50 終章:あなたがここにいてほしい(6)
久住は、橋本さんの顔を睨みつけた後、フォークとナイフを手に取って、料理を食べ始めた。
それは、5分だっただろうか、10分くらいだっただろうか、もしかしたらもっと短かったかも知れないけど。
ソースまで綺麗にすくい終えて、久住はナイフとフォークを置いた。
無表情な久住の頬に涙が流れ、歯ぎしりの後、両手で顔を覆うと、荒い呼吸はやがて嗚咽に変わった。
「……美味いよ」
誰もが、久住の言葉を、息をのんで聞いていた。
「この料理が美味いことなんて、お前の料理が美味いことなんて、僕は誰よりも分かっていたさ。滅多に出会えないレベルの料理だって。
知ってるか?
料理には色がある、料理には音がある、料理には言葉がある。
その無数の組み合わせを。料理が見せてくれる景色を。
でもな、分かるか?
お前に俺の苦しみが。
料理人を気に入らない、憎いと思ったら。
ずっとその記憶が、感情が、ふとした瞬間に、ささいな切っ掛けで。
フラッシュバックして。
僕を追いつめる。
寝ても覚めても四六時中。
憎くて
憎くて
憎くて
どうしようもないんだ。
お前や気に入らない料理人の存在が、ちらつくだけで、夜も寝られなくなるんだ。
机を破壊して、壁に穴を開けて、キーボードもパソコンもぶん投げて、叫んで、騒いで、酒を飲んで。
深夜1時に目を覚まして、睡眠薬を飲んで。
深夜2時に怒りで目を覚ます。
それを明け方まで繰り返す。
大好きな、料理の味さえ分からなくなる。
分かるか?
この苦しみが、お前に分かるのか?」
フロアにいた全員を睨みつけ、再び、久住は顔を覆った。
「すまなかった、食事の邪魔をして」
橋本さんが、そう言って頭を下げた。
久住が、顔を上げ、再び顔を覆った。
最期の言葉は、許さない、でも、死んでしまえ、でも、殺してやる、でもなかった。
誰か、助けてくれ。
それだけ言い残して、微動だにしなくなった久住を、田島警部補と牧島警部は、静かに、レストランから連れ出した。
***
「ありがとう」
隣に立つ橋本さんが、そう言った。
思っていたのとは、違ったけど。
もう、橋本さんを縛るものはなくなったんだ。 本当に良かった
私は、涙がこみ上げそうになるのを、押しとどめた。
泣くのはまだ早いや。
まだ、最期の仕事が、最期のシーンが残っている。
私は百瀬さくらに目配せした。
百瀬さくらは小さく頷いた。
「橋本さん」
「ん?」
「橋本さんと、話がしたいと言う人がいます」
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