぐ令息として、当時はかなり持て囃されていたよう。男爵令嬢の方も侯爵夫人になれると思っていたようだ。


 結果は思惑と違う男爵夫婦となり、その後の援助も侯爵家から思ったように引き出せないイライラが募っていたようだと、手紙を送られた母はいつも嘆いていた。それでも全く援助をしていない訳ではなかったので、蟠りは残る。



 祖父母は侯爵家の後継ぎをわたしの母に決め、母と父の結婚後にはタウンハウスに移り住んだ。領地経営の補佐をしながら、タウンハウスと領地を往復する祖父が亡くなった後、ニコルさんは祖母にすがり付き、タウンハウスに転がりこんだ。離縁の慰謝料も、祖母に全て払わせて。


 隠居した祖母の財産と、祖父が祖母に残したものまで使い込み借金までしていたニコルさん。


 ニコルさんは言う。

「侯爵家を継ぐのは俺だった。妹が俺の地位を奪ったのだ。そもそも俺の借金などで、侯爵家はビクともしないだろう?」


 けれどわたしは、母から聞いて知っていた。

 祖父母が侯爵家を任せるに値すると決めた優秀な婚約者を、ニコルさんは強い劣等感から見下されると思い込んで嫌っていた。

 その婚約者のアイナさんと母は友人であり、アイナさんもニコルさんの傲慢な態度が苦手であったのだと言うことも。

 ニコルさんは我が儘で気位が高く、その癖学ぶことを嫌った。いくら祖父母が諌めても、男は自分だけだから爵位を継げると疑わなかったらしい。そんなはずはないのに。


 もし母が継がなくても、領民の生活を守る為に、爵位は優秀な親族へと譲ったことだろう。




◇◇◇

 王家は第三王子を侯爵家に押し付け、更にわたしの財産を奪おうとしていた。


 伝統のある歴史と人脈、鉱山からもたらされる採掘物、長く守ってきた肥沃な領地と民達。


 全ては当主達と領民達の、汗と涙の結晶だった。民が住みやすい福祉政策を行い、無理をしない税を貫き、貴族の質を落とさない程度で堅実に生活を守ってきた。


 それはわたしの家だけではなく、多くの貴族がそうであった。ただ鉱山があったから、少しだけ余裕があっただけで。それでも鉱山を整備するには金銭も多くかかり、鉱父の怪我の保証もしていた為、それ程までに大きな増益もなかった。


 無理をしない堅実さは、地味なようで案外と難しい。人の欲は無限であるから。


 フレイルは堅実を守れる家だった。




◇◇◇

 婚約期間を経て、2日後に第三王子のダグラス様が侯爵家に婿に入ることになる。陽光のきつい昼下がりに、彼は突然執務室に押し掛けて来た。



「結婚を承諾してくれてありがとう。侯爵家の為に僕も力を尽くすよ。後は任せてくれ」


 ダグラス様はそう言って、わたしの指先にキスをしたが、続けてこう告げた。


「僕には愛する者がいるんだ。ローズマリーと言う名も顔も美しい娘が。結婚後は離れに住まわせても良いだろう? 勿論君のことも愛するから、大丈夫だからね」


 わたしは結婚前にその言葉を聞き、耳を疑った。婿養子が愛人を囲う。国が正式に二人の結婚を決め、2日後に盛大な式で祝われると言うのに。でも何故か、国王のゴリ押しで神殿も交え、婚姻調印の儀(婚姻届の署名)は既に終わっていた。もう取り止めることが出来ない。



 恐らく側妃が、ダグラスにそうさせたのだろう。結婚前に不貞がバレれば、瑕疵となって婚姻が揺らぐ可能性がある。言うなら婚姻調印を終えてからだと。ダグラスは結婚式後、喜び勇んでに愛人を住まわせる為に、わざわざ今それを伝えて来たのだ。



 仮にも王子がいや、王家がここまで愚かだと思わなかった。


「わたしがこの家の当主です。婿に入る方が愛人を持つことを認める訳にはいきません」

「な、この僕に、王子に逆らうと言うのか?」 


「貴方は当主ではない。それは今後もずっと。この家で自由にはさせない!」

「たかが侯爵の娘が偉そうに! その言葉、取り消せ!」


「あらっ、不思議ですね。貴方は戸籍上、もう王子ではない。ただの……侯爵家の婿養子なのよ」

「貴様! 殺してやる!!!」



 わたしは後を振り向かず、そう告げて怒れるダグラスを残したまま部屋を後にした。


 そして書簡を二通書き、庭師の爺に発送を頼む。


「サムタン爺。今までありがとう。手紙を送ったらすぐに辺境へ逃げてね。危険なことを頼んでごめんなさい」

「アルティディアお嬢様…………。わしと一緒に行かんか? 名誉なんかより、わしはただあんたに生きていて欲しいんじゃ。だから……」


 泣きそうな爺を抱きしめて、「領地を守るのは後継ぎの責任なの。サムタン爺も知っているでしょう?」と告げた。泣きそうな心を必死に抑えて。


「……分かりました。でも生きていて下さい。命さえあれば助けに行けますから」

「ありがとう。できるだけ頑張る。貴方も元気で」

「ああっ……うっ」



 荷造りをした物を背負い、手紙を大事に抱えるサムタンを見送るわたしとディア。


 ニコルさんが来てから古参の使用人は解雇され、新しい者が家に入っていた。彼らはニコルさんを当主のように扱い、わたしを下に見ていたようだった。


 特に若い女性の使用人は、態度が酷く笑顔の一つもない。仕事だけは一応熟すが、それは解雇される理由を避けるだけのものだった。


 始めは胸が痛んだが、今はもう何も感じない。唯一残った庭師のサムタン爺とディアがいれば良い。他の家の者は信じられないし、それが正しいとも思っていた。


 きっとニコルだけでなく、王家のスパイも潜んでいるはずだから。


 ただ数年を大人しく過ごすうちに、わたしとサムタン爺の接触は放置されていた。力のない庭師と大鷲しか味方のいない哀れな娘。ただ侯爵家の執務だけを黙々と熟す人形のようなものだと思われて。


 その庭師も、今日この邸から出て行った。

 他の使用人には、そのように見えただろう。




◇◇◇

 その日の夜、再びダグラスが侯爵邸に訪れた。


 ニコルさんはいつものように、若い女性の使用人達を連れて外出しており、家に残る者にはダグラスが休暇を取らせた。


「結婚後にこの家での動きを確認する為、僕に付いて来る侍女達を連れて来たんだ。後のことは僕達がするから下がって欲しい」


 そう言われては逆らえない。それに給金も減らされないなら、嬉しいことだった。


「では、私共は下がらせて頂きます。よろしくお願いいたします」

「ああ、ご苦労様」



 人払いの後、ダグラスは薄く笑った。


「もう婚姻調印は済んでいる。お前は急病で倒れ、その間僕が侯爵家を導くと発表しよう。勿論結婚式も中止だから、安心して死ね!」


 わたしは侍女に布で口を塞がれ、意識を亡くした。恐らく眠り薬を嗅がされたのだろう。


 気付いた時は目も眩む断崖絶壁。下には渦潮が3つあり、流れが激しく船も避ける海流だった。もし落ちたら助からない、危険な場所だ。


「おまえの代わりは心配しなくて良い。僕の侍女は美しく優秀で仕事も出来る。お前に変装してベッドで眠るくらい、朝飯前なのだよ。ククッ」

「くだらないわ。けど、貴方の考えそうなことね」


「うるさい! 女を落とせ!」

「御意に」



 そうしてわたしは、断崖から投げ捨てられた。




◇◇◇

「この馬鹿者が、軽口で怒り妻を殺す奴がおるか! 侍女共も何故止めなんだ!」

「落ち着いて下さい、愛する貴方。あの女は生意気で、いつもダグラスを馬鹿にしていたそうですわ。それは王家を軽く見ていたようなものです。然るべき処置でしたのよ」


「だが、側妃よ。これから結婚式で人も集まると言うのに……」

「それは私が対処いたします。お任せ下さいな」


「ならまあ、良いか……。頼んだぞ」

「はい、必ずや」



 ダグラスは国王と側妃に、アルティディアを殺したことを知らせた。国王は一度叱るも、寵愛する側妃に宥められて落ち着く。結婚式に集まっていた者達には、国王自ら新婦の不調を詫びて帰す手配もつけながら。


「これで侯爵家は僕の者だ。もう誰にも文句は言わせない。王妃にも、兄上達にも。アハハハハハッ」


 傲慢に笑うダグラスの栄華は、その後僅かな時間で崩れ落ちることになる。



 アルティディアからの書簡が、王妃のもとへ無事届いていた。いつもなら警戒されていただろうが、婚姻調印が済んでいた為、ダニエル側の気も緩んでいたのだ。


 ダニエル達の計画を王妃は知らなかった。

 知っていたなら、必ず阻止したことだろう。


 手紙の内容はアルティディアの伯父ニコルとダグラスが組んで、侯爵家を奪う計画があることだった。

 既にダグラスは、侯爵家のツケで多くの金を使い込んでいた。

 アルティディアがもし亡くなれば、ダグラスの立場は弱くなるが、そこでも血縁のニコルが後押しする盟約がなされていたとのこと。


 だからこそアルティディアは自分が亡くなった際は侯爵家の資産は凍結し、個人所有の莫大な貯蓄は辺境伯である伯父キャナルに譲ると記していた。正式な遺言状も弁護士に預けていると。


「こんなことが、本当に? ではアルティディアが急病であることもあるいは……」


 目眩を抑え、天井に潜む者に声をかける王妃。

「アルティディアの詳細を至急調べよ。そして報告するのだ」

「はっ、直ちに!」


 

 王家の影が去った後、王妃はその場で崩折れた。

「……もしこれが本当なら、なんと不憫なことか。あの阿呆(国王)が働かんから、私が身を粉にして働いてきたのに。我が国を支える侯爵家まで潰しにかかるとは。


 済まないな、アルティディア。おまえならば私と同様に、阿呆を制御して生きていけると思ってしまった。まだ18歳の娘に自分を重ねてしまい、申し訳ない思いをさせた。っ、ぐすっ」


 王妃は国王を野放しにしていたことを深く後悔し、恐らくもう命のないだろうアルティディアを心から哀れみ、声を殺して涙を浮かべた。




 その後にダグラスとニコルは秘密裏に処刑され、国王と側妃も療養したと発表された。行き先は生きて戻れないと言う、辺境地にある修道院だと言う。口にする食料は森に入り各自で採取する為、魔獣から逃げながら確保しなければならない。自堕落に暮らし鍛練もしない国王と側妃では、木の実を得ることも魔獣から逃げることも難しいだろう。

 修道院の管理は王族に恨みを持つ者が就いており、賄賂も効かず逃走も無理なのだ。


 殺害に関わった関係者も、その関わり方により断罪された。いくら王族の命令とは言え、間違った行動を止めることなく、王妃に相談することさえもせずにいたからだ。

 理不尽さはあれど、王族の勝手で殺された娘の命は戻らない。


「私の私怨も入っているから、厳しい罰かもしれないわね。ですが私も人間なのです」


 王妃は王太子に王位を継がせ、自らも裏方にまわった。二度とこのような出来事が起きないように、悔しさで唇を噛みしめながら心に誓いを立てて。






◇◇◇

「ディア、ありがとう。お陰で助かったわ」

「ピィ、ピーーーィ」

「心配かけてごめん。でもありがとう」

「ピィピィ、ピピィ」

「…………っ、ふあぁ、怖かったよぉ、本当は滅茶苦茶怖かったの。ディア、ディア」



 わたしは海に落ちる直前、ディアに嘴で背中の服を咥えられ砂地に着地したのだ。下は暗くて見えない為、ディアが嘴に咥えて落とした石がボチャンと鳴った音で、わたしが落ちたことを確認したのだろう。


 さすがわたしのディア。素晴らしい判断だ。



 わたしはディアに縋りついて、ずっと泣いていた。何年も溜まっていたみたいに、泣いても泣いても涙が溢れていく。


 ディアはずっと隣で寄り添い、声をかけてくれていた。



 その後に辺境の地へ辿り着いて、キャナル様と再会したわたし。キャナル様は大変喜んでくれて、身分を取り戻そうと言ってくれたが、わたしは断った。


 もう侯爵家のアルティディア・フレイルは、何処にもいないのだ。

 その後は約束通り戸惑うキャナル様を説得し、わたしの貯蓄が辺境伯領地を立て直すことに役立てられた。魔獣から取れた稀少な素材を扱う商会を立ち上げ、隣国に売る道筋をつけることができた今、この国の商人達に買い叩かれずに済み、莫大な利益を生むことだろう。


 もう辺境の地は、王家に頼らなくても生きていけるのだ。


 フレイル侯爵領にも、新たに素晴らしい領主が就任したそうだから、そちらも安心だ。



 わたしは今、ただの領民として生きている。愛しい人もできて、楽しい日々だ。キャナル様とは領主と民として、時々話も出来ている。心から信じられ、頼れる人物だ。

 サムタン爺にも再び会え、結婚式に参加して欲しいと伝えれば、泣き笑いしながら喜んでくれた。爺もわたしの大切な家族なのだ。


 ディアは格好いい大鷲と番になり、新たな家族を作りわたしと離れた。彼女はどの子供も平等に育てている。とても優しいお母さんになった。




 けれどいつまでも、わたしとディアは家族なのだ。


「わたしは今、幸せよ」

「ピィーーーー♪」


 大空に羽ばたくディアと、新たな身分を得て地上で生きていくわたし。


 生と死の狭間で、小さく鳴いた雛は母親になった。

 ディアに会うまで、現実を受け止められず泣けなかったわたし。

(あなたが生き残ってくれたから、泣きながらでも立ち直ることができたのよ)


 思えばディアを癒してくれた光は、両親が送ってくれた奇跡かもしれない。







 二人は今日も生きていく。

 強く、逞しく。

 お互いの世界を築きながら。








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