腐った桃から生まれた。雄太郎。
むかしむかし、あるところに大きな川が流れていました。
その川は『めぐみの川』と呼ばれ、たくさんのおいしい魚が泳ぐ川でした。
それだけではありません。どういうわけか、おいしい果物や野菜、米俵まで流れてくる不思議な川だったのです。
しかし、その恩恵を受けられるのは、川の上流と中流に住む村人達だけでした。
下流に住む村人達のところには、上流村と中流村の村人達のゴミばかりが流れていました。
ある日、いつもはゴミばかり流れてくる下流村に、腐った大きな桃が流れてきました。
腐っていても、桃は桃です。村人達は大喜び。
すぐに桃を川からひき上げました。
包丁で割る必要はありません。
腐っているので、手で簡単に割れるからです。
桃を割った村人達はびっくり仰天。
中から赤ん坊が出てきたのです。
しかし、元気がありません。
血色の悪い、やせた赤ん坊なのです。
◆
腐った桃から生まれた赤子は、下流村の村長の家にあずけられました。
村人達は元気のないやせ細った赤子を心配して、村長の家のまわりに集まります。
各々の手には、食材が抱えられています。
赤子のために、かき集めた食材です。
しかし、その食材はどれも枯れた細い枝のように、みのりの悪いものでした。
下流村の土地はやせた土地ばかり。
なかなか作物がみのりません。
下流村の村人達にとって、その食べものは冬を越すための大切な食糧でした。これがなければ、村人達はみんな飢え死にしてしまいます。
「どちらにせよ、わしらは年寄りばかりじゃ。食糧があったところで、冬を乗り越えられるとも限らん。どうせ死んでしまうなら、最後は善いおこないをして死のう」
下流村みんなの意向です。
誰一人、このおこないに不満を口にする者はいません。
下流村の人達は「心」を一番大切にしているのです。
「弱い心が、人を鬼へと変える」
下流村に代々伝わる言葉です。
◆
赤ん坊は『雄太郎』と名付けられました。
「強くて立派な子に育って欲しい」という思いで、村長が名付けました。
数日が経ち、不思議なことが起きました。
雄太郎がみるみる成長していくのです。
やせ細った身体はそのままに、どんどん身長が伸び、十歳くらいの少年の姿に変化したのです。
元気に動きまわるとはいきませんが、底抜けに明るく、優しい子に育った雄太郎。
そんな雄太郎をみて、下流村の村人達は勇気づけられました。
生きることを、あきらめかけていた村人達に希望の光が降りそそいだのです。
「たとえ、おらたちが飢え死んだとしても、雄太郎のために土地を耕そう」
下流村の村人達は、やせた土地を根気強く耕すことにしました。
◆
「みんなに、たらふく飯を食べて欲しい。どうすれば良いのだろう?」
そう考えた雄太郎。
あるとき、ゴミと一緒に一枚の瓦版が流れてきました。
『相撲大会の知らせ』と書かれています。
なんと、優勝者には「大量の食材が贈られる」と書かれています。
「これに優勝すれば、みんなにたらふく飯を食べてもらえるぞ。冬だって乗り越えられる」
そう思った雄太郎は、相撲大会に出ることにしました。
さっそく、山で仲良くなったイヌ、サル、キジに相談しに行きます。
下流村の村人達には内緒です。
「雄太郎がケガをしたら大変だ」と心配させたくなかったのです。
それに、「優勝してみんなを驚かせたい」という気持ちもありました。
◆
イヌ、サル、キジとの秘密の特訓がはじまりました。
「ワンッ!」
「うわっ。びっくりした」
雄太郎が休んでいるかたわらで、イヌとサルが自作の土俵で稽古をしています。
みあったところで、急に吠えたイヌに文句を言うサル。
キジが二匹をなだめます。
今度はイヌとキジが向かいあいます。
突進するイヌから、ひらりと飛んで逃げるキジ。
イヌがキジに文句を言います。
「飛ぶのはずるいぞっ!」
「なによ。土俵から出なければいいんでしょ?」
みんな、相撲には慣れていません。
それでも、雄太郎のために一生懸命に「あれやこれや」と考え行動してくれる仲間をみて、雄太郎の口もとには自然と笑みが浮かびます。
しかし、雄太郎の心のかたすみには「どうしようもない悩み」がくすぶっていました。
それは、自分の「体力の無さ」でした。
すぐにつかれてしまうのです。
「飯をたらふく食べられれば、体力がつくのに」という思いを、雄太郎は必死に振り払います。
お腹をすかせた下流村の人達のことを考えると、自分だけが飯をたらふく食べているところを想像するのが、どこか嫌だったのです。
「たらふく食べるなら、みんなといっしょだ」
雄太郎はつぶやいて、相撲大会の瓦版をじっとみつめました。
落ち込んでいる雄太郎に気づいたサルが、かけよります。
◆
「なるほど、体力のことで落ち込んでいたのか」
サルは理由をきいて、少しほっとしました。
いつも明るい雄太郎が、しょんぼりしているところを、みているのがつらかったのです。
とはいえ、サルは雄太郎にどんな助言をすれば良いのか、わかりません。
サルが考えあぐねていると、あることを思い出しました。
「相撲の必勝法はわからないけれど、全ての戦いにおいて、大切な極意なら、教えられるかもしれない」と、サルが言いました。
雄太郎は身をのりだします。
「大ジジ様から教わった極意なんだけどね」
「こほんっ」と、一つせきばらいをするサル。
大ジジ様のまねをしているようです。
「いちの極意。『絶対にあきらめないこと』。どんなに屈強な者でも、あきらめていれば負ける」
「ふむふむ、それからそれから?」と、次の極意を聞きたがる雄太郎。
「わすれちゃった」
サルは舌をだして、頭をぽりぽりかきました。
肩をがくっと落とす雄太郎。
「まって、まって。一番大切な極意は忘れてないからっ」
サルはあわてて言いました。
サルは両手で自分の目を隠し、次に自分の耳を隠し、最後に自分の口を隠しました。
サルの意図がわからず、首をかしげる雄太郎。
「つまりね…」と、サルが語りはじめます。
◆
いよいよ、相撲大会の日がやってきました。
雄太郎が優勝するには、三回続けて勝たなくてはなりません。
誰がみても、やせ細って今にも倒れそうな雄太郎が優勝できるなんて思いもしません。
それでも、雄太郎はあきらめません。
『いちの極意』です。
あきらめてしまえば、楽かもしれません。
しかし、夢がかなう可能性はゼロになります。
結果がわかっていたとしても、チャンスを逃すようなことはしたくないのです。
一回戦の相手は中流村の男の子。
雄太郎より五つほど年上です。
細身ですが手足が長く、先にまわしを取られれば、ひ弱な雄太郎に勝ち目はありません。
土俵入りした雄太郎を見て、中流村の村人達がケラケラ笑い出しました。
「下流村にはあんな干物しかいないのか?雄太郎だって?汚物の汚太郎だろ。臭いったらありゃしない」
土俵まわりに「ガハハハ!」と、大きな笑い声が響きます。
雄太郎はサルから教わった極意「見ざる」「聞かざる」「言わざる」を実践していました。
その極意とは、今の自分にとって、じゃまになる余計な物事をさえぎること。
「見るべきを見る」
「聞くべきを聞く」
「言うべきを言う」
という教えです。
今、見るべきは土俵と対戦相手。
今、聞くべきは行事の声。
今、言うべきはあきらめない言葉。
「絶対勝つ!」
そう言って、雄太郎は豪快に塩をまきました。
「みあって、みあって、はっきよい、のこった!」
行事の声が響いた瞬間。
「パンッ!」と、土俵に鉄砲のような音が響きました。
雄太郎が自分の両手を叩いて音を出したのです。
びっくりして立ちすくむ、中流村の男の子。
雄太郎はそのすきを逃しません。
相手の軸足に飛びかかります。
先手必勝です。
相手はヨロヨロと体勢を崩し、倒れました。
雄太郎の勝利です。
イヌとサルが相撲をとっていた時に思いついた戦法です。
◆
二回戦の相手は、上流村の男の子です。
この子も雄太郎より五つほど年上。
手足は短いですが、丸々と太っていて、突進されれば、雄太郎の体格ではひとたまりもありません。
土俵入りした雄太郎を見て、上流村の村人達がケラケラ笑い出しました。
「下流村にはあんな干物しかいないのか?雄太郎だって?汚物の汚太郎だろ。臭いったらありゃしない」
中流村の村人達と同じく、雄太郎への悪口と心ない言葉が飛び交います。
「下流村のやつらは、どうしようもないやせた土地を、命がけで耕してるそうだ。ムダなことを。あほうの集まりだ」
今度は雄太郎だけでなく、下流村の村人達の悪口も混ざっています。
もしもここで、雄太郎がサルの教えを学んでいなかったら?
きっと怒っていたに違いありません。
自分の悪口や心ない言葉は我慢できても、心優しい雄太郎は自分の大切な存在への悪口は我慢できなかったでしょう。
雄太郎は一回戦と変わらずに、サルの教えを忠実に守っていました。
「見るべきを見る」
「聞くべきを聞く」
「言うべきを言う」
悪口や心ない言葉は、雄太郎には一切とどいていません。
「みあって、みあって、はっきよい、のこった!」
行事の声が響いた瞬間。
上流村の男の子が突進してきました。
まるで大きなイノシシのような迫力です。
雄太郎は冷静にタイミングをはかって、ひらりとそれをかわしました。
急には止まれない相手。
雄太郎の足につまずき、前のめりに転げ倒れてしまいました。
またもや、雄太郎の勝利です。
イヌとキジが相撲をとっていた時に思いついた戦法です。
しかし、怒りにまかせて冷静さを失っていれば、タイミングは合わなかったでしょう。
◆
三回戦、最後の試合です。
ズシンッ。ズシンッ。
地響きのように地面がゆれ、地鳴りのような音が響いてきました。
同時に呼出が語りはじめます。
「ひが―し―。桃からうまれた―。桃太郎」
観客の声援が、どっと押しよせます。
あきらかに今までと雰囲気がまるで違います。
土俵入りした桃太郎。
あまりの大きさに、雄太郎の首は真上をむいてしまい、頭の重さで倒れそうになります。
雄太郎は自分のひざが、ガクガクと震えていることに気づきました。
無理もありません。
あまりの体格の違いに、からだが恐怖を感じているのです。
目には涙がうかんできます。
雄太郎は逃げ出したい気持ちを必死でこらえます。
そして、必死に「今、自分にできることはなにか?」を考えていました。
残念ながら、なにも良い戦法が思いつきません。
「ならば、自分ができることは、ただ一つ」と、雄太郎は腹をくくります。
「みあって、みあって、はっきよい、のこった!」
行事の声が響きました。
ところが、桃太郎は動きません。
桃太郎の様子がおかしい。
ズドンッ!
地面が割れるようにゆれ、土俵に土ぼこりが舞いました。
桃太郎がその場で倒れ込んでしまったのです。
もごもごと口を動かしたと思ったら、大きないびきをかいて寝ているではありませんか。
観客はなにが起こったのかわからず、ぽかんとした表情をしています。
桃太郎の敗因は「おごり」でした。
立派な身体と才能に恵まれた桃太郎でしたが、生まれた時から上流村の村人達に甘やかされて育ちました。
そのせいで、傲慢で怠惰に成長してしまったのです。
桃太郎は相撲大会がはじまってからも「どうせ勝つのは自分。楽勝だから、少しくらい前祝いの酒を飲もう」と、軽く一杯のつもりが、二杯、三杯と増えていきました。
さらに、決勝戦の相手が雄太郎と知るやいなや、祝杯の酒盛りがさらに進んでいったのです。
結果、最後には土俵で立っているのも困難な状態となり、その場で酔いつぶれてしまったのでした。
桃太郎は「自分が勝つのは当たり前」と、「勝負すること」をあきらめていたのです。
最後まで勝負をあきらめなかった、雄太郎が勝ちました。
まさに『いちの極意』です。
雄太郎は桃太郎を見下ろします。
見下しているのではありません。
「もしかしたら、ここで倒れているのは、自分だったかもしれない」と思ったのです。
雄太郎は上流村と中流村の村人達に視線をうつしました。
それまで、雄太郎に向けられていた悪口や心ない声が、今では土俵でねむる桃太郎に注がれています。
酒に酔って、顔を真っ赤にして怒鳴る者。
賭博に負けて、真っ青な顔をした者。
「弱い心が、人を鬼へと変える」
下流村に代々伝わる言葉を思いかえす雄太郎でした。
◆
優勝賞品の食材のおかげで、下流村の村人達は無事に冬を越すことが出来ました。
それだけではありません。
やせこけていた下流村の土地が、みるみる肥沃な土地に変わり、作物が豊富にみのり育つようになったのです。
雄太郎は今では、あの桃太郎にも劣らない、体格の良い青年に成長しました。
「心」「技」「体」全てをもつ、名に恥じない立派な雄太郎となったのです。
めでたしめでたし。
【作品に込めた思い】
自分がそうなのですが、「なぜ夢をあきらめてしまうのだろう?」「なぜあの時、あきらめたのだろう?」と考えたとき、いつも頭に浮かぶのは「●●が足りなかったからだ」という考えに行き着いていました。
「これがあれば、自分は幸せになれたはずなんだ」
「これがあれば、自分の夢は叶ったはずなんだ」
という思いです。
では、「なぜ手に入れなかったのか?」と問えば、「運が悪かったからだ。仕方ないじゃないか」と応える自分がいました。
「そうだろうか?」と疑問を感じる自分がどうしても消えません。運だけでは割り切れていない自分が確かにいるから悩むのです。
「あのとき、ああしていれば…」という後悔がそうです。つまり、運だけではなく「あのとき、こんな行動を自分がしていれば…」という自分の選択次第で「幸せ」や「夢」が叶ったかもしれない場面があるという事実。
あのとき、何が足りなかったのか?
それに気づいて、今なにができるのか?
変えられない物事に執着せず、変えられる今に執着する。今を変えられるのは今の自分だけです。
そんな想いを作品に込めました。




