第一話 配属
「NFE濃度に問題はなし…。面白みがないほど正常だ」
「だから異常はないって言ってるだろ」
「僕にそんなこと言わないでくれよ。異常がなかろうとも、これは定期検診だ。僕の意思で辞められるようなものじゃない」
「そんなことはわかってる。だったらこんな丁寧にやらずとっとと終わらせろと言ってるんだ」
「やだよ勿体無い」
様々な機械の並ぶ部屋でベッドに横たわる男、黒江司郎は文句を言い続けている。
されどその意見はもう1人の男--相良惟道には届かない。
その部屋はあまり広くはなかったが、LEDの白い光が主張強く部屋を塗りつぶしていた。
「そういえば司郎くん、聞いたかい?今日から君の部隊に新人が配属されるらしいじゃないか。しかも“怪災者”の」
「…そうだな。知ってる」
「なんだい、知ってるって…。随分と浮かない顔じゃないか」
「ああ…。正直、不安の方が大きい」
「なんでだい?司郎くんの部隊には司郎くんしか怪災者はいなかったんだろう?
同類は増えるし、前線も安定する。悪い話じゃなさそうだが」
司郎は開きかけた口を閉じ、一時逡巡する。
「…戦力だけを見ればそうなんだが…、問題はそっちじゃない。
17歳の女子、しかも双子。思春期は終わっているかもしれないが、それでもまだ難しい年頃の筈だ」
「なるほどね。司郎くんもそういう事気にするんだね」
「…俺は常日頃コミュニケーションに関しては気を配っている。お前と一緒にするな」
「ははは、そこまで言わなくてもいいじゃないか」
相良はコンピュータに向き合い何かを打ち込むと、機械が作動し司郎の体をスキャンする。
スキャンが終わるのと同時に司郎は慣れた手つきでベッドを降りる。
10年続く定期検診の手順は、今回も淡々と進んだ。結果はいつも通り――異常なし。
もっとも、異常など一度も出ていないのだが。
「さっきの話に戻すけど、その双子ちゃんたちの“能力”は知ってるのかい?」
更衣室で私服に着替えていると、当然のように相良が入り込み、会話を続けようとする。
それも司郎はすっかり慣れ、抵抗はなくなってしまっているが。
「一応は知っている。だが具合はわからん。俺も会うのは今日が初めてだからな」
「いいね。今度その子たちをここに連れてきてくれよ」
「機会があったら、な」
「そういって連れてきてくれたことないじゃないか。隊長さんはお堅いね」
「信用にたる人物以外に大切な隊員を預けられないからな」
「まったく、僕をペテン師みたいに言うのはやめてくれよ」
◇
相良に見送られ、司郎は送迎用の車に乗り込む。
古びた道路を走る車は、お世辞にも乗り心地が良いとは言えず、リラックスもできないまま司郎は窓の外を眺める。
--怪災。
門の発生、及びそこから出現する怪獣による災害。
10年前に突如発生した門によって、東京は瓦礫の山に変わってしまった。
窓の外には、煤れたコンクリートや、ひび割れた壁に覆われた建造物が乱立している。
司郎はこの景色以外の東京を知らない。
ただぼーっと、いつも通りの景色を眺めるだけだった。
気がつくと車は寮の目の前まで辿り着いていた。
車が止まり、運転手が無言で降車を促すように軽く会釈する。
司郎は小さく頷き、扉を開けて外に出た。
その建物は旧東京には似つかわしくない清潔さを保っていた。
司郎の率いる第五先遣特務隊の寮。
中に入ると誰が置いたかもわからないインテリアが玄関で既に飽和している。
「あ、司郎さん帰ってきた。例の双子、もうついてるよ」
「望月…、今誰が対応してる?」
「昴真が対応してくれてる。結構待たせちゃってるから早く行ってあげて」
「わかった」
階段を登り、一度自分の部屋で荷物をおろしてから応接室に向かう。
応接室の前に辿り着き、ノックをする直前、司郎は無意識に背筋を伸ばす。
「黒江だ、入るぞ」
ドアを開くと、ソファに腰掛ける二人の少女。
そして机越しには隊員の水城昴真が応対していた。
「司郎さんやっときた。ちょっと遅いですよ」
「俺に言われても困る。
さて…君たちが新しく配属された隊員か。まずは自己紹介を頼む」
「はい!」
自己紹介を促すと、彼女らはソファから立ち上がり、横に並ぶ。
二人は体型、顔のパーツまでそっくりだったが、髪型と纏う雰囲気のお陰で区別はできた。
「本日より第五先遣特務隊に配属されました。結束紅音、17歳です。未熟者ではありますが、これからよろしくお願いします」
「同じく結束結音です…。よろしくお願いします」
「隊長の黒江司郎だ。分からないこともあると思うが、俺や他の隊員に遠慮なく聞くといい。なにか質問はあるか?」
「いえ、特にないです」
「ない…」
「そうか、ではまだ手続きが残っている。まずはそれを消化するぞ」
「わかりました」
二人はよく似ていたが、紅音は真っ直ぐな眼差しでこちらを見据え、
結音は視線をわずかに揺らしていた。
司郎が手続きを進めるために立ち上がると、隣で控えていた昴真もそれに続いた。
「じゃあ俺は寮の案内してくるよ。司郎さんは例の書類、お願いします」
「頼む」
司郎は応接室を出て、廊下の突き当たりにある事務室へ向かう為にドアの取手に手をかける。
すると、ジリリリリ!とポケットの端末が鳴り始める。
司郎は小さく息を吐き、端末を取り出す。
画面には“対策局本部・緊急通達”の文字。
(嫌な予感しかしないな……)
通話ボタンを押すと、低い男の声がすぐに響いた。
『黒江隊長か。すまない、着任手続きの最中だろうが――緊急出動だ』
「内容は?」
『旧千代田区方面に新たな門反応。規模は中型以上と予測。至急、第五先遣特務隊を編成し現地へ向かってくれ』
「了解した。詳細データは後で確認する」
『すまん、任せたぞ』
通信が途切れる。
「マジっすか…。今かよ…」
司郎は言葉に出さないが、昴真のぼやきに同意する。
(……初日からか。双子の訓練もろくにしていないのに、いきなり実戦とはな)
しかし戸惑いを表に出す性格ではない。
司郎は端末をポケットに戻し、すぐに部屋を出る。
「司郎さん?どうかしたんですか?」
「今、本部から緊急出動の要請がきた」
「えっ、もう?」
紅音は驚きに目を見開き、結音はわずかに肩を震わせた。
「初日から悪いが、お前たちも来てもらう。だが今回は“参加”じゃない。連携の訓練もしてないからな。あくまで後方での待機、実戦の流れの確認だ」
「了解」
紅音は迷いのない声で頷いた。
結音は少し間を置いてから、小さく「……はい」と答えた。
「昴真、木暮に車を頼め。炸裂弾を忘れるなよ」
「了解」
対怪獣特別対策局:
対怪庁が設置した、怪獣に対抗する為の組織。
五つの特務隊と五つの戦闘部隊で構成される。




