49 終章:あなたがここにいてほしい(5)
「以前、これを出されたことがあるんです。ああ、あなたの説明はとても魅力的だった。でも、ね、彼は本当に、ちゃんとこれを作れているんだろうか」
優雅な手振りを交えながら、黒く染まった瞳は、有らん限りの憎しみを橋本さんに向けている。
「さて、では試してみましょう」
ナイフとフォークを手に取り、パイ生地と肉を一口大に切り、口に運ぶ。
あなたは、何故、そんなことをするの……。
「……残念です。撮影を止めてください。この料理はどうも美味しくないようです」
顔をしかめた久住が、撮影スタッフと司会者の方に、身振りを交えながらそう言った。
私は、田島警部補に目配せをした。
「申し訳ありません、スタッフの方、司会者の方、一時中断をします。控え室の方へ」
田島警部補がドアを開けて、誘導する。
「……お気に召さなかった、ということですか? 私の方で、味を確認してもよいでしょうか」
「どうぞ」
「失礼します」
別テーブルからナイフとフォークを運び、久住が食べたものとは別のカットを選び、一口大に切る。
分かっていたとおりだけど。
味は消失していた。
「どんな味なんですか? 私も一口いただけます?」
百瀬さくらが、少し首を傾げながら久住の隣に立った。
「ええ、食べていただければ分かると思います。残念ですが……この味で、美味しい演技をするわけにはいかないので」
百瀬さくらは、自分の椅子を寄せて、自席から持ってきたナイフとフォークで、久住と同じカットから、一口大に切って口に運んだ。
「……本当ですね……味がない。まるで薄い木片と、柔らかい消しゴムでも噛んでいるみたい」
久住・ウィルヘルム・来人が頷いた。
百瀬さくらが、一度目を閉じて、私と視線を合わせた。
「さっきは、あんなに美味しかったのに、どうしてかしら」
久住が、怪訝な顔で百瀬さくらを凝視する。
百瀬さくらが私を見ながら首を傾げる。
「さっき、休憩中に、このカットのもう半分の方を、私もあなたも味見をしたわよね。同じ素材、同じ手順、同じ時間、同じ調理方法。何もかもが同じものの一部が、なぜか、ここに運ばれただけで、まったく違う味になってしまった」
それは、まるでドラマか映画の台詞回しのように、優雅だった。
「どうして、そんなことが起こるのかしら? 久住さん、分かります?」
それは、久住・ウィルヘルム・来人に自白を促す言葉だった。
「僕は、そんな段取り聞いてないけれど。君が何を食べたのかは知らないが、事実は、このプレートの料理が、不味い。それだけだ」
厳しい顔つきのまま、久住が吐き捨てるように言った。
「……どうして、こんなことをするんですか?」
私の一言に、初めて、久住が顔を強ばらせた。
「味が変わる瞬間が、素晴らしい料理が、台無しになってしまう瞬間が、あなたにもはっきりと見えたはずです。料理の悲鳴が聞こえたはずです。私は、苦しくて仕方がなかった」
「………!」
まさか。
と小さく呟いた。
ように聞こえた。
「何を言っているのか、まったく分からない。どうも、段取りから何から、不愉快な人たちだな。申し訳ないが、今日の撮影は……」
「田島警部補、右手の指輪です。お願いします」
「!」
すっと久住に近づいた田島警部補が、久住の右手を掴んだ。
「止めろ! 何をする!」
「警視庁です。久住さん、あなたにいくつか容疑がかかっている」
「なっ……待て……痛い……!」
田島警部補が久住から指輪を外した。
「その指輪から、何か……粉のような物が出るのが見えました」
正確には、それが降りかかって、味が変わるのが。
「そんなもの、そこから見えるものか! デタラメだ!」
「今日の様子は……あなたの手元は、高精度のカメラで撮影されています。超スローモーションで再生すれば、その様子も見えるでしょう」
久住が、口を開けて私を見つめていた。
ため息をついて、肩を落とした。
「……はめやがったな……」
生気を失った顔で、椅子に座った久住がテーブルに視線を落とす。
「署まで、同行をお願いします」
田島警部補が、立ち上がるよう促した、そのとき。
「待ってくれ」
橋本さんが、テーブルに近づいてきた。
深い憎しみのこもった目が、橋本さんを睨みつける。
「これは、あんたのために作ったんだ。食べてくれないか」
橋本さんが持ってきたのは、白磁の皿に載せられた、最期に残った1カットだった。
静まりかえったフロアの中、橋本さんが久住の前にプレートを置いた。
その後、起こったことは、その場にいた誰も想像がつかなかつた。
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